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透明な体が“派手”を生み出す
――体の透過光を利用したエゾハリイカの求愛ディスプレイ――
東京大学
東京理科大学
青森県営浅虫水族館
発表のポイント
- コウイカ類の一種・エゾハリイカの雄が、体表面に光の偏光で強いコントラストのある模様を作り出し、雌に求愛のアピールを行うことを明らかにしました。
- 光を特殊な細胞で反射させ透明な筋肉層を透過させることで、自然界にはほとんど存在しない垂直方向の偏光を生み出す光物理のメカニズムが新たに明らかになりました。
- 動物の視覚コミュニケーションの多様性とその進化の解明に役立つことが期待されます。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の中山新大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の岩田容子准教授、河村知彦教授、小川展弘技術専門職員、東京理科大学創域理工学部先端物理学科の吉岡伸也教授と大貫良輔助教、青森県営浅虫水族館らによる研究グループは、コウイカの一種エゾハリイカの雄が、表皮の特殊な細胞で反射させた光を透明な筋肉に透過させることで派手な偏光模様を生み出し、雌に求愛していることを明らかにしました。
光には、我々ヒトが視認している明るさや色の他に偏光という性質があり、イカやタコなどの動物はこれを視覚情報として利用しています。本研究は、イカの雄が体表面の偏光模様を使って雌に求愛を行うことを世界で初めて明らかにしました。この偏光模様は、表皮で反射させた水平方向に偏光した光と、その光を内側の筋肉層に透過させることで垂直方向に偏光角度を変化させた光を組み合わせることで生み出されていました。本研究により、我々ヒトには見えない偏光を使った動物の視覚コミュニケーションとその光物理メカニズムが明らかになりました。今後動物の視覚コミュニケーションの知られざる多様性とその物理的基盤の解明に役立つことが期待されます。
発表内容
クジャクの雄の羽に代表されるように、多くの動物の雄が派手で目立つ形質を進化させてきました。こうした雄特有の派手な形態や体色は、求愛などの繁殖コミュニケーションにおいて視覚的なアピールとして働き、繁殖成功を通じた性淘汰(注1)によって進化してきました。従来の研究は、色(波長)や明暗(強度)といった光の性質に注目してきました。しかし光には、波長や強度に加えて「偏光(注2)」という第三の性質があります(図1)。私たちヒトは色を見分けられますが、偏光を見分けることはできません。一方、イカやタコに代表される頭足類は、色の違いは識別できませんが、偏光の違いを識別できます。鳥や昆虫など色覚を持つ動物で雄の派手な体色が進化するように、偏光を識別できる動物では「派手な偏光模様」が進化するのではないか―この疑問を出発点として、研究チームはエゾハリイカというイカの求愛行動に着目しました。
本種の雄は一対の腕が著しく長く発達します(図1)。この腕は普段は丸められていますが、求愛時には雄はこの腕をまっすぐに伸ばして雌にアピールします(関連プレスリリース)。研究チームは青森県営浅虫水族館に特設した水槽で、偏光を可視化する特殊カメラを用いて求愛行動を撮影しました。その結果、雄の長い腕には、水平方向と垂直方向の偏光が組み合わさった、顕著に“派手な”偏光模様が現れることがわかりました(図1)。
左上:偏光の模式図。右の偏光画像の様式と合わせて、水平方向に偏光した光を赤色で、垂直方向に偏光した光を青色に表現している。左下:エゾハリイカの雌雄。右:エゾハリイカの雄の求愛を、偏光を可視化する特殊カメラで撮影した画像。上が普通のカメラと同じカラー画像で、下が光の偏光状態を色に置き換えた画像。水平方向の偏光は赤色、垂直方向の偏光は青〜緑色で表されている。奥側の雄の長い腕は水平方向、手前側の腕は垂直方向と、偏光角度の異なる光を組み合わせた特徴的な偏光模様が浮かび上がっている。
さらに研究チームは、この複雑な偏光の模様を生み出す光物理的な仕組みに踏み込みました(図2)。イカの腕表面には水平方向に偏光した光を反射する虹色素胞(注3)が存在しますが、本種の雄の長い腕ではこれらの細胞が雌から見た奥側に配置されていました。つまり、虹色素胞で反射された光は腕内部の筋肉層を透過して雌に届いていたのです。実験的に筋肉層に偏光を通すと、偏光角度が水平から垂直へと回転することが確認されました。この変化は、筋肉がもつ複屈折(注4)という性質によって説明できることも光学モデルで示されました。すなわち、雄の腕では「反射による水平偏光」と「透過によって回転した垂直偏光」が部位ごとに組み合わさり、偏光模様が形成されているのです(図2)。垂直偏光は自然界にはほとんど存在しないため、非常に目立つシグナルとなります。鳥や昆虫などの派手な色の模様が色素や構造色によって作られるのに対し、偏光模様は反射と透過を巧みに利用した全く異なるメカニズムで“派手さ”を実現していました。
雄の長い腕に対して、電子顕微鏡を用いた虹色素胞の形態解析と透明な筋肉層の光物性解析を行った。その結果、右図のメカニズムが明らかとなった。奥側の腕では、表皮の虹色素胞で反射された光が水平方向に偏光し、そのまま雌に届く。一方、手前側の腕では、雌から見て奥側の表皮の虹色素胞で光が反射され、水平方向に偏光した後、体の筋肉層を通過する。この際、筋肉層の複屈折により光の偏光の向きが回転し、水平から垂直方向に変化する。このように、筋肉層の透過を2本の腕で使い分けることで、複雑で“派手”な偏光角度の模様が生成されている。
本研究は、偏光を用いたコミュニケーションという新規性とともに、「性淘汰が視認性の高いシグナルを進化させる」という原理が色とは異なる光の性質である偏光でも成り立つという普遍性も示しています。本研究から、動物のコミュニケーションの多様性とその進化を解き明かすための重要な知見がもたらされました。
関連情報
プレスリリース「イカ墨の暗幕で求愛の舞台を作る ―墨を使ったエゾハリイカの特殊な求愛行動―」(2024/2/2)
発表者・研究者等情報
- 東京大学
- 大学院農学生命科学研究科
- 中山 新 研究当時:博士課程(日本学術振興会特別研究員)
- 現:National Taiwan Normal University NSTC Research Fellow
- 大気海洋研究所
-
岩田 容子 准教授
河村 知彦 教授
小川 展弘 技術専門職員 - 東京理科大学
- 創域理工学部 先端物理学科
-
吉岡 伸也 教授
大貫 良輔 助教 - 東海大学 海洋学部
- 佐藤 成祥 准教授
- 青森県営浅虫水族館
論文情報
雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
題名
Transmission through muscle tissue shapes polarization signals during cuttlefish courtship
著者名
Arata Nakayama*, Ryosuke Ohnuki, Shinya Yoshioka, Nobuhiro Ogawa, Toshihiko Kushihiki, Shunsuke Momoi, Noriyosi Sato, Tomohiko Kawamura, Yoko Iwata
DOI
研究助成
本研究は、科研費挑戦的研究(萌芽)「偏光による頭足類の隠れた種内コミュニケーションとその適応的意義(課題番号:21K19290)」、特別研究員奨励費「偏光を用いた種内コミュニケーションの実証:頭足類の求愛行動から迫る(課題番号:23KJ0487)」、JST SPRING GX(課題番号:JPMJSP2108)、藤原ナチュラルヒストリー振興財団、東京大学大気海洋研究所学際連携研究(課題番号:JURCAOSIRG19-08、JURCAOSIRG20-15)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)性淘汰
繁殖を介して異なる進化的圧力が雌雄にかかること。これにより、クジャクの雄の羽やカブトムシの雄のツノなどのような、片方の性別に特有の形質が進化する。
(注2)偏光
光の波の振動方向やその偏り。
(注3)虹色素胞
イカや魚類などの体表面に存在する細胞で、細胞内に多層にわたる板状構造が存在し、光を反射する。
(注4)複屈折
物質の内部を光が通過するとき、その光の偏光成分の間で屈折率、ひいては光の伝達速度が変わる現象。
