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IgA腎症の根治につながる病因を解明
~世界初、メサンギウム細胞に対するIgA型自己抗体を発見~
東京理科大学
順天堂大学
研究の要旨とポイント
- IgA腎症では、なぜIgA抗体がメサンギウム領域に沈着するのか分かっていませんでした。
- IgA腎症では、メサンギウム細胞表面に発現したβ2スペクトリンに対するIgA型の自己抗体(抗β2スペクトリンIgA)が存在し、抗β2スペクトリンIgAが、メサンギウム細胞表面のβ2スペクトリンに結合することで、腎臓にIgAが沈着していくことを突き止めました。
- 自己抗体の制御を軸とした、IgA腎症の根治治療法の開発につながると期待されます。
東京理科大学生命医科学研究所の北村大介教授、順天堂大学大学院医学研究科腎臓内科学の二瓶義人助手、鈴木祐介教授らの研究グループは、IgA腎症(*1)の根治治療に直接的につながる病因を解明しました。最初の報告から半世紀以上が経過するIgA腎症では、なぜIgA抗体が腎臓のメサンギウム領域(*2)に沈着するのか、という根本的疑問が解決されていませんでした。
本研究では、IgA腎症患者の血液中には、腎臓糸球体内のメサンギウム細胞(*3)の表面に発現するβ2スペクトリン(*4)というタンパクに対するIgA型の自己抗体が存在することを明らかにしました。この自己抗体こそが、腎臓にIgA抗体が沈着する根本原因であることがわかり、本症における長年の大命題が解明されました。本成果は、自己抗体の制御を軸としたIgA腎症の革新的根治治療の開発につながると期待されます。
本論文はScience Advances誌に2022年3月23日付でオンライン掲載されました。
研究の背景
IgA腎症は、腎糸球体のメサンギウム領域にIgA抗体が沈着することを疾患特徴とする慢性糸球体腎炎で、原発性としては世界で最も罹患者数が多いタイプです。未だ詳細な病態原因が不明で根治治療法が確立されていないことから、世界中でIgA腎症を原因に末期腎不全・透析に至る患者が後を絶ちません。これまでIgA腎症では、腎臓へのIgA抗体沈着のメカニズムが明らかになっていませんでした。一般的に、部位特異的な抗体沈着は、その抗体が自己抗体である可能性を示唆することから、研究グループは、「腎糸球体内のメサンギウム細胞表面の抗原に対するIgA型の自己抗体が存在する」という仮説を立てて、その検証を行いました。
研究結果の詳細
1. IgA腎症では、メサンギウム細胞に対するIgA型の自己抗体が存在する
研究グループが樹立したIgA腎症自然発症モデルマウス(gddYマウス)の血清を1次抗体として用いて、蛍光免疫染色とウエスタンブロットを行いました。その結果、gddYマウスの血清には、腎糸球体メサンギウム細胞に発現する約250kDaの蛋白(p250)に対するIgA型の自己抗体が存在することが明らかになりました。IgA腎症患者の血清を用いて同様の検証を行ったところ、患者の血清にもp250に対するIgA型の自己抗体が高い頻度で存在することが判明しました。このことから、IgA腎症では、メサンギウム細胞に対するIgA型の自己抗体が存在することがわかりました。
2. 大規模スクリーニングの結果、β2スペクトリンを自己抗原として同定
このIgA型自己抗体が認識する自己抗原を同定するために、gddYマウスの血清IgAによって免疫沈降されたメサンギウム細胞蛋白に対して、質量分析を行いました(順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター生体分子研究室 三浦准教授らによる解析)。候補蛋白遺伝子の発現ベクターを作成し、ヒト胎児腎細胞株HEK293Tに候補蛋白を過剰発現させ、gddYマウス血清IgAを用いたスクリーニングを行いました。結果、数多くの候補蛋白の中から、β2スペクトリンという細胞骨格蛋白を自己抗原として同定しました。驚くべきことに、gddYマウスのみならず、IgA腎症患者の血清にも、β2スペクトリンに対するIgA型の自己抗体(抗β2スペクトリンIgA)が高い頻度で検出されました。
3. 抗β2スペクトリンIgAはメサンギウム細胞表面のβ2スペクトリンに結合する
β2スペクトリンは、本来様々な細胞の細胞内に恒常的に発現する細胞骨格蛋白として知られていますが、マウス単離糸球体細胞を用いたフローサイトメトリー解析により、β2スペクトリンはメサンギウム細胞でのみ検出され、その細胞表面に発現していることがわかりました。一方、gddYマウスの腎臓には、抗β2スペクトリンIgAを産生する形質細胞が浸潤していたことから、この形質細胞を用いて、β2スペクトリン認識リコンビナントIgA抗体(rIgA#9)を作成しました。rIgA#9を、IgAを欠損するマウスに尾静脈投与したところ、rIgA#9はたしかに腎糸球体のメサンギウム領域に沈着することが確認されました(図1)。
以上の結果から、IgA腎症では、メサンギウム細胞表面に発現したβ2スペクトリンに対するIgA型の自己抗体が存在し、この自己抗体が腎糸球体のメサンギウム細胞表面のβ2スペクトリンを認識することで、腎臓にIgA抗体が沈着していくことがわかりました(図2)。
今後の展望
今回、研究グループは、IgA腎症の病因に、抗β2スペクトリンIgAが深く関わっていることを解明しました。これまでIgA腎症では、腎臓特異的な自己抗体が存在するとは考えられてこなかったことから、本研究の成果はIgA腎症の疾患概念を変える革新的な発見だといえます。今後、自己抗体の産生制御を軸とした治療が、IgA腎症の根治治療になることが期待されます。
研究者のコメント
実際に患者さんを診察させて頂いた時に生じた疑問を、本研究で明らかにすることができました。
IgA腎症は最初の疾患報告から半世紀以上が経過していますが、今でも根治治療が確立されず、本症を原因として末期腎不全に至った患者が後を絶ちません。本発見により、IgA腎症による透析移行がなくなることを夢見て、治療法の開発につながる研究を進めていきます。(二瓶義人助手)
※本研究は、JSPS科研費20H00510の助成を受けて実施したものです。


用語
*1 IgA腎症
世界で最も罹患者数が多い原発性糸球体腎炎。根治治療法がなく、IgA腎症を原因とする末期腎不全患者が後を絶たない。
*2 メサンギウム領域
メサンギウム細胞とメサンギウム細胞が産生する基質からなる腎臓糸球体内の領域。
*3 メサンギウム細胞
腎臓の糸球体内にあり、糸球体の構造を支える細胞。
*4 β2スペクトリン
ほとんどすべての有核細胞に存在する細胞骨格蛋白。発現は細胞内に限局していると考えられていた。
論文情報
雑誌名
Science Advances
論文タイトル
Identification of IgA autoantibodies targeting mesangial cells redefines the pathogenesis of IgA nephropathy
著者
Yoshihito Nihei, Kei Haniuda, Mizuki Higashiyama, Shohei Asami, Hiroyuki Iwasaki, Yusuke Fukao, Maiko Nakayama, Hitoshi Suzuki, Mika Kikkawa, Saiko Kazuno, Yoshiki Miura, Yusuke Suzuki, Daisuke Kitamura
DOI
発表者
二瓶義人 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学講座 助手 <筆頭著者>
羽生田圭 東京理科大学 生命医科学研究所 講師 (現:トロント大学ポスドク)
東山瑞希 東京理科大学 生命科学研究科 博士後期課程2年
浅海祥平 東京理科大学 生命科学研究科 博士後期課程3年
岩崎裕幸 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学
深尾勇輔 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学
中山麻衣子 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学
鈴木仁 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学
吉川美加 順天堂大学大学院 医学研究科研究基盤センター 生体分子研究室
數野彩子 順天堂大学大学院 医学研究科研究基盤センター 生体分子研究室
三浦芳樹 順天堂大学大学院 医学研究科研究基盤センター 生体分子研究室
鈴木祐介 順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学 教授 <責任著者>
北村大介 東京理科大学 生命医科学研究所 生命科学研究科 教授 <責任著者>
お問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 生命医科学研究所 教授
北村 大介(きたむら だいすけ)
E-mail:kitamura【@】rs.tus.ac.jp
順天堂大学大学院 医学研究科 腎臓内科学 教授
鈴木 祐介(すずき ゆうすけ)
E-mail:yusuke【@】juntendo.ac.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107
FAX:03-3260-5823
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順天堂大学 総務局 総務部 文書・広報課
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FAX:03-3814-9100
E-mail:pr【@】juntendo.ac.jp
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