NEWS & EVENTS ニュース&イベント

  • プレスリリース
  • 研究
2022.11.14 Mon UP

神経科学の既成概念をくつがえす新たな中枢デリバリー技術の作用機序を解明
~経鼻投与された神経ペプチド誘導体が神経細胞を乗り継ぎ脳へ移行する~

研究の要旨とポイント

  • 抗うつ薬など中枢神経系疾患治療薬の開発では、薬剤を作用部位である中枢神経に効率よく送達する技術が求められています。
  • 本研究グループが開発した新規の神経ペプチド誘導体「PAS-CPP-GLP-2」は、経鼻投与されると、鼻腔から三叉神経を介して、神経細胞を乗り継ぎ中枢神経へと効率よく移行することがわかりました。
  • この技術は、治療抵抗性うつ病だけでなく、いまだ治療法が確立されていないアルツハイマー病など神経変性疾患の治療にも応用が期待されます。

東京理科大学薬学部生命創薬科学科の山下親正教授、秋田智后講師らの研究グループは、同グループがこれまでに開発した新規の機能性配列を付加した神経ペプチド誘導体「PAS-CPP-GLP-2」が、経鼻投与されると、鼻腔から三叉神経(*1)を介して、神経細胞を乗り継ぎ中枢神経へと効率よく移行することを明らかにしました。

中枢神経系疾患治療薬の開発では、薬剤を作用部位に確実に送達するドラッグデリバリーシステム(drug delivery system, DDS)として、血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)を回避できる経鼻投与が注目されています。

鼻腔から脳内への薬剤移行経路として、1)嗅上皮(嗅細胞が存在する部位)から嗅球または脳脊髄液を介する経路と、2)呼吸上皮(嗅上皮以外の部位)から三叉神経を介する経路が想定されています。しかし、ヒトでは嗅上皮の割合がたった2%と少ないため、本研究グループは2)の経路を用いた中枢デリバリー技術の開発を行い、鼻腔から効率良く呼吸上皮の三叉神経に取り込まれ、作用部位まで神経細胞を乗り継いで中枢を移行する、新規の神経ペプチド誘導体「PAS-CPP-GLP-2」を創製しました(※1)。今回の研究では、この神経ペプチド誘導体が、どのように作用部位に到達するか、その中枢移行機構を詳細に検討しました。

その結果、この神経ペプチド誘導体は、経鼻投与されると速やかに呼吸上皮から三叉神経に取り込まれ、三叉神経節→橋→三叉神経毛帯→視床→作用部位(視床下部・海馬)と、神経細胞を乗り継ぎながら、効率よく作用部位へと移行することが明らかになりました(図1)。このように、経鼻投与された神経ペプチドが神経細胞を乗り継ぎ中枢神経に移行することは、本研究により世界で初めて実験的に示されました。

本研究によって、三叉神経を介した鼻から脳への薬剤送達が可能となります。また、このDDS技術は、種々の神経ペプチドに適用できるだけでなく、アルツハイマー病など神経変性疾患の治療にも応用が期待されます。

本研究成果は、2022年9月30日に国際学術誌「Journal of Controlled Release」にオンライン掲載されました。

研究の背景

うつ病など中枢神経系疾患は、その多くがアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患です。有効な治療薬開発のために、BBBを回避して、薬剤を作用部位である中枢神経に確実に送達するDDSとして、経鼻投与が注目され、過去数十年に渡り研究が続けられています。

しかし、経鼻投与による中枢神経へのDDS技術は未だ実用化されていません。その主な要因として、これまでの研究ではヒトの鼻粘膜構造のわずか2%にすぎない嗅上皮の嗅球を介した経路に着目していたことが挙げられます。

そこで本研究グループは、鼻粘膜構造の98%を占める呼吸上皮を経由する経路に着目しました。しかし、神経細胞では軸索輸送が非常に遅いという問題があり、また、三叉神経の周囲には毛細血管が多く存在するため、薬剤が血管に入り全身へと運ばれてしまうという問題がありました。本研究グループは、抗うつ様作用が認められるグルカゴン様ペプチド(GLP-2)に、機能性配列(膜透過性促進配列CPP、エンドソーム脱出促進配列PAS)を付加することでこれらの課題をクリアし、鼻腔から効率良く呼吸上皮の三叉神経に取り込まれ、作用部位まで神経細胞を乗り継いで中枢を移行する、新規の神経ペプチド誘導体「PAS-CPP-GLP-2」を創製しました(※1)。

こうして開発された神経ペプチド誘導体「PAS-CPP-GLP-2」は、経鼻投与した場合、脳室内投与と同じ用量で抗うつ様作用を発揮することも見出し、既に報告しています(※1)。今回は、この高い薬理効果の背景にある機序を解明するべく、この神経ペプチド誘導体が、どのような経路で作用部位に到達するかを詳細に調べました。

(過去のプレスリリース)

※1:「中枢神経系疾患薬の経鼻投与実現への道を拓く 「鼻から脳へ」〜画期的な神経ペプチドのNose-to-Brainシステムの開発〜」
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20211124_8305.html

研究結果の詳細

まず、PAS-CPP-GLP-2(以降、「GLP-2誘導体」)を、マウスに脳室内(intracerebroventricular, ICV)投与、または経鼻(intranasal, IN)投与し、脳全体への移行量をELISA法で定量しました。すると、IN投与した場合には検出限界以下であったのに対し、ICV投与では多量のGLP-2誘導体が脳内に検出されました。

以前の研究で、IN投与したGLP-2誘導体は、ICV投与と同用量で抗うつ様作用を示しました。そこで、IN投与では、脳内移行量が少ないにも関わらず、ICV投与と同用量で薬理効果が生じた理由を明らかにするため、各投与による中枢移行経路の違いに着目しました。

脳室内は脳脊髄液で満たされているため、ICV投与した場合に薬剤はまず脳脊髄液中で拡散します。また、IN投与した場合にも、嗅上皮細胞の細胞間隙から脳脊髄液へと拡散します。そこで次に、脳脊髄液中のGLP-2誘導体濃度を測定しました。すると、投与から5分後、ICV投与群では脳脊髄液中にGLP-2誘導体が検出されましたが、IN投与群では検出されませんでした。また、投与から20分後には、ICV投与群、IN投与群ともにGLP-2誘導体は検出されませんでした。

脳脊髄液は、血管周囲腔(毛細血管の外側を囲む空間)にも常に流れこんでいます。そこで、さらに海馬の血管周囲腔におけるGLP-2誘導体分布を調べました。すると、ICV投与群で、特に多くのGLP-2誘導体が血管周囲腔に分布していました。このことから、ICV投与では、脳脊髄液中に拡散したGLP-2誘導体は、血管周囲腔へと移行することが示唆されました。一方、IN投与群では血管周囲腔には分布していませんでした。このことから、IN投与では、脳脊髄液を介さない経路が関与することが示唆されました。

そこで、IN投与した場合のGLP-2誘導体の経時的脳内分布を調べ、また、その時点での抗うつ様作用を強制水泳試験(forced swim test, FST)(*2)によって調べました。GLP-2誘導体は、投与3分後、三叉神経主知覚核(橋)で観察されました。しかし、その時点では、FSTの結果に抗うつ様作用はみられませんでした。投与5分後および10分後、GLP-2誘導体は、三叉神経主知覚核に加えて、嗅球でも観察されました。しかし、この時点でもFSTに抗うつ様作用はみられませんでした。投与20分後、GLP-2誘導体は、作用部位である海馬および視床下部で観察されました。そして、このときFST結果において無動時間が有意に減少し抗うつ様作用を示しました。これらの結果から、GLP-2誘導体は、三叉神経を介して海馬や視床下部に到達し、抗うつ様作用を示したものと推察されました。

最後に、GLP-2誘導体をIN投与した5分後、マウスから三叉神経を回収し、顕微鏡で観察しました。すると、GLP-2誘導体は三叉神経節で観察されました。このとき神経内部をみると、GLP-2誘導体は、軸索中に観察されました(図2)。また、経鼻投与されたGLP-2誘導体は、三叉神経を通り、さらに三叉神経毛帯に到達することが確認されました。これらの結果は、IN投与されたGLP-2誘導体が三叉神経の軸索に取り込まれ、神経回路に沿って神経細胞を乗り継いで移行し、海馬や視床下部にまで到達したことを示します。

本研究は、DDS研究と神経科学の既成概念を覆す、全く新しい概念の中枢デリバリー技術です。山下教授は「現在、このシステムをうつ病だけでなく、アルツハイマー病などへ適用できる可能性を示唆するデータも得られています。このDDS技術は、種々の神経ペプチドに適用できるだけでなく、神経細胞へと効率よく取り込ませることができるため、アンメット・メディカル・ニーズの高い神経変性疾患への適用が期待されます」と本研究の応用可能性を述べています。

※ 本研究は、第一三共株式会社共同研究公募プログラムTaNeDS(タネデス)の助成を受けて実施したものです。

神経科学の既成概念をくつがえす新たな中枢デリバリー技術の作用機序を解明
~経鼻投与された神経ペプチド誘導体が神経細胞を乗り継ぎ脳へ移行する~
図1 経鼻投与されたペプチドが神経細胞を乗り継いで中枢へ送達される
神経科学の既成概念をくつがえす新たな中枢デリバリー技術の作用機序を解明
~経鼻投与された神経ペプチド誘導体が神経細胞を乗り継ぎ脳へ移行する~
図2 経鼻投与されたペプチドは三叉神経の軸索輸送で中枢へ送達される

用語

*1 三叉神経
顔表面から脳幹まで続く、最大の脳神経。眼、上顎、下顎の3方向から集まった神経は、三叉神経節で1本となって橋へと入り、一部は三叉神経主感覚核で神経細胞を乗り換え、三叉神経毛帯を経由して視床に至る。


*2 強制水泳試験
マウスを水槽内に入れ、逃避行動の後に見られる無動行動(水面上に顔を出し、浮いている状態)の持続時間を抑うつ様行動として評価する。

論文情報

雑誌名

Journal of Controlled Release

論文タイトル

Involvement of trigeminal axons in nose-to-brain delivery of glucagon-like peptide-2 derivative

著者

Tomomi Akita, Yusuke Oda, Ryosuke Kimura, Mio Nagai, Ayano Tezuka, Mizuki Shimamura, Kaho Washizu, Jun-Ichiro Oka, Chikamasa Yamashita

DOI

10.1016/j.jconrel.2022.09.047

東京理科大学について

東京理科大学
詳しくはこちら