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2021.09.07 Tue UP

エレクトロクロミズム特性劣化の原因を定量的に評価する新たな手法を開発
~高性能なエレクトロクロミック素子の開発への応用へ期待~

研究の要旨とポイント

  • 三酸化タングステンは電気を印加することによって光物性が可逆的に変化するエレクトロクロミック材料の代表ですが、繰り返しカチオンを挿入(もしくは脱離)する過程で、透過率の変化率の減少等のEC特性の劣化や不可逆性が発生することが課題となっています。
  • 本研究では、従来の評価手法である電気化学測定に加えて放射光を用いた光電子分光を利用することで、WO3へ電気化学的にカチオン挿入脱離を行うことで生じるEC特性劣化原因を定量的に評価する新たな手法を開発いたしました。
  • エレクトロクロミック材料の代表としては熱や光の透過を任意に調節できるスマートウィンドウが挙げられ、省エネルギーや環境保全の観点から近年注目を集めています。本研究成果は、高性能なWO3を利用したエレクトロクロミック素子の開発の礎になる可能性があります。

東京理科大学理学部第一部応用物理学科の樋口透准教授、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)の土屋敬志主幹研究員、同機構の寺部一弥MANA主任研究者らの研究グループは、スマートウィンドウなどに用いられるエレクトロクロミズム(EC)材料の代表例である、三酸化タングステン(WO3)へ電気化学的にカチオン挿入脱離を行うことで生じるEC特性劣化原因の新たな定量的評価手法を開発しました。

ECとは、物質に電気を印加することによって光物性に可逆的な変化が現れる現象のことを指します。ECの応用先としては電子ペーパーや外部からの熱や光の透過を任意に調節できるスマートウィンドウが挙げられ、いずれも省エネルギーや環境保全の観点から近年注目を集めています。
WO3は代表的なEC材料で実用化もされていますが、繰り返しカチオンを挿入(もしくは脱離)する過程で、透過率の変化率の減少等のEC特性の劣化や不可逆性が発生することが課題となっています。こうしたEC特性劣化の原因は、カチオンがWO3内にトラップ(残留=されることだと考えられています。しかし、これまでの研究からは、EC特性劣化の原因がLiイオンのトラップであることは定性的にしか分かっておらず、定量的な評価方法は確立されていません。
そこで本研究では、従来の評価手法である電気化学測定に加えて放射光を用いた光電子分光を利用することで、WO3へ電気化学的にカチオン挿入脱離を行うことで生じるEC特性劣化原因を定量的に評価する新たな手法を開発いたしました。この方法を用いることで、将来的には非常に高性能なWO3を利用したEC素子の開発につながる可能性があります。
本研究成果は、2021年8月13日に国際学術誌「Applied Surface Science」にオンライン掲載されました。

研究の背景

WO3は代表的なEC材料であり、スマートウィンドウなどに用いられています。WO3をベースとしたECデバイスには、Li+伝導性の電解質が用いられることが多いです。そのような電解質の電気特性および光学特性は、Li+イオンの挿入によって調節することができます。WO3へのLi+イオンの挿入によりLixWO3が生成され、xが大きくなることによって透明から青に色が変化します。その際、抵抗率は大幅に減少し、その減少幅は3桁以上になります。

一般に、こうした調節現象は5d電子系タングステンが電子によって満たされ、Wイオンの価数を6から5に減少することで生じる荷電中和により、Li+イオンと共に電子が挿入されることで生じます。この電気特性の調節はLi/Li+に対して2.0-4.0Vの条件下で行われます。ディスプレイやスマートウィンドウなどへの応用を考えると、低電圧で作動できることは非常に有用な特性と言えます。

また、EC材料としての応用には、高い耐久性と高オンオフ比を実現する必要があります。しかし、数百ないし数千サイクル以上繰り返すと、LixWO3に光学的な変調比の劣化や不可逆性が生じることが課題となっています。WO3へのLi+イオンの挿入により生じるこのようなEC特性劣化の背景には、(1)可逆的なLi+イオンの挿入と脱離、(2)不可逆的なLi2WO4の生成、(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングという3つの現象があります。

近年、(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングについては、LixWO3においてLi+イオンがトラップされる場所は2カ所存在し、比較的浅い場所にトラップされたLi+イオンは可逆的な挿入と脱離が可能である一方、深部にトラップされたLi+イオンは高エネルギー障壁に囲まれているため、その場から動くことができず、不可逆性につながります。このように、WO3の不可逆性には、(2)不可逆的なLi2WO4の生成だけでなく、(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングも深く関わっていることを考慮に入れる必要があります。しかし、(2)不可逆的なLi2WO4の生成は、(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングとどう違うのでしょうか? また、(2)における不可逆的なLi2WO3の生成と、(3)で生じる不可逆的なLi+イオンのトラッピングは両立しうるのでしょうか?

これらの疑問に応えるためには、上で挙げた(1)から(3)を区別する定量的な評価が必要ですが、それは簡単ではありません。というのも、サイクリックボルタンメトリーのような電気化学的手法では(1)可逆的なLi+イオンの挿入と脱離であるか否かしか区別できないため、(2)と(3)を区別することができないのです。

そこで本研究では、硬X線光電子分光法(HAXPES)、in situラマン分光法、そして電気化学的な計測を行うことで、(1)から(3)を区別して定量的に評価できる新たな手法を開発いたしました。

研究結果の詳細

Li+イオンの挿入はタングステンイオンの酸化還元反応を伴い、LixWO3においてはタングステンイオンはW5+の形で存在します(W6+ + Li+ + e- → W5+ + Li+)。そのため、固/固界面付近の層における電子構造と化学組成を調べることができるHAXPESを用いることで、タングステンイオンの酸化状態を評価することができ、(1)可逆的なLi+イオンの挿入と脱離と(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングを区別することができます。しかし一方で、Li2WO4においてタングステンイオンはW6+の形で存在することから、(2)の不可逆的なLi2WO4の生成は、HAXPESでは評価することができません。

そこで研究チームは、(1)であるか否かを評価できる電気化学的手法と、(1)と(3)を区別できるHAXPESを組み合わせることにより、(1)から(3)を区別してその比率を定量的に評価することに成功しました。さらに、in situラマン分光計を用いることで、Li+イオンの挿入による結晶化度の増加を高感度で検知することもできました。

本研究で開発したHAXPES、in situラマン分光法、電気化学的計測を組み合わせた新たな手法で解析した結果、(1)可逆的なLi+イオンの挿入と脱離、(2)不可逆的なLi2WO4の生成、(3)不可逆的なLi+イオンのトラッピングの比率は、それぞれ41.4 %、50.9 %、7.7 %であることが示されました。

この研究成果について樋口准教授は「今回、従来の評価手法である電気化学測定に加えて放射光を用いた光電子分光を利用することで、WO3へ電気化学的にカチオン挿入脱離を行うことで生じるEC特性劣化原因であるLiイオンのトラッピングの定量評価に成功しました。WO3を利用したEC素子における挿入カチオンの変換割合について重要となる新しい調査・定量評価手法を示した本研究は、将来的には非常に高性能なWO3を利用したEC素子の開発に繋がる可能性があります」として、将来の展望を述べています。

※本研究は、JSPS科研費新学術領域研究「蓄電固体界面科学」公募研究A04(JP20H05301)、科研費(JP19K05279)、および特別研究員奨励費JP(19J22244)の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

Applied Surface Science

論文タイトル

In situ Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy on the Origin of Irreversibility in Electrochromic LixWO3 Thin Films

著者

Makoto Takayanagi, Takashi Tsuchiya, Shigenori Ueda, Tohru Higuchi, Kazuya Terabe

DOI

10.1016/j.apsusc.2021.150898

研究室

樋口研究室のページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/higuchi/
樋口准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?3402

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