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2025.07.09 Wed UP

高品質単結晶によりIGZOの本質的な電子状態を解明
~次世代ディスプレイの性能向上に新たな指針を提供~

東京理科大学
高輝度光科学研究センター

研究の要旨とポイント

  • 光フローティングゾーン法により作製された高品質なInGaZnO4(IGZO)単結晶に対して、硬X線光電子分光(HAXPES)実験を行い、バルク固有の電子状態を明らかにしました。
  • これまで結晶中にランダムに存在すると考えられていた酸素欠陥について、In原子の周囲に優先的に形成されていることを発見しました。
  • バンドギャップ内に存在するサブギャップ状態について、伝導帯下端近傍は酸素欠陥に起因する一方、価電子帯上端近傍は結晶性の低下とも密接に関連していることを見出しました。
  • さらなる研究の発展により、次世代ディスプレイや透明エレクトロニクスデバイスの性能向上に向けた新たな設計指針が得られることが期待されます。

研究の概要

東京理科大学 先進工学部 物理工学科の芝田 悟朗助教(研究当時、現日本原子力研究開発機構)、齋藤 智彦教授、宮川 宣明教授、高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室 光電子分光計測チームの保井 晃主幹研究員らの共同研究グループは、硬X線光電子分光法(HAXPES, *1)により、InGaZnO4(IGZO)単結晶の電子状態を解析し、結晶中の酸素欠陥がIn原子の周囲に偏って存在していることを明らかにしました。また、バンドギャップ内に形成されるサブギャップ状態(*2)が、酸素欠陥に加えて、単結晶やアモルファスなどの結晶性と深く関連していることを見出しました。

IGZOは透明導電性酸化物の一種で、高精細フラットパネルやフレキシブル基板の薄膜トランジスタ(TFT)材料として利用されています。しかし、従来の研究の多くはアモルファスIGZOを対象としており、本質的な電子構造は十分に解明されていませんでした。その主な要因の一つとして、IGZO単結晶の作製が困難であったことが挙げられます。 2019年、宮川教授率いる研究グループが、光フローティングゾーン法(*3)により、大型IGZO単結晶の作製に世界で初めて成功し、その詳細な評価が可能となりました。そこで本研究グループはIGZO単結晶に対して、物質の内部まで測定可能であるHAXPESを用いて、その電子構造の解明を試みました。

本研究では、大型放射光施設SPring-8のBL09XU(一部BL47XU)におけるHAXPES測定によりAs-grown試料(作製したままの、酸素欠陥がある結晶)とAnnealed試料(As-grown試料を酸素雰囲気下でアニールして酸素欠陥を埋めた結晶)の電子状態を評価しました。その結果、As-grown試料内の酸素欠陥がIn原子周辺に優先的に形成されることを発見しました。また、酸素アニール後もヒドロキシ基(–OH)による結合が存在していることが確認されました。伝導帯下端近傍のサブギャップ状態は、As-grown試料でのみ明確に観測されました。一方、アモルファス試料では顕著に観測される価電子帯上端近傍のサブギャップ状態は、As-grown,Annealedいずれの試料においてもほとんど観測されませんでした。これらの結果から、価電子帯上端近傍のサブギャップ状態の形成には、結晶性の低下が重要な役割を果たしていることが示唆されました。

本研究成果は、2025年6月16日に国際学術誌「Applied Physics Letters」にEditor’s Pickとしてオンライン掲載されました。

高品質単結晶によりIGZOの本質的な電子状態を解明
        ~次世代ディスプレイの性能向上に新たな指針を提供~

図 InGaZnO4の結晶構造、単結晶(As-grown試料とAnnealed試料)写真、およびIn 3d内殻・価電子帯HAXPESスペクトル

研究の背景

透明導電性酸化物は、太陽電池やディスプレイデバイスへの応用から注目を集めており、その中でも、InGaZnO4(IGZO)は、優れた電気伝導性と大きなバンドギャップを持つため、広く研究されています。しかし、IGZOを使用した薄膜トランジスタ(TFT)において、デバイスの不安定性、特に、光照射下負バイアス負荷不安定性(NBIS, *4)が課題となっています。この現象は、バンドギャップ内にキャリアを捕える「サブギャップ状態」が形成されていることを示唆しており、実際に伝導帯下端近傍および価電子帯上端近傍にサブギャップ状態が形成されていることが光学測定や光電子分光法により実験的に確認されています。

サブギャップ状態の起源を解明するため、これまでにさまざまな研究が行われてきましたが、従来研究の大半はアモルファスIGZOを対象としていました。その主な理由の一つは、物質本来の物性測定が可能な大型IGZO単結晶が入手困難だったためです。このような背景から、IGZO単結晶の本質的な電子構造は十分に解明されていませんでした。

近年、宮川教授らが光フローティングゾーン法により、高品質なIGZO単結晶の合成に成功したことで、IGZOの物性を詳細に評価することが可能となりました。そこで、本研究グループは、硬X線光電子分光測定(HAXPES)を用いて、サブギャップ状態を含むIGZOの詳細な電子構造を明らかにしようと試みました。

研究結果の詳細

    • As-grown試料とAnnealed試料の作製

      光フローティングゾーン法により、IGZO単結晶を作製しました。酸素欠陥の影響を検討するため、作製した結晶(As-grown試料)に加え、酸素雰囲気下でアニールした結晶(Annealed試料)を準備しました。結晶中の酸素欠陥によって生成された電子キャリアは赤色光を吸収して青色光を透過させるため、結晶は青く見えます。そこで、研究グループは単結晶の色の変化を酸素原子が欠陥を埋める指標として用いました。そのため、As-grown試料の青みがかった色が完全に消えて透明になるまで、0.1 MPaの酸素圧力下、1000℃でアニールしました。

    • HAXPES実験

      HAXPES実験は、大型放射光施設SPring-8のBL09XU(一部BL47XU)において、入射光エネルギー7.9 keVを用いて実施しました。測定用の清浄表面は高真空中で単結晶試料を劈開することで準備しました。また、全ての測定は室温で行われました。

    • ②-1 酸素欠陥分布の評価

      内殻HAXPESスペクトルを詳細に解析することで、As-grown試料とAnnealed試料の酸素欠陥の分布を評価しました。その結果、Annealed試料ではIn、Zn、Ga陽イオンの環境が一様であるのに対し、As-grown試料では酸素欠陥に起因する2つの異なる陽イオン環境が存在することが明らかとなりました。これらは、酸素欠陥に隣接する陽イオンサイトと酸素欠陥から離れた陽イオンサイトを表しています。また、As-grown試料のIn 3dスペクトルの非対称性が他のスペクトルよりも顕著であることから、酸素欠陥がInO2層に優先的に形成されることが判明しました。この結果は、InO2層における酸素欠陥の形成エネルギーがGaZnO2層よりも小さいとする理論計算の結果とも一致しています。

    • ②-2サブギャップ状態形成の評価

      価電子帯HAXPESスペクトルの測定結果から、As-grown試料において、伝導帯下端近傍のサブギャップ状態の形成が確認されました。この状態は過去の研究においても確認されており、酸素欠陥による伝導帯下端の局在化、格子間水素、酸素欠陥によって形成される陽イオン-陽イオン結合など、いくつかのメカニズムが理論的に提案されていました。一方、Annealed試料では、このサブギャップ状態の形成が確認されなかったことから、酸素欠陥に関連していることが明らかとなりました。

      また、As-grown試料とAnnealed試料の価電子帯上端近傍のサブギャップ状態が、アモルファス試料と比較して、大幅に抑制されていることがわかりました。以上の結果から、これらサブギャップ状態の形成には、酸素欠陥だけでなく、結晶性の低下も大きく影響していると結論付けました。

本研究を主導した東京理科大学の齋藤教授は、「本研究は、学科の同僚である宮川教授がInGaZnO4の単結晶作製に成功したことを受けて、その基本的な電子構造を把握することを目的としてスタートした研究です。内殻HAXPESスペクトルの解析から酸素欠陥の分布が明らかになるとは、全く予想していませんでした。このような『予測不能な発見』こそが研究の面白さであり、大きな動機付けとなっています」と、コメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(17K05502, 21K04909)の助成を受けて実施したものです。また、SPring-8における放射光実験は、公益財団法人 高輝度光科学研究センターの承認の下、実施されました(2018A1013, 2018B1049, 2018B1025, 2019A1433, 2019B1013, 2020A1258, 2020A1008, 2021A1415, 2021B1029, 2021B1457)。

用語

*1:
硬X線光電子分光法(HAXPES: Hard X-ray Photoemission Spectroscopy)
物質に硬X線(光エネルギーの高いX線)を照射し、その際に飛び出てくる電子の運動エネルギーを測定することにより、電子の状態を調べる表面分析法。硬X線を光源として使用することで、紫外線や軟X線(光エネルギーの低いX線)を光源とする従来の光電子分光法より深い物質内部(バルク)の電子状態を調べることができる。
*2:
サブギャップ状態
本来電子が存在できないはずのバンドギャップ(禁制帯、価電子帯上端~伝導体下端のエネルギー帯)内に現れる電子準位。格子欠陥や不純物などの影響により形成される。材料の電気特性に大きな影響を与えるため、品質評価や性能向上において重要な指標となる。
*3:
光フローティングゾーン法
単結晶を育成する方法の一つ。原料となる多結晶の一部を光により融解させ、融解した部分を表面張力で保持しながら、原料棒と種結晶を相対的に移動させることで種結晶を成長させる。坩堝を使用しないため、不純物の混入が少なく、高純度の単結晶を育成できる。
*4:
光照射下負バイアス負荷不安定性(NBIS)
光照射下でトランジスタのゲート電極に負バイアスを加えると、しきい値電圧が時間とともに負方向へと変化していく現象。ディスプレイ素子において、NBISが進行するとトランジスタが本来のオフ状態を維持できなくなり、画素の切り替え制御が不能となるため、表示品質に深刻な影響を及ぼす。

論文情報

雑誌名

Applied Physics Letters

論文タイトル

Hard x-ray photoemission study of bulk single-crystalline InGaZnO4

著者

Goro Shibata, Yunosuke Takahashi, Mario Okawa, Akira Yasui, Yasumasa Takagi, Yusuke Kawamura, Nobuaki Miyakawa, Naoki Kase, Noriaki Hamada, and Tomohiko Saitoh

DOI

10.1063/5.0271655

発表者

芝田 悟朗
東京理科大学 先進工学部 物理工学科 助教(研究当時、現 日本原子力研究開発機構)
齋藤 智彦
東京理科大学 先進工学部 物理工学科 教授
宮川 宣明
東京理科大学 先進工学部 物理工学科 教授
保井 晃
高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室 光電子分光計測チーム 主幹研究員

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