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2022.07.27 Wed UP

世界最高のイオン伝導性を示す固体マグネシウムイオン伝導体を創出
~次世代固体電池の実現に向けた新たな電解質材料の候補を開拓~

研究の要旨

  • リチウムなどの希少金属を用いない理想的な蓄電デバイスの一つとして、将来的な固体マグネシウムイオン二次電池の開発が期待されています。
  • 本研究では、二次電池電解質として実用的な伝導度である約10–3 S cm–1のイオン伝導度を室温で示す新たな固体マグネシウムイオン伝導体の創出に成功しました。
  • マグネシウムイオンなどの二価の陽イオンは密な充填構造を持つ固体中では強い静電相互作用により伝播しにくい、という課題を解決するため、配位高分子(または金属有機構造体)と呼ばれる空隙を持つ物質の細孔をイオン伝導経路として用いることで、マグネシウムイオンを含有する結晶性固体において世界最高値のイオン伝導度を達成しました。

概要

東京理科大学理学部第一部応用化学科の貞清正彰講師、同大大学院理学研究科化学専攻の吉田悠人大学院生(研究当時)らの研究グループは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の山田鉄兵教授、北海道大学触媒科学研究所の清水研一教授、同研究所の鳥屋尾隆助教らと共同で、これまでで最も高いイオン伝導性を示す新たな固体マグネシウムイオン伝導体の開発に成功し、二次電池の電解質として必要とされる実用的なイオン伝導度である約10–3 S cm–1のイオン伝導度を室温で達成しました。本研究により、ナノメートルサイズの小さな空隙(ナノ細孔)を有する多孔性の固体である配位高分子をイオン伝導経路として活用することで、固体中では流れにくいイオンであることが知られていたマグネシウムイオンを効率的に伝播することが可能であることを明らかにしました。

さらに、詳細なイオン伝導度の圧力依存性やゲスト分子の吸着特性の評価、および赤外吸収分光測定等により、配位高分子中での高マグネシウムイオン伝導性は、細孔内に導入されたゲスト分子によって配位性のイオンキャリアが生成した結果、マグネシウムイオンの移動度が向上したことに起因していることを解明しました。

本研究の成果は、2022年5月4日に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

世界最高のイオン伝導性を示す固体マグネシウムイオン伝導体を創出~次世代固体電池の実現に向けた新たな電解質材料の候補を開拓~

図1. (左) 配位高分子のナノ細孔内に導入されたマグネシウムイオンはゲスト分子の蒸気存在下で効率的に伝播し、高いイオン伝導性を示す。(右) イオン伝導度はゲスト分子の種類に依存し、最適なゲスト分子の存在下では室温で世界最高値となる1.9 × 10–3 S cm–1の実用的な伝導度を示す。

※MeCN = アセトニトリル、MeOH = メタノール、EtOH = エタノール、THF = テトラヒドロフラン、DEC = 炭酸ジエチル、PC = 炭酸プロピレン

研究の背景

再生可能エネルギーに由来する電気エネルギーを一時的に蓄電し利用することは、次世代社会で求められる最も重要な技術の一つです。近年、蓄電池として現在主流であるリチウムイオン(Li+)二次電池において、電解質に固体リチウムイオン伝導体を用いた固体蓄電池の開発が盛んに行われていますが、リチウムを用いた蓄電池は将来的な資源の枯渇や価格の高騰などが懸念されています。そのため、安価・安全・高エネルギー密度を満たす理想的なエネルギーデバイスの一つとして、将来的に固体マグネシウムイオン(Mg2+)二次電池の開発が期待されています。一方で、マグネシウムイオンはリチウムイオン等とは異なり二価の陽イオンであり、原子やイオンが密に充填された構造を持つ通常の固体中では、隣接イオンとの強い静電相互作用により安定化するため伝播しにくく、二次電池の電解質として実用的なマグネシウムイオン伝導性を示す固体材料はこれまで報告されていませんでした。

そこで、本研究グループは、従来の固体とは異なり密な充填構造を持たない固体である配位高分子(または金属有機構造体)と呼ばれる物質にマグネシウムイオンを導入した試料を合成し、二価の陽イオンであるマグネシウムイオンでも固体中を伝播し易い状態を作りだすことで、世界最高のイオン伝導度を示す新たな固体マグネシウムイオン伝導体を創出しました。

研究結果の詳細

本研究ではまず、イオンキャリア(伝導を担うイオン)であるマグネシウムイオンを含む塩Mg(TFSI)2 (TFSI– = ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)を配位高分子のナノ細孔内に導入した化合物MIL-101⸧{Mg(TFSI)2}xを合成しました。xはマグネシウムイオンの導入量であり、分析の結果、最大でx = 1.6の量のマグネシウムイオンを細孔内に包接することが可能であることがわかりました。

次に、イオン伝導度の評価を行いました。イオン伝導度は伝播するイオンの濃度とその移動度に比例するため、最大量のマグネシウムイオンを含むx = 1.6の試料MIL-101⸧{Mg(TFSI)2}1.6のイオン伝導度を評価しました。また、多孔性である配位高分子は、外部の蒸気などをゲスト分子として吸着することにより物性が変化することが知られているため、測定試料の外部の雰囲気を完全に制御した状態で交流インピーダンス測定を行い、各種ゲスト分子の蒸気存在下におけるイオン伝導度を評価しました。

その結果、合成した試料は室温(25℃)・アセトニトリル蒸気下で1.9 × 10–3 S cm–1のイオン伝導度を示すことを明らかにしました。これは、これまでに報告されているマグネシウムイオンを含有する全ての結晶性固体の中で、最も高いイオン伝導度となりました。

細孔内に導入したマグネシウムイオンは、塩として対イオンとともに導入しているため、イオン伝導性がマグネシウムイオンに由来しているかは自明ではありません。そこで、イオン伝導度に占めるマグネシウムイオン伝導度の割合であるマグネシウムイオンの輸率を測定したところ、マグネシウムイオンの輸率は0.41と決定されました。これは、今回合成した試料では、イオン伝導度の約半分程度がマグネシウムイオンの伝播に由来していることを示しており、本試料が実用的なマグネシウムイオン伝導性を示すことを明らかにしました。

さらに、どのような機構で試料が高マグネシウムイオン伝導性を発現するのかを解明するため、イオン伝導度の圧力依存性やゲスト分子の吸着特性の評価、および赤外分光測定を行いました。その結果、アセトニトリル蒸気下では、ゲスト分子としてアセトニトリル分子が配位高分子の細孔内に吸着され、これらがマグネシウムイオンに配位することで移動度の高い配位性のイオンキャリアを生じることが、高マグネシウムイオン伝導性発現の要因であることを明らかにしました。

今回の研究結果について、貞清講師は「これまで、固体中で二価以上の陽イオンを効率的に伝播させることは困難だと考えられてきました。本研究により、固体中の構造やイオンの周りの環境をうまく設計すれば、二価の陽イオンであっても固体の高イオン伝導体を作り出せることがわかりました。将来的に、二価以上のイオンを用いた固体畜電池の電解質としての応用などを通じて、社会に貢献できることを期待しています。」としています。

※本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(21K05089)、日本板硝子材料工学助成会、鷹野学術振興財団の支援を受けて実施されたものです。

用語

*1 配位高分子
金属イオンと架橋配位子が配位結合により自己集積して形成する固体の総称。固体中に小さな空隙(細孔)を作りやすい特徴があり、その空隙に様々なゲスト分子を包接することが可能である。有機物を架橋配位子に用いたものは、近年では金属有機構造体(MOF: Metal–Organic Framework)とも呼ばれている。

*2 移動度
イオンの動き易さを表す指標。イオン伝導度は伝播するイオンの濃度とそのイオンの移動度に比例するため、イオンの濃度が同じでも、移動度が高くなるとイオン伝導度は高くなる。

論文情報

雑誌名

Journal of the American Chemical Society

論文タイトル

Super Mg2+ Conductivity around 10–3 S cm–1 Observed in a Porous Metal–Organic Framework

著者

Yuto Yoshida, Teppei Yamada, Yuan Jing, Takashi Toyao, Ken-ichi Shimizu, Masaaki Sadakiyo*

DOI

10.1021/jacs.2c01612

研究室

貞清研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/sadakiyo/
貞清講師のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/inde3.php?7129#pills-t3-tab4

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