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2023.09.08 Fri UP

コケで探る植物ホルモンジベレリンの多様性
―苔類ジベレリン様化合物は遠赤色光応答を制御

京都大学
東京理科大学

概要

京都大学大学院生命科学研究科の孫芮研究員(元 同博士課程学生)、岡部麻衣子同修士課程学生、吉竹良洋助教、河内孝之教授らと京都大学化学研究所の石田俊晃元博士課程学生、増口潔助教、山口信次郎教授のグループは、東京農工大学グローバルイノベーション研究院宮崎翔助教、東京理科大学創域理工学部西浜竜一教授(元京都大学生命科学研究科准教授)、東京農工大学農学研究院川出洋教授、東京大学農学生命科学研究科中嶋正敏准教授と共同で、苔類ゼニゴケにはジベレリンに関連する化合物が存在し、遠赤色光応答に関わることを明らかにしました。しかし、この研究では、作物の緑の革命にも深く関わる植物ホルモンであるジベレリンと同一の物質でないことも示しています。陸上植物の進化の初期にジベレリン生合成の初発段階の酵素遺伝子を獲得し、ジベレリン様の化合物を成長調節に利用していたことを明らかにするとともに、進化の過程でジベレリンの分子と機能の多様化が起こったことを示すものです。今後はゼニゴケのジベレリン関連ホルモンがどのように働くかといった仕組みにも興味がもたれます。この成果は、2023年8月19日に国際学術誌The Plant Cell」にオンライン掲載されました。 

コケで探る植物ホルモンジベレリンの多様性―苔類ジベレリン様化合物は遠赤色光応答を制御
図 維管束植物とコケ植物は4.5億年前に分岐した。ゼニゴケはジベレリンの基本構造をもつ化合物GAMpを合成する。この分子を欠くゼニゴケは環境に依存した上方向への成長や有性生殖の誘導ができない。

1.背景

水圏の藻類から多細胞化を経て4億5千万年前に陸上に進出した植物の進化の歴史において、植物ホルモンがどのように出現し、多様化したかは興味深いテーマである。植物ホルモンのジベレリン(GA)は、被子植物の成長を促進し、多くの発生過程を制御することで知られる植物ホルモンである。その生合成経路は、シダ植物や裸子植物を含む維管束植物では保存されている。維管束植物の姉妹系統*1であるコケ植物は、維管束植物で活性をもつGAを生産する能力を持たないが、GA前駆体を生合成するための初期段階の酵素をコードする遺伝子を保持していた。すなわち、これらの酵素は、陸上植物の共通祖先がすでに獲得し、陸上植物に受け継がれた可能性がある。そこで、GA前駆体が植物ホルモンとして合成されているのか、この推定ホルモンの生理活性は何かといった疑問を解決することを目指した。

コケで探る植物ホルモンジベレリンの多様性―苔類ジベレリン様化合物は遠赤色光応答を制御
図1 陸上植物の系統関係と、推定されるジベレリンに関連する進化イベント

2.研究手法・成果

全ゲノム解読が完了し、遺伝子を用いた実験の基盤が充実している苔類ゼニゴケを用いて研究を開始した。質量分析計を用いた分析により、ゼニゴケから生合成中間体であるGA12*2を検出することができたが、維管束植物で生理活性をもつことが知られるGAは検出されなかった。これは遺伝子の機能推定を裏付ける結果であった。

次に、生合成酵素をコードすると予想された遺伝子の変異体と発現タンパク質を用いた酵素アッセイにより、GA12とその前駆体であるent-カウレン酸(KA)を生産する主要な酵素CPS、KS、KOL1、KAOL1を同定した。我々は、GA12やKAが未知のジベレリン関連ホルモン(GAMpと命名、Mpはゼニゴケの学名Marchantia polymorphaに由来)の生合成に関与していると予想された。これらの酵素遺伝子は、ゼニゴケに遠赤色光を照射することで遺伝子発現が誘導されることを見出し、実際に遠赤色光照射によりGA12の蓄積が誘導されることが示された。また、生合成酵素の変異体は、遠赤色光照射条件でも、上方向に成長することや有性生殖を誘導するといった遠赤色光に対する応答を示すことができなかった。被子植物は過密になると徒長するが、遠赤色光の存在比率が上がることで密集を感知することが知られている。GAMpの生合成が、ゼニゴケが遠赤色光応答に関与する点は陸上植物としての普遍性を示唆するものである。

コケで探る植物ホルモンジベレリンの多様性―苔類ジベレリン様化合物は遠赤色光応答を制御
図2 ゼニゴケにおけるジベレリン関連化合物の生合成経路 (A) 本研究で同定した苔類ゼニゴケにおけるGAMp生合成経路 (B) GAMp生合成酵素遺伝子MpCPS欠損変異体に対する外部投与実験

3.波及効果、今後の予定

本プロジェクトで、苔類がGAに構造的に共通する分子骨格構造をもつGA12を生合成することや、初期の生合成酵素遺伝子が遠赤色光に対する生理応答に必要であることを示した意義は大きい。次の段階として、GAMpの正確な化学構造と完全な生合成経路を明らかにすることが重要である。

また、遠赤色光を照射しない条件ではGAMp欠損変異体では植物全体の成長が亢進しており、これは被子植物におけるGA欠乏の表現型とは正反対である。ゼニゴケが被子植物で活性を示すGAを生合成しないこと、また、既知のGA受容体分子(GID1と呼ばれる)がコケ植物には保存されていないことから、GAMpがどのように認識されるのかを明らかにすることがGAの進化的変遷を知る上で重要な課題と考えている。

4.研究プロジェクトについて

本研究は以下の研究費により支援された。
文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究・JP19H05675、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(S)・JP17H07424、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)・JP22H00417(河内孝之)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)・JP 24380060、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)・JP15H04492(中嶋正敏・川出洋)、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(B)・JP16K18693 (宮崎翔)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究2020-53, 2021-60, 2022-63, 2023-74 (河内孝之・山口信次郎)

用語解説

*1 姉妹系統群 進化を系統樹として示す分岐系統学において、共通の祖先から別れた2つの分類群のことである。コケ植物はツノゴケ類、蘚類、苔類からなる単系統とされており、維管束植物とコケ植物は、陸上植物の共通の祖先から分岐したとされ、姉妹系統群の関係にある。姉妹系統群にはどちらが祖先といった区別はないことにも注意が必要である。

*2 GA12 ジベレリンGAはテルペン2分子からなる3環性のジテルペン化合物である。番号を付して構造を区別する。GA12は活性型GAの中間体とされ、構造として定義されるGAにおいてジベレラン骨格(炭素数20)をもつ初発の化合物である。

研究者のコメント

独自の進化の道をたどったコケ植物ですが、他のなじみ深い植物と同じように地球環境の変化と戦いながら4億5千万年の時間を生き抜いてきました。今回研究対象としたゼニゴケは、ジベレリンの途中の生合成ステップまでは陸上植物共通の祖先から受け継いだ遺伝子を使っていましたが、最終的に活性をもつ分子は異なるようです。生物が遺伝子や代謝産物を駆使して独自の生存戦略を確立し、最終的にこの魅力的な地球の生物多様性に貢献していることを研究を通じて実感として知ることができました。(孫芮)

論文タイトルと著者

タイトル

Biosynthesis of gibberellin-related compounds modulates far-red light responses in the liverwort Marchantia polymorpha(苔類ゼニゴケのジベレリン関連化合物生合成は遠赤色応答を調節する)

著者

Sun, R., 1 Okabe, M., 1 Miyazaki, S., 2 Ishida, T., 3 Mashiguchi, S., 3 Inoue, K., 1 Yoshitake, Y., 1 Yamaoka, S., 1 Nishihama, R., 1,4 Kawaide, H., 5 Nakajima, M., 6 Yamaguchi, S., 3 Kohchi, T. 1*

孫芮1、岡部 麻衣子1、宮崎 翔2、石田 俊晃3、増口 潔3、井上 佳祐1、吉竹 良洋1、山岡 尚平1、西浜 竜一1,4、川出 洋5、中嶋 正敏6、山口 信次郎3、河内 孝之1, *

1 京都大学生命科学研究科

2 東京農工大学グローバルイノベーション研究院

3 京都大学化学研究所

4 東京理科大学創域理工学部

5 東京農工大学農学研究院

6 東京大学農学生命科学研究科

1 Graduate School of Biostudies, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan.

2 Institute of Global Innovation Research, Tokyo University of Agriculture and Technology, Fuchu, 183-8509, Japan.

3 Institute for Chemical Research, Kyoto University, Uji 611-0011, Japan.

4 Department of Applied Biological Science, Faculty of Science and Technology, Tokyo University of Science, Noda 278-8510, Japan.

5 Institute of Agriculture, Tokyo University of Agriculture and Technology, Tokyo 183-8509, Japan.

6 Department of Applied Biological Chemistry, The University of Tokyo, Tokyo 113-8657, Japan.

掲載誌

The Plant Cell

DOI

10.1093/plcell/koad216

お問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ先>

河内 孝之(こうち たかゆき)
京都大学 生命科学研究科・教授
TEL:075-753-6389 
FAX:075-753-6127
E-mail:tkohchi【@】lif.kyoto-u.ac.jp 

西浜 竜一(にしはま りゅういち)
東京理科大学 創域理工学部・教授
TEL:04-7122-9104 
FAX:04-7123-9767
E-mail:nishihama【@】rs.tus.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 渉外部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 
FAX:075-753-2094
E-mail:comms【@】mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

東京理科大学 経営企画部広報課
TEL:03-5228-8107
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp

【@】は@にご変更ください。

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