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脳動脈瘤の破裂リスクを予測するAIモデルを開発
―くも膜下出血を未然に防ぐ新たな予防医療の可能性―
東京慈恵会医科大学
東京理科大学
東京慈恵会医科大学 脳神経外科学講座 村山雄一 教授および同 先端医療情報技術研究部、並びに東京理科大学 工学部 機械工学科 藤村宗一郎 助教らの研究グループは共同で、人工知能(AI)を用いて未破裂脳動脈瘤の破裂前データから将来の破裂リスク予測するAIモデル「POLARIS(Potential Aneurysm Rupture Risk)」を開発し、国内外の複数施設による大規模データで有効性を検証しました。
この成果は米国医学会(AMA)が発行する国際医学誌 JAMA Network Openに2025年12月23日に掲載されました。
概要
脳動脈瘤は、脳血管の一部がこぶ状に膨らむ疾患であり、ひとたび破裂するとくも膜下出血を引き起こします。このくも膜下出血の死亡率は約30~50%に達し、生存者の約半数に重篤な後遺症が残るとされています。一方で、未破裂のまま経過する例も多く、「どの脳動脈瘤を治療すべきか」を見極めることが臨床上の大きな課題でした。
研究グループは、まず日本・米国・オランダの3か国4機関で2003年から2022年にかけて経過観察・治療が行われた計11,579例の未破裂脳動脈瘤データを統合したビッグデータベースを構築。このうち2,750名・3,321瘤のデータを基に機械学習を行い、個々の未破裂脳動脈瘤が将来的に破裂に至るリスクを予測するAIモデルを開発しました。
本AIモデルでは、脳動脈瘤のサイズや形状などの形態学的特徴に加えて、患者の年齢・既往歴といった臨床情報を含む多次元データを用いており、これらを統合することで2年以内の破裂リスクを予測しています。
今回開発したAIモデルの予測性能を、開発段階とは別の医療機関のデータ群を用いて検証した結果、国際的なリスク評価指標であるPHASESスコア(AUROC 0.84)を上回る予測性能(AUROC 0.90)を示し、これまで破裂リスクの推定が困難とされてきた10mm以下の小型の脳動脈瘤においてもAUROC0.88、感度0.86で予測可能であることが示されました。
従来の類似研究の多くは「破裂した後のデータ」を用いて破裂群と未破裂群を分類しており、実際には“破裂した瘤を識別する”解析に留まっていました。
今回の研究は、破裂前の形態学的特徴および臨床情報のみを用いて将来の破裂リスクを予測する世界初のAIモデルの開発であり、破裂後データに依存しない「真の破裂予測」を実現した点で画期的と言えます。医師の主観に左右されない客観的な治療判断を支援することで、くも膜下出血を未然に防ぐ新たな予防医療の可能性を開くものです。
今後は破裂リスク評価の比較検証や臨床研究を進め、実際の診療現場での有用性を検証していきます。さらに、将来的には医療機器プログラム(SaMD)としての承認を視野に入れ、脳ドックなどの健診現場での活用に加え、一般利用者向けのウェブサービスなども含め、社会実装に向けた多様な提供形態について検討を進めています。
研究の詳細
1. 背景
脳動脈瘤は、脳血管の一部がこぶ状に膨らむ疾患であり、ひとたび破裂しくも膜下出血をきたすと約3割が死亡し、生存者の約半数に重篤な後遺症が残ります。一般人口の約3.2%が未破裂脳動脈瘤を有し、その破裂が全てのくも膜下出血の約85%を占めるとされています。未破裂のまま経過する例も多い一方で、PHASESスコア1やUCASスコア2などの従来指標で低リスクとされる10mm未満の瘤でも破裂が生じることが知られており、臨床現場では「どの瘤を治療すべきか」を見極めることが依然として大きな課題でした。
また、従来のAI研究の多くは、破裂後に取得された画像データを用いて破裂群と未破裂群を分類しており、実際には“破裂した瘤を識別する”解析にとどまっていました。これらの研究では、破裂後の形態変化や出血所見を学習してしまうため、真に将来破裂する瘤を予測するモデルにはなっていないという課題がありました。
2. 手法
本研究は、2003年から2022年にかけて日本・米国・オランダの3か国4施設 (東京慈恵会医科大学、済生会熊本病院、MGH: Massachusetts General Hospital、UMCU: University Medical Center Utrecht)で経過観察または治療が行われた計11,579例の未破裂脳動脈瘤データを統合したビッグデータベースを構築しました。
このうち、AIモデルの開発には最大規模の施設コホートから得られた2,750名・3,312瘤(経過観察中破裂71瘤[2.1%]、経過観察期間の中央値8.5年[四分位範囲5.1〜11.6年])を使用し、外部検証には他3施設の1,153名・1,501瘤(経過観察中破裂48瘤[3.2%]、経過観察期間の中央値5.4年[四分位範囲3.7〜8.7年])を用いました。
各瘤は患者の年齢・既往歴などの臨床情報からなる計29の変数と脳動脈瘤のサイズなどの形態学的特徴からなる計47の変数で特徴づけられ、破裂症例については破裂前の時点において収集された情報のみを使用しました。
AIモデルの構築にはアルゴリズムとしてLightGBM3を採用し、2年以内の破裂発生が予測可能となるように学習を行いました。
3. 成果
AIモデルは、開発コホートにおいて感度40.78、特異度50.82、AUROC6 0.88(95%信頼区間0.85–0.92)を示し、外部検証コホートでも同等の性能(感度0.90、特異度0.70、AUROC 0.90[95%信頼区間0.85–0.94])を維持しました。なお、外部検証コホートにおけるPHASESスコア、UCASスコアのAUROCはそれぞれ0.84[95%信頼区間0.78–0.90]、0.84[95%信頼区間0.79–0.90]となり、AIモデルはPHASESスコアやUCASスコアと比較して高い精度で破裂リスクを予測が可能であることを確認しました。
特に破裂リスクの推定が難しいとされてきた10mm未満の小型動脈瘤でもAIモデルは安定した精度(感度0.86、特異度0.71、AUROC 0.88[95%信頼区間0.82–0.94])を示しました。
このAIモデルは破裂前の形態学的・臨床情報のみを用いて将来の破裂リスク予測する点で世界初のAI予測モデルであり、破裂後データに依存しない「真の破裂予測」を実現した点で画期的であると言えます。このAIモデルの活用により、医師の主観に左右されない客観的な治療判断支援の可能性が示されました。
4. 今後の応用、展開
今後は、AIと専門医による破裂リスク評価の比較検証や、国内外の多施設共同による前向き臨床研究を進め、臨床現場での有用性を実証する予定です。さらに、医療機器プログラム(SaMD7)としての承認を視野に入れ、脳ドックなどの健診現場での活用に加え、一般利用者もアクセス可能なウェブサービスとしての提供形態も検討し、社会実装に向けた多様な提供形態の検討を進めています。
5. 脚注、用語説明
- PHASESスコア:未破裂脳動脈瘤の破裂リスクを評価する国際的指標。Population(地域)、Hypertension(高血圧)、Age(年齢)、Size(瘤径)、Earlier SAH(既往くも膜下出血)、Site(部位)の6要素から算出される。
- UCASスコア:日本国内の大規模前向き研究「UCAS Japan(Unruptured Cerebral Aneurysm Study)」に基づいて開発された、未破裂脳動脈瘤の破裂リスク評価指標。瘤の大きさや部位、形状などを考慮して算出される。
- LightGBM(Light Gradient Boosting Machine):多数の特徴量を効率的に扱える機械学習アルゴリズムの一種。勾配ブースティング手法を基盤とし、高速な学習と高い汎化性能を特徴とする。
- 感度(Sensitivity):実際に破裂した症例のうち、モデルが「破裂」と正しく予測できた割合。数値が高いほど見逃しが少ない。
- 特異度(Specificity):実際に破裂しなかった症例のうち、モデルが「未破裂」と正しく判定できた割合。数値が高いほど誤検出が少ない。
- AUROC(Area Under the Receiver Operating Characteristic curve):AIモデルなどの分類性能を評価する指標で、1.0に近いほど予測精度が高いことを示す。
- SaMD(Software as a Medical Device):医療機器としてのソフトウェアを指す。AI診断支援ツールなど、ハードウェアを伴わず独立して医療機能を持つプログラムが対象となる。
メンバー
- 東京慈恵会医科大学 脳神経外科学講座 教授 村山 雄一
- 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 先端医療情報技術研究部 助教 /
東京理科大学 工学部 機械工学科 助教 藤村 宗一郎
論文情報
タイトル
Development and Validation of a Prediction Model for Intracranial Aneurysm Rupture Risk
著者名
Soichiro Fujimura, Ph.D., Takeshi Yanagisawa, M.D., Ph.D., Genki Kudo, M.S., Toshiki Koshiba, M.S., Masaaki Suzuki, Ph.D., Hiroyuki Takao, M.D., Ph.D., Toshihiro Ishibashi, M.D., Hayato Ohwada, Ph.D., Shigeo Yamashiro, M.D., Ph.D., Maarten J. Kamphuis, M.D., Laura T. van der Kamp, M.D., Robert W. Regenhardt, M.D., Ph.D., Mervyn D. I. Vergouwen, M.D., Ph.D., Gabriel J. E. Rinkel, M.D., Ph.D., Aman B. Patel, M.D., Ph.D., Yuichi Murayama, M.D.
掲載誌
JAMA Network Open
DOI
研究支援
本研究は、科研費(20J30001)および、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」(JPNP18010) として実施されました。
