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金系合金のTsai型近似結晶における特異な表面再構成を発見 ~ Tsai型化合物で初めての観察例、高品質な有機半導体薄膜実現のための基板になると期待~
- ●準結晶は結晶、アモルファスに次ぐ固体第三の状態として知られていますが、未だその性質は十分に理解されていません。
- ●本研究では、金・アルミニウム・テルビウムの3種からなる金属合金で、Tsai型準結晶に類似した局所構造を持つ1/1近似結晶の(111)表面の原子構造を明らかにし、負バイアスのときバルクと異なる配列で原子が配列すること(表面再構成)を発見しました。
- ●これはTsai型化合物で初めての観察例であり、今回観察された特異な表面再構成は、高品質な有機半導体薄膜実現のための基板になると期待されます。
東京理科大学基礎工学部材料工学科の田村隆治教授、Sam Coates博士、リバプール大学のHem Raj Sharma博士、Ronan McGrath教授らの研究グループは、金・アルミニウム・テルビウム(Au-Al-Tb)の1/1近似結晶の(111)表面の原子構造を明らかにし、負バイアスのとき表面再構成することを発見しました。これはTsai型化合物では初めての観察例です。
半導体の性質を有する準結晶(半導体準結晶)は未だに発見されておらず、存在するかどうかは固体物理学上の大きな問題の一つです。もし半導体準結晶が見つかれば、正二十面体の高い対称性ゆえに多くのキャリア・ポケットを持ち、加えて低い熱伝導率を有することから、高性能な熱電材料の開発につながると期待されています。
今回、金・アルミニウム・テルビウム(Au-Al-Tb)の1/1近似結晶で観察された特異な表面再構成は、高品質な有機半導体薄膜実現のための基板になると期待される重要な知見です。
研究の背景
従来、固体は原子や分子などが立体的に規則正しく配列している結晶と、不規則に配列したアモルファス(非晶質)に分かれると考えられてきました。しかし1984年、イスラエルの研究者ダニエル・シェヒトマンによって、結晶でもアモルファスでもない第三の固体状態である準結晶が発見されました。結晶は並進対称性(※1)を有するため回折像は1、2、3、4、6回いずれかの回転対称性を示すのに対し、準結晶は5、8、10、12回などの高い回転対称性を示し、準周期的な規則構造を持ちます。これまでに報告された合金系の準結晶はMackay型、Bergman型、Tsai型のいずれかに分類され、本研究で対象としたAu-Al-Tb合金が形成する準結晶は、それが合成されれば、Tsai型にあたります。
Tsai型クラスターは(1)4つの正三角形からなる正四面体、(2)12の正五角形からなる正十二面体、(3)正二十面体、(4)正十二面体の各頂点を切り落とした切頭十二面体、(5)30の合同な菱型からなる菱型三十面体の5つの構造が(1)を内側に(5)まで重なった五層の殻構造を持ちます(図1a)。
準結晶構造を形成する金属合金は、多くの場合、準結晶中にみられる高い対称性を有した原子クラスターが周期的に配列した近似結晶と呼ばれる構造を作ります。近似結晶は準結晶と似た組成と局所構造を持つことから、新たな準結晶の探索や構造モデルの構築に役立ちます。
本研究では反強磁性Au-Al-Tb 1/1近似結晶を対象とし、研究を行いました。近似結晶の合成技術をさらに洗練させることで、長距離磁気秩序を示す準結晶の合成につながる可能性があります。
近年、反強磁性Au-Al-Tb 1/1近似結晶の特異なスピン構造が解明されました。二十面体上のそれぞれのスピンベクトルは、原子の位置を表す位置ベクトルから二十面体の中心に対して86°回転していました。それに加え、原点に位置する二十面体と体心に位置する二十面体では反対方向のスピンを持つ(図1b)ことから、反強磁性磁気秩序が発達していることがわかりました。こうして渦巻状の特異な反強磁性相が発見されたことを受け、本研究では、走査型トンネル顕微鏡(STM)と密度汎関数法(DFT)計算により、Au-Al-Tb近似結晶の(111)表面の原子的構造を調べました。
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図1. (a) Tsai型クラスターの構造。4つの正三角形からなる正四面体(灰色)、12の正五角形からなる正十二面体(黄色)、正二十面体(緑)、正十二面体の各頂点を切り落とした切頭十二面体(水色)、30の合同な菱型からなる菱型三十面体(赤)の5つの構造が重なった五層の殻構造を持つ。 (b) Au-Al-Tb 1/1近似結晶の[111]方向からの投影図。原点に位置する二十面体のスピン配列(青)と体心に位置する二十面体のスピン配列(赤)。
研究結果の詳細
STM観察から、反強磁性Au-Al-Tb 1/1近似結晶の(111)表面はTb原子で終端されていることがわかりました。さらに、ステップ高さ、テラス幅、キンク構造の定量評価から、ステップの高さがTb原子がつくる正二十面体をなるべく壊さないようにして決まっていることも突き止めました。
次に、正バイアスのときと負バイアスのときの表面構造を調べました。これまでの研究から、正バイアスのときTsai型の準結晶および近似結晶の表面では、希土類元素が検出されることが報告されていました。Au-Al-Tb 1/1近似結晶の(111)表面においても同様に、正バイアスの場合はTb原子が六角形状に配列していることがわかりました。
その一方、負バイアスのときはAu-Al-Tb 1/1近似結晶の(111)表面はAuもしくはAl原子の二重列の中に三角形状に配列したTb原子が入った三層のネットワーク構造になっていました。また、興味深いことに、この表面構造は、-2000mVから約1000mVまでの幅広いバイアス条件下で観察されました。さらに、サンプルの同じ部位における-1900mVから1900mVまでのバイアス条件下での極性の切り替わりから、これは不純物相ではないことも確認されました。これらの結果は、AuとAl原子が表面再配列を起こしていることを示唆します。
以上の発見は、いずれもDFT計算によって再現できることも確認しました。
Au系のTsai型化合物の表面研究は、Ag系に比べるとあまりなされてきませんでした。近年、Au系の化合物で反強磁性相が発見されたことから、表面の磁性の研究が初めて可能となりました。今回の大きな成果の一つは、Au-Al-Tb Tsai型化合物の(111)表面が表面再構成することを発見したことです。これは、Tsai型化合物では初めての観測例であり、Ag系では確認されていませんので、この表面再構成の原因については今後さらなる研究が必要です。この特異な表面再構成は、高品質な有機半導体薄膜実現のための基板としての応用に向けた第一歩となると期待されます。
※ 本研究は、JSPS科研費(19H05817、19H05818)の助成を受けて実施したものです。
用語
※1並進対称性:平行移動に対して対称であること。
論文情報
雑誌名 | : | Physical Review B |
---|---|---|
論文タイトル | : | Atomic structure of the (111) surface of the antiferromagnetic 1/1 Au-Al-Tb approximant |
著者 | : | Sam Coates, Kazuki Nozawa, Masahiro Fukami, Kazuki Inagaki, Masahiko Shimoda, Ronan McGrath, Hem Raj Sharma, Ryuji Tamura |
DOI | : | 10.1103/PhysRevB.102.235419 |
研究室
基礎工学部 材料工学科 田村 隆治教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?2c9d
※田村教授は、2020年4月より「東京理科大学特別研究期間制度」に採択されています。
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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