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2022.03.03 Thu UP

単子葉植物の免疫システムを調節する分子機構を解明
~農作物に多いイネ科植物の免疫システムの新知見、持続可能な農業への道を開く~

研究の要旨とポイント

  • 生体内の免疫系ホルモンであるサリチル酸濃度が高いイネなどの単子葉植物は、主要なモデル植物である双子葉植物とは免疫システムが異なると考えられますが、その知見はごくわずかでした。
  • 本研究では、単子葉のモデル実験植物であるミナトカモジグサにおいてサリチル酸応答により誘導される免疫システムの分子機構を明らかにしました。
  • 広く栽培されている穀物である稲などの単子葉植物の免疫システムを解明することで、無農薬栽培手法などの開発などにつながることが期待されます。

東京理科大学先進工学部生命システム工学科の有村源一郎教授らの研究グループは、イネなどと同様の単子葉植物であるモデル植物のミナトカモジグサ(図1)を用いて、植物の免疫ホルモンとして知られるサリチル酸によって誘導される防御シグナル伝達を、病原性関連遺伝子(PR)の発現制御を行うNPR遺伝子およびそのタンパク質が制御するメカニズムの一端を明らかにしました。

イネなどの単子葉植物の免疫応答については、双子葉モデル植物であるシロイヌナズナに比べて、これまであまりわかっていませんでした。イネは生体内の免疫系ホルモンであるサリチル酸濃度が高く、他植物とは免疫システムが異なると考えられています。NPR遺伝子ファミリーは、モデル双子葉植物シロイヌナズナにおいて、PR1などのサリチル酸応答性遺伝子の発現を制御するTGA転写因子の活性化に重要な役割を果たすことが知られています。しかし、単子葉植物におけるNPR遺伝子の機能についてはほとんど分かっていませんでした。

世界的に広く栽培されている穀物である稲や麦に代表される単子葉植物の免疫システムの一端を明らかにした本成果は、無農薬栽培手法などの開発などにつながることが期待されます。

本研究成果は、2022年1月21日に国際学術誌「The Plant Journal」にオンライン掲載されました。

単子葉植物の免疫システムを調節する分子機構を解明~農作物に多いイネ科植物の免疫システムの新知見、持続可能な農業への道を開く~
図1. 単子葉のモデル実験植物であるミナトカモジグサ

研究の背景

植物の免疫応答は、シロイヌナズナ(双子葉モデル植物)等において研究が進んできました。シロイヌナズナでは、免疫制御因子NPRタンパク質のはたらきとNPRを介した植物免疫システムが知られています。シロイヌナズナのNPRファミリーに含まれるAtNPR1はSAを結合することで、AtNPR1と相互作用するTGA転写因子を介してSA応答性の遺伝子(PR1など)の発現を誘導し、防御応答を活性化します。しかし、単子葉植物におけるNPR遺伝子の機能についてはほとんど分かっていませんでした。

研究結果の詳細

研究グループは、単子葉モデル植物であるミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)を用いて、SAに応答して発現する免疫制御因子NPRタンパク質のはたらきとNPRを介した植物免疫システムの解明を目指しました。

まず、シロイヌナズナで知られるNPRファミリー遺伝子と相同なミナトカモジグサの遺伝子群をゲノム情報から探索し、BdNPR1, 2, 3を見出しました。中でもBdNPR2は、サリチル酸メチルに応答して転写が起こることを明らかにしました。さらに、TGA転写因子の候補遺伝子を、BdPR1遺伝子のプロモーターによる転写制御を受けるホタルルシフェラーゼレポーター遺伝子と共発現させたプロトプラストを用い、BdPR1プロモーターを活性化させるBdTGA1を特定しました。さらに、BdNPR2がBdTGA1による転写活性を高めるはたらきを持つことも示されました。

次に、in vitro およびin vivoでBdNPR2とBdTGA1の相互作用について確認しました。また、この相互作用はSAによって高まることが示され、プロトプラストを用いた評価系からはSAがBdNPR2によるBdTGA1転写制御を強化することが明らかになりました。これらの結果から、SAによって強化されたBdNPR2-BdTGA1親和性を介して、BdNPR2がSA依存的にBdTGA1によるBdPR1の転写活性化を亢進させることが示されました。

最後に、BdNPR1とBdNPR3がPR1の転写活性のエンハンサーあるいはリプレッサーとして関与する可能性について評価しました。BdNPR2とBdNPR1の間には高い親和性があり、これらを共発現させた場合にBdNPR2のはたらきを抑制する機能があることが明らかになりました。BdNPR1とBdTGA1が植物体内で相互作用するため、BdNPR1はBdTGA1とBdNPR2の両者と複合体を形成することにより、BdNPR2のはたらきを抑制すると推測されます。一方でBdNPR1は、SAレベルが低い状態でBdTGA1と強く相互作用することもわかりました。

以上のことから、BdNPR2は、BdTGA1を介したBdPR1転写活性のエンハンサーとしてはたらき、BdNPR1がその競合リプレッサーとしてはたらくことが示され、単子葉植物のNPRタンパク質のはたらきとNPRを介した植物免疫システムの分子機構について新しい知見を得ることができました。つまりミナトカモジグサは、病原菌に感染されていないSAが低濃度の状態では、リプレッサーであるBdNPR1が防御遺伝子であるPR1の転写が抑えられる一方、病原菌が感染することでサリチル酸濃度が高まった状態では、エンハンサーであるBdNNP2のはたらきでPR1の転写が亢進され、病原菌に対する抵抗性を獲得するというメカニズムが明らかにされました。これは、正反対の機能をもつ制御因子が、健常時と感染時における抵抗性のオンオフの鍵としてはたらくことを、単子葉植物で実証した初めての例です。

有村教授は、「農薬の汚染による生態系や環境の破壊は地球規模で深刻化してきています。世界的な穀物である稲や麦に代表される単子葉植物の免疫システムが理解されることで、無農薬栽培の開発のための礎となると考えられます。グローバルな環境問題と食糧問題を同時に解決することで、持続可能な社会の実現に近づくと言われていますが、本研究の成果を植物のバイオテクノロジーとして活用することで、これらの目標に一歩前進することができます」と話しています。

※本研究は、日本学術振興会の科研費(20H02951、20K06058)、学振共同研究(J21-740)、文科省科学研究費補助金(20H04786)、科学技術振興機構のA-STEP(JPMJTM20D2)、長瀬科学技術振興財団の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

The Plant Journal

論文タイトル

Immune gene activation by NPR and TGA transcriptional regulators in the model monocot Brachypodium distachyon

著者

Kohei Shimizu, Hitomi Suzuki, Takuya Uemura, Akira Nozawa, Yoshitake Desaki, Rhosuke Hoshino, Ayako Yoshida, Hiroshi Abe, Makoto Nishiyama, Chiharu Nishiyama, Tatsuya Sawasaki and Gen-ichiro Arimura

DOI

10.1111/tpj.15681

研究室

有村研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/garimura/index.html
有村教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?67cd

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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