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目に見える粉体でも、原子の結晶と同様に “転位すべり”が起こる
―1点の欠陥によって、小さな力で粒状物質全体が変形することを発見―
大阪大学
名古屋大学
東京理科大学
研究成果のポイント
◇ 固体粒子集合体(粉体※1)において、金属等の原子結晶特有の変形メカニズムである“転位すべり※2”を世界で初めて観測。
◇ コンピューターシミュレーションにより、ミクロな原子結晶の理論に基づく欠陥構造をマクロな粉体系に精緻に導入することで、粒子間の摩擦が小さい場合に限って“転位すべり”が発生することを発見。また、この“転位すべり”によって、欠陥のない完璧な結晶状態に比べて、はるかに小さい力で物質全体が変形することも明らかに。
◇ 原子レベルの結晶物理学と、目に見える大きさの粒子を扱う粉体物理学という、異なるスケールの学問分野を繋ぐ重要な発見。
◇ 転位がもたらす「極めて小さい力で、かつ特定の方向にのみ変形する」というユニークな性質を応用し、新規機能性材料の開発などの産業応用につながることに期待。
概要
大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻の仲井文明特任研究員(常勤)、佐々木勇人さん(博士後期課程)、桂木洋光教授、名古屋大学大学院工学研究科の畝山多加志准教授、および東京理科大学先進工学部の吉井究助教から成る共同研究グループは、多数の固体粒子で構成される粒状物質(粉体)において、“転位すべり”と呼ばれる特異な変形メカニズムが生じることを世界で初めて発見しました。
転位すべりは、金属や半導体など、原子レベルの微小な結晶が変形する際に生じる基本的な現象です。しかし、砂や食品粉末、ガラスビーズのような目に見える大きさの固体粒子が集まった“粉体”においても同様の現象が起こるのか、また、どのような条件で発生し、物質全体の変形挙動(レオロジー)にどう影響するのかは、これまで解明されていませんでした。

図1
転位滑りの模式図:結晶内の欠陥(転位)が、あたかも尺取り虫のように少しずつ移動することで、物質全体が変形する様子。
今回、研究グループは離散要素法※3と呼ばれるコンピューターシミュレーション技法を用いてこの謎に挑みました。原子結晶の理論を参考に、意図的に“転位”という結晶欠陥を一つだけ持つ特殊な粉体結晶を設計しました(図1)。この結晶に力を加えて変形させるシミュレーションを行った結果、粒子間の摩擦が小さい場合に限って“転位すべり”が発生することを発見しました。さらに、この転位すべりによって、欠陥のない完璧な結晶状態に比べて、はるかに小さい力で物質全体が変形することも明らかにしました(図2)。
本成果は、原子レベルの結晶物理学と、目に見える大きさの粒子を扱う粉体物理学という、異なるスケールの学問分野を繋ぐ重要な発見です。将来的には、転位がもたらす「極めて小さい力で、かつ特定の方向にのみ変形する」というユニークな性質を応用し、新規機能性材料の開発につながることが期待されます。
本研究の成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に7月24日(木)0時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
金属や半導体などの結晶は、“転位”と呼ばれる内部の欠陥が外力に応じて順繰りと移動すること(転位すべり)で、しなやかに変形します。この動きは、尺取り虫の動きなどによく例えられます。しかし、この“転位すべり”が、目に見えるマクロな固体粒子が集まった粉体で起こるのか、またその場合に物質全体の変形挙動(レオロジー)がどうなるのかは、これまで分かっていませんでした。
身の回りの粉体のほとんどは、粒の大きさや並び方が不均一なため、そもそも転位が存在できるような整った結晶構造を成していません。そのため、構造を精密に制御した粉体結晶の研究は、これまで極めて限定的でした。そこで我々研究グループは、「もし人工的に粉体の結晶構造を精密に作ることができれば、転位すべりという粉体系の全く新しい変形様式を観測できるのではないか」という仮説を立て、本研究を推進しました。

図2
粒子間の摩擦係数に対するせん断強度(降伏応力/粒子のヤング率)のシミュレーション結果。欠陥がない結晶(完全結晶)と転位を含む結晶の結果が示されている。転位欠陥がある場合には、転位滑りが生じて、完全結晶に比べて強度が非常に小さくなる。
研究の内容
半世紀以上前の理論研究を参考に、本研究グループは、転位と呼ばれる結晶欠陥が一つだけ含まれるように、粒径の揃った粒子を精密に整列させた「粉体結晶」を設計しました(図1)。この特殊な結晶に力を加えたところ、ミクロな結晶で見られる“転位すべり”が、マクロな粉体系でも同様に発生することを初めて確認しました。さらに興味深いことに、この転位すべりは粒子どうしの摩擦が小さい場合に限って生じることが分かり、欠陥のない完璧な状態に比べて数倍から数百倍も小さい力で変形できることも明らかになりました(図2)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、ミクロな結晶で議論されてきた転位すべりが、目視できるマクロな固体粒子でも生じることを突き止めました。これは、歴史的に膨大な蓄積があるミクロな結晶の変形理論を、マクロな粉体の世界へと応用・展開する大きな一歩です。粉体の転位すべりは、これまで知られてきた粉体の変形(ランダムな構造の流動や、完全結晶の均一な変形)とは全く異なる様式です。特に、転位の性質を利用して「特定の方向からの力にだけ極めて弱い」といった特殊な力学的応答を設計できる可能性は、新しい機能性材料など、産業応用への道も拓くものと期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年7月24日(木)0時(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されます。
タイトル
“Dislocation glides in granular media”
著者名
Fumiaki Nakai, Takashi Uneyama, Yuto Sasaki, Kiwamu Yoshii, and Hiroaki Katsuragi
DOI
なお、本研究はJSPS科研費JP24H00196,JP25K17359,JP24KJ0156の助成を受けたものです.本研究の数値計算は,東京大学物性研究所スーパーコンピュータセンター共同利用(2025-Ba-0063)によって実施されました。
用語説明
※1 粉体
原子に比べて格段に大きい粒子(一般に粒径が数十マイクロメートル以上)の集合体。砂、小麦粉、ガラスビーズなどが身近な例である。
※2 転位すべり
金属や半導体のような結晶性物質の主要な変形様式。尺取虫の動きや、カーペットのたわみの移動に例えられる。転位滑りによって極めて小さい力で変形が可能になる。
※3 離散要素法
粉体の代表的なシミュレーション技法。個々の粒子間に働く力(反発力、摩擦力、エネルギー散逸など)をモデル化し、多数の粒子一つ一つの運動方程式をコンピューターで解くことで、粉体全体の複雑な構造や運動を再現する。
【仲井特任研究員(常勤)のコメント】
本研究は、私が大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻に2024年度に着任して本格始動した研究です。ミクロな結晶特有の“転位滑り”という現象が、目に見えるマクロな固体粒子の世界でも発現したことに、大きな驚きがありました。本研究は、共同研究者の皆様との幸運な出会い、大阪大学の素晴らしい研究環境、日本学術振興会からの研究費支援、東京大学物性研究所のスパコン資源に支えられて得られた成果です。ここに深く感謝申し上げます。