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複雑系科学の基礎理論を用いて、燃焼振動の形成と保持メカニズムを解明
~ロケットエンジン開発の発展への貢献に期待~
研究の要旨とポイント
- 燃焼振動はエンジンの破損や短命化を引き起こすため、燃焼振動のメカニズムの解明は、燃焼工学や航空宇宙工学における重要な課題です。
- 本研究では情報理論、記号力学と複雑ネットワークに基づく数理解析法を用いて、燃焼振動の形成と保持メカニズムを解明しました。
- 本研究は、ロケットエンジン内部で発生する燃焼振動のメカニズムの理解に大きく寄与する成果です。
東京理科大学工学部機械工学科の後藤田浩教授、東京理科大学大学院工学研究科機械工学専攻の島里実氏(2020年修了)、中村洸介氏(修士課程2年)は、宇宙航空研究開発機構航空技術部門 数値解析技術研究ユニット(松山新吾主任研究開発員、大道勇哉研究開発員)との共同研究により、複雑系科学の基礎理論に基づく数理解析法を用いて、燃焼振動の形成と保持メカニズムを解明しました。
本研究成果は、2021年6月22日に米国物理学協会(American Institute of Physics)が出版する流体物理学の学術誌「Physics of Fluids」に掲載されました。また、同誌の「Featured Article」にも選ばれ、同協会のNews(https://publishing.aip.org/publications/latest-content/fuel-flow-heat-fluctuations-drive-dangerous-oscillations-in-rocket-engines-2/)として、研究内容が取り上げられました。さらに、英国物理学会(Institute of Physics)の「Physics World」
(https://physicsworld.com/a/fuel-flow-pressure-and-heat-fluctuations-drive-combustion-oscillations-in-rocket-engines/)にも研究内容が取り上げられました。
非常に大きな振幅の圧力振動を伴う燃焼振動はロケットエンジンや航空エンジンの破損や短命化に繋がるため、その形成と保持メカニズムの基礎的な解明は航空宇宙工学分野における重要な研究課題となっています。
本研究グループは、ロケットエンジンモデル燃焼器内で生じる高周波の燃焼振動を対象に、情報理論、記号力学と複雑ネットワークに基づく数理解析法を用いて、燃焼振動の形成と保持メカニズムを明らかにしました。①燃焼室内の圧力変動が燃料インジェクター内に伝播し、燃料インジェクター内の水素の速度変動が生じる、②水素の速度変動により着火位置が変化し、突発的な発熱率変動が生じる、③突発的な発熱率変動が燃焼室内の圧力変動に影響を与える、④徐々に燃焼室内の圧力変動が大きくなり、発熱率変動と同期する、⑤せん断層(※1)において熱音響源の形成と崩壊が繰り返され、燃焼振動が保持されることを明らかにしました。
本研究成果は、ロケットエンジン内で発生する燃焼振動のメカニズムの理解に寄与し、今後さらに研究を発展させることで、航空宇宙工学分野における学理の体系化にも貢献すると期待されます。

図. 燃焼振動が起こっているときのロケットエンジンモデル燃焼室内、燃料と酸化剤インジェクター内部における流速分布
研究の背景
燃焼振動はロケットエンジンのみならず、航空エンジンや発電用ガスタービンエンジンの破損や短命化を引き起こします。そのため、燃焼振動の形成と保持メカニズムの解明や予兆検知法の技術開発が産業界でも強く望まれています。
また近年、人間関係やインターネットのつながり、交通網など現実社会に存在する複雑ネットワークが注目を集め、その非線形的なふるまいを理解するための理論的基盤が形成されつつあります。
これまでに、本学と宇宙航空研究開発機構の研究グループらは、燃焼器内の圧力変動と発熱率変動の相互作用に着目して、情報理論と同期理論の視点から燃焼振動のメカニズムの一端を明らかにしました [Hashimoto et al., Physical Review E, vol. 99, 032208, 2019]。この研究成果を踏まえて、本論文では、燃焼室内に燃料を噴射するインジェクター内部の速度変動と燃焼振動のメカニズムの関連を明らかにしました。
研究結果の詳細
本研究では、宇宙航空研究開発機構航空技術部門 数値解析技術研究ユニットによって得られたロケットエンジンモデル燃焼器内の燃焼振動のシミュレーションデータ[Matsuyama et al., Journal of Propulsion and Power, vol. 32, 628, 2016]に、情報理論、記号力学と複雑ネットワークに基づく数理解析法を導入しました。
燃料と酸化剤インジェクターのそれぞれの速度変動と燃焼室内の発熱率変動を対象に、移動エントロピーを見積もることで、両者の因果性を調べました。燃料インジェクター内部の速度変動は発熱率変動を駆動する一方、酸化剤インジェクター内部の速度変動は発熱率変動を駆動しないことが示されました。燃焼室内の圧力変動が燃料インジェクターへ伝播し、燃料インジェクター内の水素の速度変動を誘起する → その速度変動によって燃焼室内で未燃の水素/酸素ガスへの周期的な着火が生じる → 着火位置の変動により発熱率変動が引き起こされることが示されました。
圧力変動と発熱率変動の相関から構築されたネットワークの次数分布から、燃焼振動を駆動する熱音響源を特定しました。熱音響源はせん断層付近に広く分布し、突然の出現と崩壊を繰り返します。熱音響源の出現と崩壊が、遷移状態における燃焼振動の駆動に重要な役割を果たすことが示されました。
本研究はロケットエンジン内で発生する燃焼振動のメカニズムの理解に大きく寄与する成果であり、ロケットエンジン燃焼器開発に貢献できると期待されます。
用語
※1 せん断層:二つの流体の界面で、速度差によって形成される層。流体力学的不安定の非線形問題を取り扱う上で非常に重要。
参考文献
- T. Hashimoto, H. Shibuya, H. Gotoda, Y. Ohmichi, and S. Matsuyama, Physical Review E, vol. 99, 032208 (2019).
- S. Matsuyama, D. Hori, T. Shimizu, S. Tachibana, S. Yoshida, and Y. Mizobuchi, Journal of Propulsion and Power, vol. 32, 628 (2016).
論文情報
雑誌名
Physics of Fluids
論文タイトル
Formation mechanism of high-frequency combustion oscillations in a model rocket engine combustor
著者
Satomi Shima, Kosuke Nakamura, Hiroshi Gotoda, Yuya Ohmichi and Shingo Matsuyama
DOI
研究室
研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/gotodalab/index.html
後藤田教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6b4f
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