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天然食用色素による安全で安価な細胞の生死判定法を開発
~ミドリムシからヒトがん細胞まで適用が可能、幅広い分野への応用に期待~
- ●細胞の生死判定に一般的に用いられる合成色素は有毒であり、生きた細胞も殺してしまうため、試験後の培地は使用できないという問題がありました。
- ●本研究では、食用色素を用いた低コストで非侵襲的な細胞の生死判定法の開発に成功しました。
- ●細胞の生死判定は創薬分野をはじめとする幅広い分野で必要とされるため、本研究で確立した方法は様々な用途での活用が期待されます。
東京理科大学理学部第一部物理学科の山下恭平助教、徳永英司教授、薬学部生命創薬科学科の樋上賀一教授、田川亮真助教、株式会社ユーグレナの山田康嗣氏、鈴木健吾氏らの研究グループは、食用色素を用いた安全で安価な細胞の生死判定方法を確立しました。この方法は、ヒトがん細胞、ミドリムシ(ユーグレナ)、ゾウリムシという構造が大きく異なる細胞においても適用が可能であることが確認されました(図1)。細胞の生死判定は医療、化粧品、食品、工業等の様々な産業分野における基礎研究、衛生管理、品質管理等で重要な役割を担っており、その需要は多岐にわたります。今回開発した細胞の生死判定方法は、幅広い分野の発展に大きく貢献すると期待されます。
これまで細胞の生死判定試薬として、合成色素であるトリパンブルーやメチレンブルーなどが用いられてきました。しかし、従来の合成色素は細胞や人体に対して有毒なため、長期間の経時観察では同じサンプルを用いることができず、経過時間ごとに多数のサンプルを用意する必要がありました。しかし、多数のサンプル作成にはコストがかかり、また全てのサンプルを同じ条件に保つことは難しいため、信頼性が低下するという懸念もあります。
そこで研究グループは、同じサンプルの長期間観察を可能にする安全で非侵襲な細胞の生死判定方法を開発しました。この方法は、有害な合成色素の代わりに天然の食用色素を用いるため、安全性と低コスト化の両立が可能になります。
生きた細胞を殺すことなく細胞の生死判定ができる本手法は、創薬や育種などの応用研究のみならず、細胞の代謝機構の解明などの基礎研究でも活用が期待され、今後は幅広い分野における多様な研究の発展に貢献すると期待されます。
図1. 紅麹色素溶液中における生細胞と死細胞の染色の様子。生細胞は染色されないが、死細胞は染色される。
研究の背景
細胞の生死を判定する方法の代表的なものとして、色素に染まる細胞を死細胞と判定する色素排除試験法、1個の細胞を寒天培地上で増殖させ、コロニーを形成したものを生細胞と判定するコロニー形成法、生細胞もしくは死細胞特異的に漏出する酵素から判定する方法、蛍光色素で細胞標識し、フローサイトメトリーで個々の細胞の生死を検出する方法が挙げられます。しかし、これらの方法は細胞毒性がある、試薬や装置コストが高い、熟練技術や分析に長い時間を要するなど、それぞれ問題を抱えています。
そこで、本研究を主導した山下助教は、株式会社ユーグレナと共同特許出願を行った研究「栄養強化食品の製造方法、ユーグレナ含有食品組成物及び食品の栄養強化方法(特願2017-170589)」の発展研究を行っている際に、天然食用色素で染色された細胞は動かず、染色されない細胞は動くことを偶然発見したことから、有害な合成色素の代わりに安全で安価な天然食用色素を生死判定に使うことができるのではないかと考え、研究に取り組みました。
山下助教らはまず、ユーグレナを用いて天然食用色素である紅麹色素とアントシアニン色素で細胞の生死判別ができるか検討を行いました。その結果、マイクロ波処理を行ったユーグレナに対しては、紅麹色素とアントシアニン色素は合成試薬であるトリパンブルーおよびメチレンブルーと同等の死細胞判定能力を示し、塩化ベンザルコニウム処理を行ったユーグレナに対しては合成色素よりも迅速かつ均一な死細胞判定能力を示しました(文献1)。さらに、ゾウリムシを対象とした実験でも、紅麹色素とアントシアニン色素は合成試薬であるメチレンブルーと同じくらい迅速に死細胞を染色できることを突き止めました(文献2)。
こうした結果を踏まえ、研究グループはヒトのがん細胞でも天然食用色素を用いた生死判定法が適用できるか研究を行いました。
研究結果の詳細
本研究では、ヒト乳がん細胞株MCF-7を対象としました。
まず、MCF-7の生死判定に有用な天然食用色素を絞り込むために、紅麹色素、紫芋色素、クチナシ黄色素、クチナシ緑色素、赤かぶ色素、スピルリナ色素を添加し、顕微鏡による明視野観察を行いました。その結果、細胞内タンパク質をよく染色する紅麹色素のみが、MCF-7の生死判定に使用できることが確認されましたので、以後の実験では紅麹色素を用いました。
紅麹色素の濃度を0.4%(市販されている紅麹色素のうち紅麹の割合は0.5%なので、純粋な紅麹の濃度にすると0.02%)にすると、マイクロ波処理で細胞破壊を行ったサンプルでは全て紅麹色素添加から10分後には死細胞が染色された。また、0.4%の紅麹色素に長時間曝露されても細胞増殖の阻害や細胞の変形を生じることはなく、細胞の代謝で用いられるNADHの減少も確認されなかったことから、紅麹色素は非侵襲であることが確認されました。紅麹色素の濃度を高くするほど死細胞の視認性は上がり、1%ではほとんどの全ての死細胞が染色されました。しかし、濃度0.6%の場合で2日目には細胞の変形が確認されましたので、長時間観察を行う場合には高濃度の紅麹色素を用いることは細胞への影響が大きいため難しいことも分かりました。しかしそれでも、合成色素であるトリパンブルーよりははるかに細胞への影響が小さく、環境負荷が低いことは間違いありません。さらに、0.4%濃度の紅麹色素溶液の場合、コストは0.1%濃度のトリパンブルー溶液の約10分の1になるという経済的なメリットもあります。また、抗がん剤であるシスプラチンと47時間共処理した場合でも、紅麹色素による染色が観察されました。これより、薬剤のような化学物質が存在する場合にも、安定して染色能力を維持することが示唆されました。
今回の研究から、ユーグレナとゾウリムシにおいて既に実用性が確認されていた紅麹色素を用いた細胞の生死判定方法を、乳がん細胞にも適用できることを示されました。これは、食用色素を用いた生死判定方法が他の種類の細胞にも適用できる可能性を示唆する結果です。
研究を行った山下助教は「細胞の生死判定法は、医療、化粧品、食品、工業等の様々な産業分野における基礎研究、衛生管理、品質管理等で重要な役割を担っており、その需要は多岐にわたります。従来使用されてきた合成色素を本手法の天然色素に代替することで、上記分野におけるコスト、安全性(試料、ヒト、環境に対して)の改善に役立ちます。さらには、細胞の生死とは何か、どのタイミングで死ぬのか、死因の究明という新たな分野を切り開く手法を担うツールとしての展開も期待されます。天然色素は生死判定用途以外にも、まだ見つかっていない有用な性質を持っている可能性が高く、探索の余地が大いにあります。」として、今後の研究の発展に意欲を示してます。
文献
1.Yamashita, K.; Yamada, K.; Suzuki, K.; Tokunaga, E. Noninvasive and safe cell viability assay for Euglena gracilis using natural food pigment.PeerJ 2019, 7, e6636.
2. Yamashita, K.; Tokunaga, E. Noninvasive and safe cell viability assay for Paramecium using natural pigment extracted from food. Sci. Rep. 2020, 10, 10996.
論文情報
雑誌名 | : | Biology |
---|---|---|
論文タイトル | : | Noninvasive and Safe Cell Viability Assay for Breast Cancer MCF-7 Cells Using Natural Food Pigment |
著者 | : | Kyohei Yamashita, Ryoma Tagawa, Yoshikazu Higami and Eiji Tokunaga |
DOI | : | 10.3390/biology9080227 |
研究室紹介
山下助教: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?7221
徳永教授: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?3b4e
樋上教授: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?5289
田川助教: https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?71f2
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
ABOUT:https://www.tus.ac.jp/info/index.html#houjin
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