ニュース&イベント NEWS & EVENTS
柔軟性と秩序性を両立した新有機常磁性体を開発
――フレキシブルデバイスへの応用に期待――
東京大学
東京理科大学
分子科学研究所
大阪公立大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆ 次世代IoTデバイスを拓く、柔軟性と秩序性を併せ持つ分子性常磁性体を開発。
◆ 高度に秩序化された分子膜で、特異な磁気応答と温度変化に応じた動的構造変化を両立。
◆ フレキシブルデバイス、スピントロニクス、ナノメディシンなど、幅広い分野での応用へ期待。

概要
近年、IoT(Internet of Things)の急速な発展に伴い、フレキシブルデバイスなどへの応用が期待される「柔軟な」磁性体へのニーズが高まっています。このニーズに応えるべく、東京大学 物性研究所の藤野 智子助教・森 初果教授、原田 慈久教授らの研究グループ、東京理科大学の菱田 真史准教授、自然科学研究機構分子科学研究所の中村 敏和チームリーダーらの研究グループ、大阪公立大学の牧浦 理恵准教授らの研究グループ、物質・材料研究機構の原野 幸治主幹研究員、科学技術振興機構の大池 広志さきがけ専任研究者(研究当時)は、柔軟性と高い秩序性を兼ね備えた新しい分子性常磁性体(注1)の開発に成功しました。本研究で開発された構造体は、水中で高い秩序性を維持しながらも、分子間相互作用に基づく特異な磁気特性を示します。さらに、温度変化に連動して構造が大きく変化するという動的な性質を持ち合わせていることがわかりました。スピンをもつ平面分子が規則正しく並んだ分子性常磁性体において、動的な膜構造変化を示した初めての例となります。
この成果は、柔軟で磁性を制御できるソフトな分子性常磁性体の開発を加速させ、フレキシブルデバイスなどの幅広い分野の応用につながることが期待されます。
発表内容
近年、IoTの急速な発展に伴い、ウェアラブルデバイスを始めとするさまざまなデバイスに応用可能な、外部刺激に応じて構造変化する柔軟な磁性材料へのニーズが高まっています。本研究グループは、このニーズに応えるべく、柔軟性と秩序性を兼ね備えた新しい分子性常磁性体の開発に成功しました。
従来、分子性常磁性体は、平面的な分子が積み重なった結晶構造を持ち、分子間の相互作用によって特異な磁気特性を示すことが知られています。しかし一般的に、柔軟性と秩序性は相反する性質であり、秩序性の高い常磁性単結晶は本質的に「硬い」性質をもつため、両者を両立させることは困難でした。
本研究グループは、柔軟性と秩序性を両立する超分子(注2)の設計原理を応用し、新たな分子性常磁性体の開発に取り組みました。具体的には、水になじむ部分と油になじむ部分を併せ持つ両親媒性(注3)を示すd/π共役系(注4)のイオン性分子を新規に設計・合成しました。この分子を水中に分散させたところ、分子同士が規則正しく配列し、カプセル状の膜構造が自発的に形成されることを発見しました(図1)。

(左)本研究で設計・合成した両親媒性d/π共役系分子の構造。赤い矢印がスピンを示す。(右上)分子が水中で自己組織化して形成される二重膜構造の模式図。(右下)二重膜がさらに凝集し、球状のカプセル構造を形成する模式図。オレンジ色の分子は水分子である。
この構造体は、小角X線散乱(注5)による解析とその厚み方向の電子密度分布により、高い秩序性を維持した二重膜構造(図2左上)であることが明らかとなりました。さらに、電子スピン共鳴(注6)スペクトルからは、スピン間に一方向に対してのみ強い相互作用が認められ、他の方向では顕著な相互作用が乏しいことから、一軸的な磁気異方性をもつことが示唆されました。加えて、この構造体は、温度変化に応じて大きく構造を変化させる柔軟性を兼ね備えていました。65度以上に加熱すると二重膜構造は解離し(図2中央上)、逆に30度以下まで冷却すると、元の構造とは異なる、インターディジテート膜(指組み構造、図2右上)を形成することが、小角X線散乱スペクトルの解析からわかりました。マクロスケールでは、球状(図2左下)あるいは楕円球状(図2右下)の構造体として観測され、室温で数時間静置すると元の二重膜構造へと回復する特異な動的挙動を示しました。興味深いことに、一軸異方的な磁性は二重膜、インターディジテート膜の両方で共通して観測され、異なる膜構造をとりながらも、スピン間に働く相互作用には共通性が認められました。このような分子間相互作用に基づく秩序性は、磁気特性の制御において極めて重要な要素です。今回の成果は、柔軟性と秩序性を両立させた分子性常磁性体の設計指針を初めて示したものであり、特に、スピンをもつ平面分子が規則正しく並んだ分子性常磁性体において、動的な膜構造変化を示した初めての例となります。

二重膜(左上)を加熱すると膜が解離し(中央上)、冷却するとインターディジテート膜(右上)を形成するが、時間経過とともに元の二重膜(左上)に戻る。加熱前(左下)と加熱直後(右下)の構造体の透過電子顕微鏡像。オレンジ色の分子は水分子である。
本成果は、柔軟で磁性を制御できるソフトな分子性常磁性体の開発を加速させ、フレキシブルデバイスなどの幅広い分野の応用につながることが期待されます。また、本研究で用いた物質は単一分子量(注7)材料で構成されており、ソフトマター(注8)設計に関する重要な構造的・機構的知見を提供します。さらに、スピントロニクス(注9)への応用や、ナノメディシン(注10)分野への応用、ソフト伝導体など、多岐にわたる分野における電子機能の多様化にも貢献するなど、ソフトマテリアル科学における重要な進展をもたらすことが期待されます。
発表者
東京大学 物性研究所
凝縮系物性研究部門
藤野 智子 助教
<科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者>
森 初果 教授
附属極限コヒーレント光科学研究センター
原田 慈久 教授
東京理科大学 理学部第一部 化学科
菱田 真史 准教授
自然科学研究機構 分子科学研究所
中村 敏和 チームリーダー
大阪公立大学 大学院工学研究科
牧浦 理恵 准教授
物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
大池 広志 主任研究員
<研究当時:科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ専任研究者>
論文情報
雑誌名
Advanced Science
題名
Macroscopic Structural Transition of Nickel Dithiolate Capsule with Uniaxial Magnetic Anisotropy in Water
著者
藤野 智子*、菱田 真史*、伊藤 雅聡、中村 敏和、浅田 瑞枝、倉橋 直也、木内 久雄、原田 慈久、原野 幸治、牧浦 理恵、武野 カノクワン、横森 創、大池 広志、森 初果
DOI
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費(JP19H05717、JP19H05715、JP20H05206、JP21K05018、JP22H04523、JP22H00106、JP23H04874、JP23K17865、JP23KK0255、JP23K22435、JP23H04861、JP24K01301)、Core-to-coreプログラム(JPJSCCA20240001)、MEXT「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1224MS1096)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR22Q8、JPMJPR21Q2)、公益財団法人 内藤記念科学記念財団、池谷科学技術振興財団、花王芸術・科学財団の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 分子性常磁性体
スピンをもった開殻性分子が相互作用し合うことで、磁気特性を示す有機材料。外部から磁場をかけると磁場に引き寄せられ、磁場を切ると磁性が消失する性質を示す。特に、分子が規則的に配列した積層構造では、分子間の異方的な相互作用が磁気特性に大きく影響する。
(注2) 超分子
複数の分子が相互作用で規則的に集合した構造。自己組織化により複雑な構造を構築する。
(注3) 両親媒性
水になじむ部分と油になじむ部分を持つ性質。水中で特別な構造を形成する。
(注4) d/π共役系
d電子を持つ金属とπ電子を持つ有機分子が、交互に結合した構造(共役系)を持つ電子系。
(注5) 小角X線散乱
X線を試料に照射し、ナノメートルスケールの構造による電子密度の違いによって生じる、入射X線方向からわずかにずれた角度への散乱パターンを観測し、そのパターンから構造のサイズ、形状、秩序性といった情報を得る手法。
(注6) 電子スピン共鳴
磁場中で不対電子のスピンが特定の周波数の電磁波(主にマイクロ波)を共鳴吸収する現象を利用して、その不対電子が存在する物質の構造、電子状態、周囲の環境に関する情報を得る分光法。
(注7) 単一分子量
物質を構成する分子の大きさが均一である。材料の特性を精密に制御できるうえ、構造情報を入手しやすい。
(注8) ソフトマター
固体と液体の間の状態にある物質。外部刺激で形状や性質が大きく変化する。
(注9) スピントロニクス
電子のスピンを利用するエレクトロニクスの分野。高速で省エネなデバイスが期待される。
(注10)ナノメディシン
ナノテクノロジーを応用した医療技術。薬物送達、診断、再生医療など、幅広い分野での応用が期待される。
関連記事
-
2023.12.14
集まれ!分子
含水溶液中における疎水性物質の集合状態を観察神奈川大学 大阪大学 東京理科大学 高エネルギー加速器研究機構 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 研究成果のポイント(ストーリー) 課題 水とテトラヒドロフラン(THF)の混合溶媒中で疎水性有機分子が集合体を形成することが広く知…
-
2023.05.22
サブテラヘルツ波が水とタンパク質のミクロな混合を加速
水素結合の組み替えに直接的に作用し、不均一なタンパク質表面への水和を早める産業技術総合研究所 東京大学 筑波大学 東京理科大学 ポイント サブテラヘルツ波を照射しながらタンパク質の水和状態の変化を解析する技術を開発 サブテラヘルツ波の照射でタンパク質の水和が促進されることを発見 サブテラヘルツ照射は水和を変える新…
-
2025.05.07
省CO₂・省力化コンクリート「ハイプロダクリート」(High-producrete)を開発
-コンクリートのCO₂排出量を最大73%削減し、施工時間も半減-東急建設株式会社 東京理科大学 東急建設株式会社(本社:東京都渋谷区、社長:寺田光宏)と東京理科大学(東京都新宿区、学長:石川正俊)は、CO2排出量を削減するとともに、施工の省力化を実現できるコンクリート「ハイプロダクリート(High-pr…