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近年注目の水モデルOPCとOPC3の粘性の計算性能を評価
~水系の分子シミュレーションにおける基礎となる成果~
研究の要旨とポイント
- 水のさまざまな特性を高い精度で再現する分子シミュレーションのモデルとして、近年、4点からなるOptical Point Charge(OPC)と3点からなるOPC3が有望視されています。
- OPCおよびOPC3の性能を評価するため、さまざまな温度におけるせん断粘度を求めたところ、310 K以上の温度では実験結果とよく一致し、広く使用されている他の水モデルよりも優れていました。
- 本研究成果は、幅広い分野で求められている水系の分子シミュレーションを行う際の基礎的なデータとなります。
研究の概要
東京理科大学先進工学部電子システム工学科の安藤格士准教授は、水系の分子シミュレーションモデルとして有望視されているOPCとOPC3を用いてさまざまな温度におけるせん断粘度の評価を行い、広く用いられている他の水モデルよりも優れているという結果を報告しました。
水は生物系や化学系に遍在するユニークなかつ重要な存在であり、これまでにバルク水のさまざまな特性を再現するための多くのモデルが開発されてきました。それぞれのモデルの特性を踏まえた上で、目的に合ったモデルを選択することが求められます。OPCおよびOPC3は、性能が高いことから、近年注目されているモデルです。しかし、これまで粘性に関する報告はありませんでした。
そこで安藤准教授は、OPCとOPC3の性能を評価するため、Green-Kubo公式を用いて273 Kから373 Kの範囲のさまざまな温度でせん断粘度を計算し、実験結果と比較しました。その結果、いずれの温度においても両モデルは非常に近い値を示し、310 K以上では実験結果とよく一致しました。310 K未満では両モデルはせん断粘度を過小評価し、273 Kでは実験値よりも20%、298 Kでは10%低い値を示しました。このような限界はあるものの、本結果およびこれまでの研究報告を合わせて考えると、OPCとOPC3は水さまざまな特性を考慮した最も優れたモデルの一つであると結論付けることができます。
本研究成果は、2023年9月12日に国際学術誌「Journal of Chemical Physics」にオンライン掲載されました。
研究の背景
水は、2 個の水素原子と 1 個の酸素原子からなる単純な化学組成であるにもかかわらず、バルク水のあらゆる実験的特性をコンピュータ上にそっくりそのまま再現することは、依然として困難な課題です。タンパク質、DNA、多糖類などの生体分子が関与する細胞内反応のほとんどは水という媒体中で起こるため、生体分子シミュレーションの正確性を高めるためにも、より精度の高い水モデルの開発が求められています。
分子動力学(Molecular Dynamics)シミュレーションは、個々の原子や分子のふるまいをシミュレーションすることで、対象とする物質の巨視的な性質を推定する計算手法です。MDシミュレーションは、物理・化学・生物現象を原子レベルからボトムアップで理解する上で欠かせない強力なツールです。
よく使われる水のMDシミュレーションモデルとしては、SPC/E(Extended Simple Point Charge)とTIP3P(Transferable Intermolecular Potential 3-point)が挙げられ、これらは水分子を構成する各O, H原子に1つずつ相互作用点を配置して3点からなる剛体として扱います。特に、生体分子シミュレーションでは、TIP3Pが広く使用されています。TIP3Pは密度、気化熱、酸素原子間の径方向分布関数の最初のピークを正確に再現できる一方、静的誘電率、自己拡散係数、密度最大温度、酸素原子間の径方向分布関数の第 2 ピークなど、他の性質については、近年提唱されている新たな水モデルと比較すると相対的に劣っています。
2014年、4点Optical Point Charge(OPC)水モデルの導入が提案され、さまざまな温度で一般的に使用されている水モデルと比較して、幅広いバルク水の特性を再現する精度が大幅に向上することが報告されました。2016年には、さらに3点OPC水モデル(OPC3)が導入され、OPCよりも若干精度が劣るものの、バルク水のさまざまな特性の再現において優れた性能を示しました。しかし、水モデルの性能評価において重要な要素の一つである粘性については、OPC と OPC3ではまだ報告がありません。
そこで、OPC と OPC3 の水モデルのさまざまな温度におけるせん断粘度を計算しました。さらに、密度、自己拡散係数、 表面張力、静的誘電率などの他の特性も評価し、他の関連研究との比較を行いました。評価プロトコルを検証するため、TIP4P/2005、TIP4P-FB、およびTIP3P-FB水モデルのこれらの特性も計算し、過去の報告結果と比較しました。
研究結果の詳細
本研究では、OPCとOPC3モデル、TIP4P/2005、TIP4P-FB、TIP3P-FBモデルにおいて、273, 283, 293, 298, 303, 313, 333, 353, 373 Kの9つの温度でせん断粘度を計算しました。液体の水をシミュレートするために、一辺の長さが約40 Åと20 Åの立方体の箱に、それぞれ2,000個と256個の水分子を入れた2つの系を採用しました(図)。
その結果、OPCとOPC3では、温度が310 K以上では実験値とよく一致しましたが、それ以下の温度ではでは実験値からの乖離が見られ、298 Kでは実験値より10%、273 Kでは実験値より20%低いという結果になりました。OPCおよびOPC3モデルのせん断粘度の予測性能は、TIP4P/2005、TIP4P-FB、およびTIP3P-FBの予測性能よりも低かったものの、293 K以下の温度では、SPC/EおよびTIP3Pモデルの予測性能よりも優れていました。
そこで、OPC と OPC3 の水モデルのせん断粘度が低温で過小評価される理由について、水の酸素原子間の動径分布関数g(r)に着目し、本研究で検討した各モデルについて検討しました。その結果、273 K におけるg(r)の最初のピークの高さは、TIP4P-FB > TIP4P/2005> TIP3P-FB >OPC3 > OPCの順に減少し、この順序は、273 Kで測定されたせん断粘度の減少順序(TIP4P-FB > TIP3P-FB > TIP4P/2005 > OPC3 ≈ OPC)とほぼ一致しており、せん断粘度がg(r)の最初のピークの高さと相関していることを示していることがわかりました。TIP3P-FBの最初のピークは、TIP4P/2005のそれよりもわずかに短い距離に現れ、OPC水モデルでは、最初のピークはOPC3よりもやや長い距離に位置していました。この結果は、せん断粘度がg(r)の最初のピークの位置とともに減少することを示唆しています。
本研究では、OPC と OPC3 の水モデルの性能を評価するため、273 K から 373 K までのさまざまな温度におけるせん断粘度を計算しました。ここで示された結果と他の研究者による過去の報告から、OPCとOPC3は水のさまざまな特性を考慮した、最も優れた非極性水モデルの一つであるといえます。
研究を行った安藤准教授は、「今回の研究対象であるOPC、OPC3水モデルは、その性能の⾼さゆえに近年注⽬されていますが、粘性に関しては報告がありませんでした。そこで、計算の結果を報告し、研究者コミュニティで共有できるようにしたいと考えました。本研究結果は、水系の分子シミュレーションを行う際の基礎的なデータとなります」と、研究の意義を語っています。
論文情報
雑誌名
Journal of Chemical Physics
論文タイトル
Shear viscosity of OPC and OPC3 water models
著者
Tadashi Ando
DOI
研究室
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