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高濃度の抗菌化合物が含まれるパッションフルーツの種子から微生物を発見
~種子内生菌の生存戦略と分離手法に新たな知見~
研究の要旨とポイント
- パッションフルーツの種子の内部には、種子を微生物から守るための抗菌化合物が高濃度で蓄積されており、微生物が生存しにくい環境にあると予想されます。パッションフルーツ種子の内部に微生物が生存しているかどうかは知られていませんでした。
- 本研究では、パッションフルーツ種子内部から微生物を分離することに初めて成功しました。切断した種子を培地に接触させるだけでは、微生物コロニーは出現しませんでしたが、興味深いことに、無菌環境下で種子から発芽した芽を切断して培地に接触させることにより19株の細菌を取得することができました。
- 取得した種子内生菌の一部は、ポリフェノールを変換する活性を有していることも明らかにしました。
果物として親しまれているパッションフルーツ(Passiflora edulis)の種子には、レスベラトロールやピセアタンノール等の有用ポリフェノールが豊富に含まれており、機能性食品素材として注目されています。一方、植物は種子を微生物から守るために、これらの化合物を防御物質として蓄積すると考えられています。近年、植物の内部にも微生物が生存していることが明らかにされていますが、抗菌化合物が高濃度で蓄積されているパッションフルーツ種子の内部は、微生物が生存しにくい環境にあると予想されます。このような極限環境とも言えるパッションフルーツ種子内部に微生物が生存しているかどうかはわかっていませんでした。
今回、東京理科大学理工学部応用生物科学科の古屋俊樹准教授、石田葵大学院生(当時)の研究グループは、パッションフルーツ種子の内部から微生物を分離することに初めて成功しました。切断した種子や破砕した種子を培地に接触させるだけでは、微生物コロニーは出現しませんでしたが、興味深いことに、無菌環境下で種子から発芽した芽を切断して培地に接触させることにより19株の細菌を取得することができました(図1)。種子内部は極度に水分が少ない状態にありますが、パッションフルーツ種子内部の細菌は、この乾燥ストレスだけでなく抗菌化合物によるストレスにもさらされています。種々の解析から、細菌が発芽とともに種子から芽に移行してこれらのストレスを回避し、培地上にコロニーを形成したことが示唆されました。また、本研究で確立した、無菌環境下で種子から発芽した芽を切断して培地に接触させる手法は、様々な植物からの種子内生菌(※1)の分離に有効と考えられます。
さらに研究グループは、種子内生菌の化合物変換活性を評価し、取得した細菌の一部は、レスベラトロールやピセアタンノールを別の化合物に変換する活性を有していることも明らかにしました(図2)。これらの細菌は、有用ポリフェノールの合成に応用できる可能性を秘めています。
本研究成果は、2021年8月15日に国際学術誌「MicrobiologyOpen」にオンライン掲載されました。
研究の背景
動物の胚(胎内)は基本的には無菌状態と考えられていますが、植物の胚(種子内)は菌が生存していることが知られています。これらの微生物は、環境中から花や果実を経由して種子に住みつくだけでなく、親から道管を経由して種子に送られることも報告されています。種子内部の微生物は発芽後に栄養分を植物から吸収できる一方で、植物はその成長を促進する作用等を示す微生物を種子から優先的に確保できるため、種子内共生は微生物と植物の双方にメリットがあると考えられています。これまでに様々な植物の種子から微生物が分離されていますが、抗菌化合物が高濃度で蓄積されている種子から微生物が分離された例は、ほとんどありませんでした。パッションフルーツ種子には、他の多くの植物とは異なりレスベラトロールやピセアタンノール等の抗菌化合物が豊富に含まれており、とくにピセアタンノールに関しては2.2 mg/gも含まれていることが報告されています。本研究では、パッションフルーツ種子からの微生物の分離を試みました。
研究結果の詳細
研究グループは、沖縄県産および熊本県産のパッションフルーツから種子を回収し、その表面を殺菌処理後、種子を切断もしくは破砕し、培地に接触させました。しかしながら、培地上に微生物コロニーは出現しませんでした。無菌環境下でしばらく放置しておいたところ、切断した種子から芽が出ていることに気づきましたので、芽を切断して培地に接触させてみました。その結果、興味深いことに、芽を接触させた培地上に微生物コロニーが出現しました(図1)。この手法により、19株の細菌を取得することができました。16S rRNA遺伝子の塩基配列を解析したところ、すでに報告されている微生物と類似性の低い細菌も存在し、新種である可能性が示唆されました。
さらに研究グループは、微生物を種子から直接は分離できず芽から分離できた理由を明らかにすることを目的として、種子内部に高濃度で蓄積されているピセアタンノールが、種子内生菌に与える影響を評価しました。まず、取得した細菌を様々な濃度のピセアタンノールを含む栄養豊富な液体培地に接種したところ、多くの株は低濃度のピセアタンノール存在下で増殖が阻害されました。
つぎに、上記のようにピセアタンノールで処理した細菌を、ピセアタンノールを含まない栄養寒天培地に塗布したところ、多くの株は増殖することができました。もしピセアタンノールにより殺菌されていれば増殖できませんので、この結果から、ピセアタンノールは低濃度で種子内生菌の増殖を阻害する一方で、殺菌効果は低いことがわかりました。これより、種子内部では抗菌化合物により細菌の増殖は阻害されており、発芽により種子内環境を逃れた株が芽を経由して培地上にコロニーを形成したことが示唆されました。
一方、植物内部の環境に適応した内生菌の中には、その環境に含まれている化合物を生産する株や変換する株の存在が報告されています。一例として、イチイ属の植物には抗癌活性を示す化合物であるパクリタキセルが含まれていますが、この化合物を生産する微生物がイチイ属植物から分離されています。
本研究では、パッションフルーツ種子内生菌の化合物変換活性を評価しました。具体的には、種子内生菌を培養後、回収した菌体をレスベラトロールやピセアタンノールとともに試験管内に添加して振とうし、反応液を高速液体クロマトグラフィー等により分析しました。その結果、取得した細菌の一部は、レスベラトロールやピセアタンノールを変換する活性を有していることがわかりました。とくに、Brevibacterium sp. PE28-2株はレスベラトロールをピセアタンノールに変換するという興味深い活性を有していることが明らかとなりました(図2)。
※1 種子内生菌
微生物が植物の内部で生きることを内生といい、植物の内部で生きて害を与えない微生物を植物内生菌と言います(害を与える微生物は植物病原菌と言います)。種子の内部に生存している微生物のことをとくに種子内生菌と言います。
論文情報
雑誌名
MicrobiologyOpen
論文タイトル
Diversity and characteristics of culturable endophytic bacteria from Passiflora edulis seeds
著者
Aoi Ishida, Toshiki Furuya
DOI
研究室
古屋准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6d15
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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