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RNA編集技術と新規薬剤送達技術を活用し、新たながん治療法開発を目指す研究がAMED事業に採択
~福岡大学、東京理科大学との共同研究で、がん細胞選択的なRNA編集技術の確立を目指す~
東京理科大学
2025年9月9日
【研究の要旨】
福岡大学理学部化学科の福田将虎准教授が研究代表者を務める研究課題「Fol-Dab/RNA編集核酸によるがん細胞選択的RNA編集技術の開発」が、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(次世代送達技術を用いた医薬品研究開発)」に採択されました。本課題は、福田准教授のほか、東京理科大学 総合研究院 核酸医薬研究センター長の和田 猛 教授(薬学部 生命創薬科学科)、同センターの櫻井 雅之 准教授(生命医科学研究所)、および東京科学大学 TIDEセンター長の程 久美子 特任教授との共同研究体制により進められます。 本研究では、福田准教授らが福岡大学で開発したRNA編集技術と、東京理科大学の和田教授らが開発したがん細胞へRNAを選択的に送達するデリバリー技術「Fol-Dab8」を融合させ、さらに東京科学大学が有する核酸医薬の開発技術を組み合わせることで、副作用の少ない新たながん治療法の開発を目指します。 研究は福岡大学が代表機関を務め、東京理科大学および東京科学大学が分担機関として参画し、三機関による共同研究として実施されます。

【研究の背景】
遺伝情報を細胞内のRNAレベルで書き換える「RNA編集」は、遺伝子治療における新たなアプローチとして、疾患治療への応用が期待される革新的な技術です。特に、RNAを構成するアデノシン(A)というヌクレオチドを、タンパク質合成の際にグアノシン(G)として認識されるイノシン(I)に変換する「A-to-I RNA編集」は、標的遺伝子の機能を精密に制御できる可能性を秘めています。本課題の研究代表者である福岡大学の福田准教授は、RNA編集酵素ADARを標的RNAへ特異的に導くことで、A-to-I編集を自在に操る機能性RNA(RNA編集核酸)を開発してきました。近年は、従来のゲノム編集技術に伴うリスクを回避しながらRNAレベルで遺伝情報を操作する技術の確立を目指しつつ、RNA編集核酸を基盤とした新しい核酸医薬品開発研究を展開しています。

一方で、核酸医薬を効果的に作用させるためには、それを標的となる細胞、特にがん細胞などへ効率的かつ選択的に送り届けるドラッグデリバリーシステム(DDS)技術が不可欠です。東京理科大学の和田教授らは、多くのがん細胞表面に過剰に発現している「葉酸受容体」に着目し、これに結合する葉酸と、RNAを細胞内に導入するためのカチオン性ペプチド「Dabオリゴマー」を組み合わせた独自のRNA送達キャリア「Fol-Dab8」を開発しました。Fol-Dab8は、RNAをがん細胞へ選択的に、かつ効率良く輸送できることが示されています。

本共同研究では、RNA編集技術を持つ福岡大学と東京理科大学と東京科学大学と緊密に連携することで、革新的なRNA編集治療法の開発を加速させます。
【研究成果の概要(本研究で目指すこと)】
本採択課題では、福岡大学が主導するRNA編集技術と、東京理科大学開発の「Fol-Dab8」を用いたがん細胞選択的なRNA送達技術を統合し、東京科学大学がもつ核酸医薬品開発のノウハウを用いて、これまでにない新しいがん治療薬を開発します。

【今後の展望と社会的意義】
本研究課題が成功裏に推進されれば、がん細胞に対して特異的に作用し、副作用を大幅に軽減できる可能性のある、安全で効果的なRNA編集治療法という新たな治療モダリティ(治療手段)の創出が期待されます。これは、既存の治療法では効果が限定的であった難治性がんや希少がんなどに対する新たな治療の選択肢となり得ます。
福岡大学は、本課題を通じて、世界をリードする核酸医薬品およびRNA編集技術の開発を推進し、その成果をいち早く社会へ還元することで、国民の健康と福祉の向上に貢献することを目指します。本研究で開発されるRNA編集技術や選択的DDS技術は、がん治療のみならず、遺伝性疾患、感染症、神経変性疾患など、様々な疾患に対する革新的な治療法の開発にも繋がる可能性を秘めており、今後の医療技術の発展に大きく寄与することが期待されます。
【用語解説】
RNA編集(RNA editing): DNAの遺伝情報を写し取ったRNAの塩基配列を、細胞内で特異的に変化させる生命現象または技術。特にA-to-I RNA編集は、アデノシン(A)をイノシン(I)に変換する反応。イノシンは翻訳の際にグアノシン(G)として認識されるため、タンパク質のアミノ酸配列や機能に変化をもたらすことができる。
ADAR(Adenosine Deaminase Acting on RNA): A-to-I RNA編集を触媒する酵素。二本鎖RNA構造を認識し、その中のアデノシンをイノシンに変換する。
RNA編集核酸: 標的とするRNAの特定部位にADAR酵素を誘導し、意図したA-to-I RNA編集を引き起こすために設計されたRNA。福岡大学の福田准教授らが開発を進めている。
核酸医薬品: DNAやRNAといった核酸を有効成分とする医薬品。アンチセンス核酸、siRNA、mRNA医薬、アプタマーなど多様な種類がある。
Dabオリゴマー: ジアミノ酪酸(Dab)を基本骨格とするカチオン性(正の電荷を持つ)のオリゴマー。負に荷電したRNAと静電的に相互作用し、複合体を形成することでRNAを安定化させ、細胞内への導入を助ける。
葉酸受容体: 細胞表面に存在するタンパク質の一種で、ビタミンの一種である葉酸を取り込む役割を持つ。多くのがん細胞(卵巣がん、肺がん、乳がん、膵がんなど)で過剰に発現していることが知られており、がん標的療法の分子標的として利用される。
Fol-Dab8: 東京理科大学の和田教授らが開発した、葉酸(Fol)とDabオリゴマー(Dab8)を結合させたカチオン性ペプチド。葉酸部分ががん細胞の葉酸受容体に結合することで、複合体全体ががん細胞に選択的に取り込まれ、搭載したRNAを細胞内に効率よく送達する。