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2025.05.29 Thu UP

キューブサットX線衛星 NinjaSat による宇宙観測の革新
-決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星の長期観測-

理化学研究所、東京理科大学
京都大学、千葉大学、広島大学

概要

理化学研究所(理研)開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室室長)、長瀧天体ビッグバン研究室の土肥明基礎科学特別研究員、東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻の武田朋志博士課程(研究当時、現広島大学大学院先進理工系科学研究科日本学術振興会特別研究員)、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の榎戸輝揚准教授、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの岩切渉助教、広島大学大学院先進理工系科学研究科の高橋弘充准教授らの国際共同研究グループは、キューブサット (CubeSat)[1] X線衛星NinjaSat(ニンジャサット)を用いて、決まった時間間隔で規則正しく爆発を起こす奇妙な中性子星[2](クロックバースター[3])を観測し、その特徴を明らかにしました。

本研究成果は、理研と民間宇宙企業が製作した世界初の超小型汎用X線衛星NinjaSatを用い、X線天体の指向観測[4]による科学成果を実現した最初の例です。今回切り開かれた、大型の科学衛星とは異なる宇宙観測手段は、今後も宇宙物理学・天文学に貢献することが期待されます。

今回、国際共同研究グループは、NinjaSatを用い、発見されたばかりのクロックバースター新天体SRGA J144459.2-604207を25日間の長期にわたり占有観測した結果、その中性子星は限界質量[5]に近く、連星系[6]を成している恒星は水素の外層が大きく削り取られた過去がある、かなり特殊な系であることが分かりました。

本研究に関する論文3編が、日本天文学会欧文誌『Publications of the Astronomical Society of Japan』(5月14日付)に掲載されました。

キューブサットX線衛星NinjaSatによる宇宙観測の革新-決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星の長期観測-
決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星 SRGA J1444の想像図
(© RIKEN/Souichi Takahashi)

背景

ここ10年ほど、民間企業による宇宙空間の商業利用が目覚ましい勢いで進んでおり、宇宙空間を利活用するハードルが下がってきました。このような状況の下、新興の宇宙企業と協動して宇宙科学観測を実現できないかと考え、国際共同研究グループでは2020年に、キューブサットと呼ばれる超小型衛星を利用した汎用X線衛星NinjaSatプロジェクトをスタートさせました。

NinjaSatは2023年11月11日に米国バンデンバーグ宇宙軍基地から、SpaceX 社のFalcon 9ロケットにより打ち上げられました注)。打ち上げ後、宇宙空間における初期立ち上げが順調に進み、2024年2月23日から科学観測を開始しました。

今回、NinjaSatの開発から観測に至るまでの詳細を報告し(論文1)、NinjaSatが最初に観測した奇妙な中性子星SRGA J144459.2−604207(以下、SRGA J1444)の長期観測による結果を示しました(論文2)。また、観測結果を説明する理論モデルを構築し、この天体の成り立ちを明らかにしました(論文3)。

注)2023年11月10日プレスリリース「キューブサットX線衛星NinjaSatの打ち上げについて」

研究手法と成果

今回の観測で用いた超小型X線衛星NinjaSatは、リトアニアの新興宇宙企業ナノアビオニクス社(Kongsberg NanoAvionics)により製作され、三井物産エアロスペース社経由で理研が調達した6Uキューブサット(30㎝ x 20㎝ x 10㎝)です。NinjaSatに搭載された小型ガスX線検出器と放射線帯モニターは、理研により設計、製作、試験されました。NinjaSatは3年間という短い開発期間の後、2023年11月11日に高度530kmの地球低軌道に打ち上げられました(図1、2)。その後、軌道上で装置の健全性を確認し、動作試験と性能評価を行う初期立ち上げ運用を、2024年2月22日まで実施しました。

キューブサットX線衛星NinjaSatによる宇宙観測の革新-決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星の長期観測-
図1 打ち上げ前にCubeSat放出装置に格納されるNinjaSat(ナノアビオニクス社提供)
キューブサットX線衛星NinjaSatによる宇宙観測の革新-決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星の長期観測-
図2 SpaceXファルコン9ロケットによるNinjaSatの打ち上げ(SpaceX社提供)

NinjaSatの運用には、若手研究者や学生が主体的に関わっています。また、人手をかけずに衛星を運用するため、多くの作業が自動化されています。これにより、少人数の若手研究者が議論し、挑戦的かつ先鋭的な観測を実施できる体制となっています。これらは大型の科学衛星と違い、観測において比較的リスクを取ることができる、超小型衛星ならではの特徴です。

NinjaSatの科学観測が始まる2日前(2024年2月21日)に、Spektrum Roentgen Gamma(SRG)衛星(ロシア・ドイツ)により新天体SRGA J1444の発見が報告されました。この天体はコンパス座の方向にあり、後の観測で太陽系からの距離が約33,000光年と推定されました。NinjaSatチームはこの発見を受け、当初計画していた観測を全てキャンセルし、SRGA J1444の長期観測を行うことにしました。複雑な調整が不要で、迅速に観測プランを変更できる、超小型衛星の高い機動力を生かした観測となりました。

この新天体は、発見されてすぐに、X線で短時間(数十秒)だけ突然明るくなるX線バースト[7]が多数観測され、その発生間隔が約1.7時間と規則正しいことから、恒星と中性子星が連星系を成すもののうち非常にまれな「クロックバースター」であることが示唆されました。それを受け、多くのX線衛星がこの天体の観測を行いました。しかし、大型の科学衛星プロジェクトは数百人規模の研究者が関わっており、1機の衛星の観測時間を分け合っているため、一つの天体を連続して観測することができるのは、一般に数日程度です。一方、25日間もの長期にわたり占有観測を実施できたのは、高い機動力を持ち、臨機応変に観測対象を変更できるNinjaSatが唯一でした(図3)。NinjaSatチームにとって、最初の科学観測ターゲットが新発見の天体であり、長期間の変化を詳細に追いかけることができたのは、大きな幸運でした。

固体電子移動過程を可視化できる結晶性ダブルウオールナノチューブの創製に成功~固体電子移動メカニズムの全容解明に向けた大きな一歩~
図3 NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線強度変化
SRGA J1444は、発見以降、急速に暗くなっていく様子がNinjaSatによる観測データ(赤色)から分かる。理研が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国際宇宙ステーションで運用している全天X線監視装置(MAXI)による観測結果(黒色)も示す。

NinjaSatによる長期の占有観測から、SRGA J1444からの定常X線放射は、時間とともに徐々に暗くなっていくことが分かりました(図3)。また、暗くなるに従ってX線バーストの発生間隔が、当初報告された1.7時間から、徐々に長くなっていくことも観測されました(図4)。NinjaSatは他のどの衛星よりも長期間、この変化を観測することに成功しました。

SRGA J1444の定常X線放射の明るさは、連星系を成す恒星から中性子星に降り積もる物質の量を反映しています。X線で暗くなるということは、隣の星から中性子星に降り積もる物質が減り、X線バーストを発生させるための燃料がたまりにくくなることを意味します。そのため、爆発するまで時間がかかり、X線バーストが起きる間隔が、徐々に長くなると考えられます。このX線の明るさとX線バーストの発生間隔の関係から、SRGA J1444は太陽の2倍以上の質量を持ち、限界質量に近い中性子星であることが示唆されました。

固体電子移動過程を可視化できる結晶性ダブルウオールナノチューブの創製に成功~固体電子移動メカニズムの全容解明に向けた大きな一歩~
図4 NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線の明るさとバースト発生時間間隔の関係
X線の明るさが落ちてくる(暗くなる)と、それにつれてバーストの発生間隔が長くなることが分かる。
〇に黒線:NinjaSatが観測したデータ。青色の破線:NinjaSatの観測結果を最もよく再現する直線。

今回は25日間という長期間の占有観測を行ったことで、発生したX線バーストの形状が、時間が経過するにつれて変化していく様子も明らかになりました(図5)。この変化はNinjaSatのみが報告しています。時間が経つほど(暗くなるほど)バーストの立ち上がりが短くなり、バーストの継続時間が短くなることが観測から分かりました。

固体電子移動過程を可視化できる結晶性ダブルウオールナノチューブの創製に成功~固体電子移動メカニズムの全容解明に向けた大きな一歩~
図5 NinjaSatが観測したSRGA J1444 からのX線バーストの特徴
NinjaSatによる観測の日時が進むにつれて、バーストの形状(凸状の部分)が少しずつ変化していることが分かる。

隣の恒星から中性子星に降り積もる物質の大半は、水素とヘリウムです。X線バーストの際に水素が多いと、長く核融合が続くので、X線バーストの継続時間が長くなります。特に、これまで発見されたクロックバースターでは、40秒程度の長い継続時間が観測されており、水素が多い環境を示唆していました。しかし、今回観測されたSRGA J1444のバースト継続時間は約20秒と短いことが分かりました。これよりSRGA J1444は、観測史上初めて、隣の恒星から中性子星に降り積もる物質がヘリウムに富むクロックバースターであることが分かりました。

中性子星に降り積もる物質は連星系の相方の星から来ているため、その星の表面もヘリウムに富んでいることを意味します。これは、その連星系がどのように進化してきたかを理解する上で極めて重要です。ヘリウムは星内部の深い部分でしか作られないことから、もともと太陽の2倍以上の質量を持つ星の外層が、現在に至るまでに太陽より軽くなるほど大きく削り取られた過去があることが分かりました。

今後の期待

今回のNinjaSatの科学観測の成功により、キューブサットのような小さな衛星でも、その特徴を生かしてうまく設計・運用をすれば、優れた科学成果が得られることが実証できました。これまで1年4カ月の科学運用で、ブラックホール、中性子星、銀河など28個のX線天体を観測し、超小型衛星でも運用や観測の工夫を凝らすことで、優れた科学観測が実現できることを実証しました。これまで宇宙科学観測は、国の宇宙機関が主導する衛星を用いて行われてきましたが、NinjaSatが切り開いた手法は、宇宙観測のゲームチェンジャーになると期待されています。大型の科学衛星と、それを補完する超小型衛星をうまく組み合わせ、高い費用対効果で宇宙科学を発展させる、新しい枠組みの可能性が見えてきました。このような手法は、今後の宇宙科学観測の一つのトレンドになると考えられます。

われわれの銀河系には、SRGA J1444のような突発的に明るくなるX線天体が数多く隠れています。そういった時間変動に着目した時間軸天文学(Time-domain Astronomy)では、キューブサットが有効な観測手段であることも示されました。

超小型衛星を使った科学観測のもう一つの利点は、宇宙科学の人材育成に大きな波及効果をもたらすことです。計画から実現まで10年を超える時間がかかる大型の科学衛星と比べ、超小型衛星はプロジェクト開始から科学観測実施までの期間が極めて短く(3年以下)、実践経験を積んだ若手研究者を、速いサイクルで着実に育てることができます。プロジェクトの大型化や長期化が進む基礎科学において、NinjaSatが開拓した手法[8]は、研究人材育成の一つの解決策となると期待されます。

論文情報

論文1

タイトル

NinjaSat: Astronomical X-ray CubeSat Observatory

著者名

Toru Tamagawa et al.

雑誌

Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号(2025)

DOI

10.1093/pasj/psaf014

論文2

タイトル

NinjaSat monitoring of Type-I X-ray bursts from the clocked burster SRGA J144459.2−604207

著者名

Tomoshi Takeda et al.

雑誌

Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号(2025)

DOI

10.1093/pasj/psaf003

論文3

タイトル

Evidence of non-Solar elemental composition in the clocked X-ray burster SRGA J144459.2−604207

著者名

Akira Dohi, et al.

雑誌

Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号(2025)

DOI

10.1093/pasj/psae117

補足説明

[1] キューブサット(CubeSat)
10㎝×10㎝×10㎝を一つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、安価に大量に打ち上げられている。

[2] 中性子星
太陽よりずっと質量が大きい恒星が超新星爆発を起こした後に残る、半径10km程度の超高密度の天体。1㎤で10億トンにも及ぶ密度を持ち、物質としては、宇宙で最高密度の天体。中性子星は星が強い重力でつぶれようとするのを、中性子の持つ量子効果で支えている。

[3] クロックバースター
X線バースト(補足説明[7]参照)の一種だが、何らかの特定の条件を満たした場合、爆発の時間間隔が一定になる現象が知られている。今回観測した新天体SRGA J144459.2−604207を含めて、6天体のみが知られている。なぜ爆発の時間間隔が一定になるのかは、十分に解明されていない。

[4] 指向観測
宇宙を観測する際、望みの天体に精度よく望遠鏡(観測装置)を向けることを指向観測と呼ぶ。指向観測は観測感度がよくなるが、望遠鏡を天体に精確に向け続ける必要があるため、衛星の姿勢制御は難しくなる。

[5] 限界質量
量子効果で支えられる中性子星の質量には限界があり、それを限界質量と呼ぶ。太陽の2倍程度だと考えられている。

[6] 連星系
二つの星が互いの周りを回っている状態を表す。そのうちの一つがブラックホールや中性子星の場合、ブラックホール連星、中性子星連星のように表現される。SRGA J1444は中性子星と太陽よりも軽い恒星から成る連星系であると考えられている。

[7] X線バースト
中性子星と太陽のような恒星の連星系においては、中性子星の表面に恒星から水素やヘリウムなどの物質が降り注ぐ。中性子星表面に物質が積もるにつれ、その密度が上がり、いずれ核融合反応が起きる。これをX線バーストと呼ぶ。

[8] NinjaSatが開拓した手法
天体を指向観測しないキューブサットでは、広島大学が参加している1U科学キューブサットGRBAlphaなど、いくつかのミッションが既に若手研究者の育成に活用されている。

国際共同研究グループ

〇NinjaSatチーム

理化学研究所 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室

主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)

(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)

東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻

博士課程(研究当時) 武田 朋志(タケダ・トモシ)

(現 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員、
理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)

京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻

准教授 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)

(理研 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム 客員主管研究員)

千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター

助教 岩切 渉(イワキリ・ワタル)

(理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)

広島大学 大学院先進理工系科学研究科

准教授 高橋 弘充(タカハシ・ヒロミツ)

〇上記の以外の参加者

理化学研究所

北口 貴雄、加藤 陽(研究当時)、三原 建弘、谷口 絢太郎(研究当時)

東京理科大学

吉田 勇登(研究当時)、大田 尚享、林 昇輝(研究当時)、渡部 蒼汰、重城 新大、
青山 有未来、高橋 拓也、岩田 智子、山﨑 楓、土屋 草馬、中野 遥介、内山 慶祐、
周 圓輝(研究当時)

千葉大学

喜多 豊行

立教大学

一番ヶ瀬麻由

芝浦工業大学

佐藤宏樹(研究当時)

東京都立大学

沼澤正樹

彰化師範大学

胡 欽評(Chin-Ping Hu)

大阪大学

小高裕和

宇宙航空研究開発機構(JAXA)

丹波 翼

〇理論研究チーム

理化学研究所 開拓研究所 長瀧天体ビッグバン研究室

基礎科学特別研究員 土肥 明(ドヒ・アキラ)

基礎科学特別研究員 平井遼介(ヒライ・リョウ)

(モナシュ大学(オーストラリア) リサーチフェロー)

東京大学 原子核科学研究センター

特任研究員 西村信哉(ニシムラ・ノブヤ)

(理研 開拓研究所 長瀧天体ビッグバン研究室 客員研究員)

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