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2024.03.21 Thu UP

ローズ精油を利用したトマトの害虫防御技術を開発
~害虫抵抗性を高めるだけでなく、天敵の誘引作用も~

研究の要旨とポイント

  • ローズ精油がトマトの葉の防御遺伝子の発現量を増加させ、害虫抵抗性を向上させることを明らかにしました。
  • 圃場での実験からは、ローズ精油で土壌を処理すると、害虫による食害が54.5%にまで減少することが実証されました。
  • ローズ精油は、トマト害虫の捕食性天敵を誘引する効果も持つことが示唆されました。
  • 植物の病害抵抗性につながる植物免疫活性化剤(バイオスティミュラント)や新たな有機農法システムの開発への貢献が期待されます。

研究の概要

東京理科大学 先進工学部生命システム工学科の有村 源一郎教授らの研究グループは、ローズ精油で処理されたトマトの葉において、防御遺伝子であるPR1の発現量が増加し、潜在的な病害抵抗性を高めることを明らかにしました。また、ローズ精油には害虫の捕食性天敵を誘引する効果もあることを見出しました。

精油は、植物由来の芳香性成分を含む天然素材で、香水、化粧品、洗剤、薬剤、食品など、さまざまな分野で活用されています。農業分野では、害虫に対する忌避剤として使用されています。精油に多く含まれるテルペノイドには植物の防御応答を活性化させる生理活性があるなど、農業分野へのさらなる応用が期待されています。そこで、本研究グループは精油に含まれるテルペノイドがトマト栽培に及ぼす影響を調査しました。

本研究では、11種類の異なる精油溶液を鉢植えのトマト土壌に施用することにより、β-シトロネロールを豊富に含むローズ精油がトマトの葉の防御遺伝子PR1の活性化に重要な役割を果たすことを明らかにしました。また、ローズ精油処理によって、ハスモンヨトウ(Spodoptera litura)による葉の食害、ナミハダニ(Tetranychus urticae)による葉への産卵が大きく減少することも確認されました。さらに、ローズ精油溶液はチリカブリダニ(Phytoseiulus persimilis)などの害虫の捕食性天敵を誘引する生理活性を有することが示唆されました。なお、本研究では1×105倍希釈したローズ精油を利用したことから、低濃度での使用が可能であることも示されました。

本研究成果をさらに発展させることにより、環境にやさしく農薬に過度に依存しない有機栽培システムの実現が期待されます。

本研究成果は、2024年3月18日に国際学術誌「Journal of Agricultural and Food Chemistry」にオンライン掲載されました。

ローズ精油を利用したトマトの害虫防御技術を開発~害虫抵抗性を高めるだけでなく、天敵の誘引作用も~
図 本研究の概要

研究の背景

精油(エッセンシャルオイル)は化粧品や食品など幅広い分野で使用されています。精油は人体への影響がほとんどなく、さまざまな生物活性を通じて人間の健康に良い効果を発揮することが報告されています。例えば、ペパーミントから精製した精油には抗炎症作用、神経保護作用、抗酸化作用などの多彩な効果があります。これらの効果は精油に含まれるテルペノイドの効果であることが知られています。

また、精油は、害虫に対する忌避剤としても有用で、植物の防御反応活性化を通じた害虫防除効果が期待できます。例えば、ダイズと小松菜をミントの近くで栽培すると、葉の防御特性が大幅に増加し、pathgenesis-related gene 1(PR1)などの防御遺伝子転写が誘導されます。これらの反応は植物間コミュニケーションとして知られる現象であり、ミントが放出する揮発性有機化合物(VOC)に植物が反応することで生じることが明らかとなっています。このように植物は、VOCの放出などの影響を受けて、病原体や害虫に対する防御メカニズムを強化することができます。

近年の農業や園芸においては、環境負荷が少なく、より安全性の高い栽培方法が求められており、植物防御増強剤の研究と実用化が急務となっています。しかしながら、これらの課題を克服するために必要となる基礎的な知見はまだ十分に積み上げられていません。

今回、本研究グループはトマトの防御反応を活性化する11種類の異なる植物精油に着目し、これらの有効性を調査しました。

研究結果の詳細

はじめに、異なる11種類の植物精油の希釈溶液を使用し、ポット栽培されているトマトの各土壌に処理を施しました。その結果、ローズ精油溶液を使用したトマトでは、24時間後の葉のPR1転写レベルが有意に増加することが確認されました。その有効性を確認するためにさまざまな濃度で実験を行ったところ、1×105倍希釈したローズ精油溶液のみがPR1の発現を促進することがわかりました。ローズ精油溶液で処理を施したトマトは、対照溶媒で処理した植物と比較して、害虫であるハスモンヨトウの幼虫による葉の食害が少なく、メスのナミハダニの成虫による産卵数が減少することが判明しました。一方で、ローズ精油溶液を葉に直接噴霧した場合、PR1の活性化は観察されませんでした。

次に、ローズ精油内成分を特定するために、VOCの組成分析を行いました。その結果、ローズ精油にはβ-シトロネロールとゲラニオールといった特有のテルペノイドが含まれていることが明らかとなりました。これらのテルペノイドによる植物防御性への影響を評価するために、6.27μMのβ-シトロネロールまたは2.46μMのゲラニオール(希釈したローズ精油溶液に含まれるのと同じ濃度に調製)をトマトの土壌に適用しました。その結果、β-シトロネロールの処理により、1日後の葉のPR1転写レベルが有意に増加することを発見しました。これにより、β-シトロネロールがローズ精油の植物防御強化特性における鍵物質であることが明らかとなりました。

さらに、3週間の野外研究によりトマトに対するローズ精油溶液の有効性を評価しました。3日ごとにトマト栽培の土壌をローズ精油溶液で処理したところ、対照溶液と比較して自然発生する害虫による被害が54.5%にまで減少することが実証されました。

最後に、ローズ精油溶液に対するナミハダニとチリカブリダニの応答を評価しました。その結果、チリカブリダニがローズ精油溶液によって放出されるVOCに誘引されることが明らかとなりました。この実験結果により、ローズ精油溶液が植物自体の防御性を強化するだけでなく、周囲に存在する害虫の捕食生物を引き寄せる性質を有していることがわかりました。

本研究を主導した有村教授は「植物は害虫によって傷つけられると、大気中にVOC、つまり匂いを放出し、周囲の未食害植物の病害虫抵抗性を高める、植物間コミュニケーションを図ります。私たちはこの現象を農業の害虫対策につなげる研究に取り組んできました。今回発見したローズ精油は低濃度での使用が可能であり、一般的な農薬とは異なり、植物の潜在的な防御力を高める資材であることから、環境に配慮された新素材として期待されます」と、成果についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(20H0295)による助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Journal of Agricultural and Food Chemistry

論文タイトル

Novel potential of rose essential oil as a powerful plant defense potentiator

著者

Eiki Kaneko, Kenji Matsui, Ruka Nakahara, Gen-ichiro Arimura

DOI

10.1021/acs.jafc.3c08905

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