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2021.07.27 Tue UP

銅錯体の局所濃縮状態により、過酸化水素の分解とヒドロキシルラジカルの生成の効率化に成功~高分子鎖の性質を利用した新たな抗菌剤設計への応用に期待~

研究の要旨とポイント

  • 過酸化水素を分解する触媒反応は、抗菌性、抗がん活性を示すヒドロキシルラジカル発生を伴うことがあり、医療や創薬分野での活用が期待されています。
  • 側鎖に銅錯体を有する高分子化合物が過酸化水素の分解反応およびヒドロキシルラジカルの生成反応において、少ない銅錯体で高い触媒活性を示すことを明らかにしました。
  • 溶液中で銅錯体の局所濃縮状態を作り出すことで触媒活性を向上させる手法は、薬剤設計の新たな指針になることが期待されます。

東京理科大学理学部第一部応用化学科の大澤重仁助教、大塚英典教授らの研究グループは、側鎖に銅錯体を有する高分子化合物を合成し、この物質が過酸化水素の分解反応とヒドロキシルラジカルの生成反応に対し、高い触媒活性を示すことを明らかにしました。本研究をさらに発展させることで、含有金属が少量かつ高い抗菌性を有する抗菌剤の開発につながると期待されます。

過酸化水素は銅との酸化還元反応により分解し、ヒドロキシルラジカルを発生します。ヒドロキシルラジカルは活性酸素種の1つで、酸化力が強いことが特徴です。脂質、タンパク質、DNAなどの多くの生体分子と反応することができるので有用性が高く、注目が集まっています。そのため、過酸化水素の分解を促進し、ヒドロキシルラジカルを効率よく発生させる銅錯体の研究開発が広く行われてきました。

過酸化水素と銅錯体を混合すると、過酸化水素分子と銅錯体による反応中間体が形成され、酸化還元反応が促進されることが知られています。特に、過酸化水素分子1つに対して複数の銅錯体が作用した、銅複核系の反応中間体を形成することが、高い触媒活性を得るための鍵となります。これを実現するためには、溶液中で銅錯体同士が密集し、頻繁に衝突する必要があります。

そこで、当研究グループは高分子化合物の側鎖に銅錯体を導入すれば、銅錯体が溶液中で拡散することを抑制でき、局所的に濃度の高い状態を作り出せるのではないかと考えました。検討を進めた結果、今回合成した高分子化合物が、過酸化水素の酸化還元反応に対して高い触媒活性を示すことを実証しました。また、今回のような分子設計を行えば、少量の銅錯体でも過酸化水素の分解反応を促進できることも明らかにしています。銅は人間の必須元素でもあるので、より安全な抗菌剤開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2021年7月22日に国際学術雑誌「Macromolecular Rapid Communications」にオンライン掲載されました。

研究の背景

銅は生体内の様々な酸化還元反応の触媒としての役割を持っています。例えば、ヘモグロビンの合成や骨格形成、神経機能の維持などが挙げられます。その中でも、生体分子を酸化する活性酸素種を生成する働きは、医療や創薬などの分野で注目されています。また、過酸化水素と銅との反応により、ヒドロキシルラジカルが発生する反応はfenton-like reactionとして知られており、より優れた触媒活性を示す銅錯体の開発が求められてきました。

生体内の銅の多くはタンパク質と結合して錯体を形成しており、酸化還元反応を効率的に進める役割を担っています。例えば、チロシナーゼという酵素は銅錯体を形成する場所が近接しているため、銅複核系の反応中間体を形成しやすく、それにより高い触媒活性を示すことが知られています。一方、生体外での化学反応に使用される銅錯体の多くは溶液中に分散しており、銅単核系の反応中間体が形成されるため、優れた触媒活性を得ることができません。チロシナーゼのように銅複核系の反応中間体を形成するためには、溶液中の銅錯体を意図的に接近、密集させる必要があります。そこで、当研究グループは高分子化合物の側鎖に銅錯体を導入することで、銅錯体の拡散を制限し、溶液分散系に置いても銅錯体を集合させられるのではないかと考えました。銅錯体が局所的に濃縮された状態になれば、銅複核系の反応中間体の形成が促され、結果として酸化還元反応が効率的に進むと推測しました。

研究結果の詳細

本研究では、まず、触媒や抗がん剤に広く使用されているジピコリルアミン(DPA)配位子を用いた銅錯体(DPACu(II)-OH)と銅錯体を側鎖に有する高分子化合物(pDPACu(II)MA)を合成しました。次に、これらの化合物とアスコルビン酸、DPPH(2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル、ラジカル消去剤)、HPF(ヒドロキシフェニルフルオレセイン、活性酸素種検出試薬)をそれぞれ反応させることにより、触媒活性を評価しました。
アスコルビン酸と銅錯体が反応する際、アスコルビン酸分子と複数の銅錯体が銅複核系の反応中間体を形成することによって、酸化還元反応が促進されることが知られています。今回得られた結果では、pDPACu(II)MAを使用すると、アスコルビン酸が短時間で多く消費されることが分かりました。このことから、pDPACu(II)MAの性質によって、銅複核系の反応中間体が形成されたため、一連の反応が促進されたことが確認できました。また、DPPHやHPFとの反応では、pDPACu(II)MAが過酸化水素に対して高い触媒活性を示すことが明らかとなりました。以上の結果より、銅複核系の中間体を形成することができるpDPACu(II)MAが最も優れた触媒活性を示すことが実証されました。
また、当研究グループは大腸菌(Escherichia coli)への抗菌作用を評価しました。ここでは、600 nmの波長を有する光を培養液に照射して、その吸光度測定から大腸菌の増殖度合いを調査しました。pDPACu(II)MA を含む溶液で大腸菌を15 分静置したところ、その後汎用の増殖培地を用いても大腸菌はほとんど増殖しないことが分かりました。大腸菌の増殖には過酸化水素の発生を伴うのですが、この結果はpDPACu(II)MAによって、過酸化水素の分解が促進されると同時に、ヒドロキシルラジカルが効率よく生成するためと考えられます(図)。この考察は、増殖培地に過酸化水素を少量添加した条件でより顕著に大腸菌の増殖を抑えることからも裏付けられています。また、DPACu(II)-OHでは抗菌活性が銅濃度換算で400 µMとしても抗菌作用が不十分である一方で、pDPACu(II)MA は 25µM という低濃度でも十分な効果を発揮することから、銅の使用量を抑えた抗菌剤の開発が期待されます。
本研究では、高分子化合物の側鎖に銅錯体を導入することで、銅錯体の溶液中での拡散を抑制し、局所的に濃度の高い状態を作り出しています。これにより、銅複核系の反応中間体の生成を促し、結果として優れた抗菌性を獲得することができました。この機構は銅以外の遷移金属にも応用可能であり、さらに高い機能性を有する触媒開発の指針として活用することができます。

今回の研究成果について、大澤助教は「抗菌剤開発は細菌の薬剤耐性獲得とのイタチごっこです。その中でも、新たに抗菌剤設計に関する知見を得られたことが重要だと考えています。また、本研究の成果を応用すると、必須元素である銅を基にした抗菌剤を開発できます。この抗菌剤の用途としては、例えば、食品保存料が挙げられます。食品保存料の発展は、保存できる食品の種類を増やし、保存期間を伸ばすことにもつながります」と話しています。

銅錯体の局所濃縮状態により、過酸化水素の分解とヒドロキシルラジカルの生成の効率化に成功~高分子鎖の性質を利用した新たな抗菌剤設計への応用に期待~

図. 大腸菌の増殖抑制の背景にあると考えられるメカニズム。pDPACu(II)MAによって、過酸化水素の分解が促進されると同時に、ヒドロキシルラジカルが効率よく生成される。

論文情報

雑誌名

Macromolecular Rapid Communications

論文タイトル

Accelerated Reaction of Hydrogen Peroxide by Employing Locally Concentrated State of Copper Catalysts on Polymer Chain

著者

Shigehito Osawa, Kenichi Kitanishi, Maho Kiuchi, Motoyuki Shimonaka, Hidenori Otsuka

DOI

10.1002/marc.202100274

東京理科大学について

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