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ミントに含まれるメントールをアミノ酸で修飾した誘導体が、植物の免疫力を高めることを発見
~植物工場や園芸農場向けの安心・安全な免疫活性化剤としての利用を期待~
- ・農作物の栽培において大量に使用される農薬や化学肥料の環境汚染や生態系への影響が懸念されており、環境や生態系に安心・安全な栽培技術の確立が求められています。
- ・本研究では、ミントに含まれるメントールをアミノ酸の一種であるバリンで修飾した誘導体が、さまざまな品種の防御遺伝子の転写を促進し、食害を抑えることを明らかにしました。
- ・植物工場や園芸農場において、安心・安全な免疫活性化剤としての利用が期待されます。
東京理科大学先進工学部生命システム工学科の有村源一郎教授らの研究グループは、ミントに香気成分として含まれるメントールをアミノ酸の一種であるバリンで修飾した新規誘導体(ment-Val)が、ダイズなどさまざまな品種の防御応答を強く誘導し、植食者による食害を著しく抑えることを発見しました。
農作物の生産性向上など、これまでの農業技術の発展は、農薬や化学肥料の使用に負うところが大きく、それが環境汚染や生態系破壊をもたらす結果にもつながっています。食の安定供給、安心・安全、環境への配慮を同時に実現させた栽培技術の確立が、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に不可欠な喫緊の課題です。
本研究で合成したment-Valは植物本来の免疫力を高めることができる免疫活性化剤としての性質を持ち、さらには化学的に安定であり、それ自体は生物にとって有害ではなく安全であることから、植物工場や園芸農場などへの将来の幅広い普及が大いに期待されます。
本研究成果は、2021年4月15日に国際学術誌「Plant Molecular Biology」にオンライン掲載されました。
植物は、生長、環境への応答、害虫や病原体に対する防御などに、テルペノイド類、フェノール類、アルカロイド類、脂肪酸などさまざまな「植物特化代謝物(PSM)」を利用していることが知られています。その中には、植物が害虫によって傷つけられると大気中に放出される揮発性有機化合物(VOC)も含まれます。有村教授らは、それらが害虫の忌避や害虫にとっての天敵の誘引といった機能を有するだけではなく、植物個体内・個体間でのコミュニケーション物質としての役割も担っていることを明らかにしてきました。例えば、メントールなどミントが放出する香気成分が、近くに生息している別の品種の防御応答を誘導することが最近明らかになりました。
一方、これまでPSMを化学的に修飾することで、解熱鎮痛剤、抗がん剤などさまざまな種類の効果的な薬剤が開発され、私たち人類の健康維持に役立ってきました。しかし、農作物の免疫力を活性化させることを目的としたPSM誘導体の合成、特にVOC誘導体の合成については、これまでほとんど報告がありませんでした。本研究では、メントールの化学的修飾により安心・安全な免疫活性化剤を開発することを目的として、メントールとさまざまなアミノ酸をそれぞれ反応させて得られる一連のエステル化合物の水溶液を用いて、ダイズなど葉物野菜の害虫に対する防御応答の変化を観察、検討しました。
本研究において、まずメントール(ment)と6種類のアミノ酸(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン)をそれぞれ反応させてエステル化合物を合成しました。それぞれを濃度1.0 μMで溶解させたMESバッファー溶液にダイズの三出複葉を暴露させ、24時間後に2種類の防御遺伝子(感染特異的タンパク質1遺伝子(PR1)、トリプシンインヒビター遺伝子(TI)の転写レベルを比較したところ、2種類の防御遺伝子とも、バリンとのエステル化合物(ment-Val)の場合のみ転写レベルが大幅に増加しました(MESバッファーのみのコントロールと比較して4~5倍程度)。このment-Valについて、濃度0.1、1.0、10.0 μMの場合を比較すると、0.1 μMの場合や10.0 μMの場合では転写レベルはほとんど増加せず、濃度に最適値があることも分かりました。また、この防御遺伝子の転写レベル増加は、時間経過によって徐々に減少して4日目にほぼ効果がなくなりますが、再度ment-Val溶液に暴露させることで24時間後にもとの高い転写レベルに戻ったため、繰り返し暴露することで効果を維持できる可能性が示されました。さらに、ダイズに加えてエンドウ、カブ、タバコ、レタス、トウモロコシの5種類の葉物野菜についても同様にment-Val溶液に暴露させたところ、それらマメ科、ナス科、キク科、イネ科という幅広い植物の品種すべてについてment-Valは防御遺伝子の転写レベルを増加させるという汎用性を持つことが明らかとなりました。
また、ment-Val溶液に24時間前に暴露させたダイズの葉に、実際に植食者であるハスモンヨトウの幼虫(飢餓状態)を乗せて、2時間後の葉の面積を比較したところ、ment-Valの場合はコントロールと比較して面積減少が5分の1程度に抑えられました。同様に、ment-Val溶液に暴露させたダイズの葉は、コントロールと比較してハダニの産卵を2分の1程度に抑えることも分かりました。一方で、ment-Val溶液を含む人工飼料を与えたハスモンヨトウの幼虫の成長は、コントロールの人工飼料、ment溶液を含む人工飼料の場合と比べて変わりはなく、mentやment-Val自体はハスモンヨトウの幼虫にとって有害性や忌避効果を示すわけではないことを確かめました。
また、遺伝子の転写を正に制御するヒストンアセチル化を阻害する物質であるガルシノールで処理したダイズの葉は、ment-Val溶液に暴露しても防御遺伝子の転写が全く増加しないことが分かり、ment-Valはヒストンアセチル化など遺伝子発現のエピジェネティックな調節に何らかの寄与をしている可能性が示唆されました。最後に、ment-ValをUV(波長254 nm)、熱(60℃)、酸(pH 2)、アルカリ(pH 12)にそれぞれ8時間暴露しても分解は起こらず、ment-Valは化学的に安定であることを確かめました。以上のことから、本研究で開発したment-Valは、無害で化学的にも安定な、さまざまな農作物に対する免疫活性化剤としての利用が期待できる有用物質であると言えます。
有村教授は本研究の成果について、「本研究で開発された免疫活性化剤は、6品種の葉物野菜の栽培に有効であることが実証されたため、その販売および植物工場運営企業や国内園芸農業への導入によって数十億円規模の経済効果を生み出すものと試算されます。化学農薬の使用が環境や生態系に及ぼす影響が問題視されはじめている現在、植物本来の免疫力を高めることができる免疫活性化剤の利用は、それらの諸問題を払拭する役割を担うでしょう。また、抗炎症作用を有するment-Val等のメントール誘導体は、ヒトの機能性サプリメントの開発にも応用できることから(特願2019-135613)、さまざまな用途で活用することも可能です。」と話しています。

※ 本研究は、日本学術振興会科研費「基盤研究(B)」(20H02951)、文部科学省科研費「新学術領域研究(研究領域提案型)」(18H04786、20H04786)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)」(JPM-JTM20D2)、不二たん白質研究振興財団、長瀬科学技術振興財団の助成を受けて実施したものです。
【論文情報】
- 雑誌名
- Plant Molecular Biology
- 論文タイトル
- An amino acid ester of menthol elicits defense responses in plants
- 著者
- Chisato Tsuzuki, Masakazu Hachisu, Rihoko Iwabe, Yuna Nakayama, Yoko Nonaga, Satoru Sukegawa, Shigeomi Horito, Gen‑ichiro Arimura
- DOI
- 10.1007/s11103-021-01150-y
■有村研究室
有村教授ページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6942
研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/garimura/
■ 東京理科大学について
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