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全固体リチウムイオン電池の充電特性の向上に期待
~電気二重層効果の制御により電気二重層の充電におけるスイッチング応答速度を大幅に改善~
研究の要旨とポイント
- 全固体電池は次世代電池の最有力候補として注目されていますが、固体/固体電解質界面の電気二重層効果(*1)の影響で出力が低下することが疑われています。
- イオンを透過しないというダイヤモンドの特性を利用し、種々のリチウム伝導体を組み合わせて電気二重層容量を制御することによって、電気二重層の充電におけるスイッチング応答速度の大幅な改善に成功しました。
- 本研究は界面抵抗改善を目指す上で重要な成果であり、将来的には劣化・充放電特性に優れた全固体電池の実現につながる可能性があります。
東京理科大学理学部第⼀部応用物理学科の樋口透准教授、同大学大学院理学研究科の高栁真博士(2022年博士課程修了)、 物質‧材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志主幹研究員、寺部一弥MANA主任研究者らの研究チームは、全固体リチウム電池の充電速度に加速・減速効果を与える中間層を発見し、界面から厚さわずか数Å以下の電解質組成で電気二重容量(CEDL)を制御できることを示しました。
電極と固体電解質の界面は、全固体リチウムイオン電池、キャパシタなど、さまざまなデバイスの電気特性を決定づけるため、その構造設計が注目されています。電気二重層(EDL)効果は、リチウムイオン輸送における高い界面抵抗の要因の一つだと考えられていることから、全固体リチウム電池の出力密度や耐久性の向上などの高性能化において、その制御は重要な課題の一つです。
本研究ではEDL効果を新手法により定量評価し、種々のリチウム伝導体を組み合わせた全固体デバイスにおいて、キャリア変調を実現するとともに、パルス応答測定による充電特性を改善しました。また、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)またはリン酸リチウム(Li3PO4)中間層の挿入により、充電におけるスイッチング応答速度を大幅に加速/減速させることにも成功しました。本研究成果は、将来的には、より高性能な全固体電池の開発につながると期待されます。
本研究成果は、2022年2月8日に国際学術誌「Materials Today Physics」にオンライン掲載されました。
研究の背景
EDL効果は、リチウムイオン輸送における高い界面抵抗の要因の一つであり、全固体リチウム電池の充放電特性に大きな影響を与えることが知られています。しかし、固体/固体界面における詳細なEDL構造についてはまだ十分な知見がありません。
樋口准教授らの研究グループは2021年、EDLトランジスタ(EDLT)とホール測定を用いることで、電極近傍で静電的に発生するEDL電荷の有無を検出する新しい実験手法を報告しました(Tsuchiya T. et al., 2021 Commun. Chem.)。この手法により、電極界面から5 nm以下の領域では、EDL効果が電解質組成に強く依存することが明らかになりました。つまり、電極/固体電解質界面に特定の電解質を挿入することによって、EDL効果を抑制できることがわかったのです。全固体リチウムイオン電池でも、電極/固体電解質界面への中間層を挿入することによってユニークな現象が生じることが報告されています。このような界面物性の解明は、全固体リチウムイオン電池をはじめとする固体電解質を用いたデバイスの開発において重要です。
本研究ではこうした界面物性の解明を目指し、水素化ダイヤモンド(H-diamond)ベースのEDLTとリチウム固体電解質(Li-Si-Zr-O)を用いて、固体/固体界面におけるEDL厚さとCEDLについて検討しました。
研究結果の詳細
本研究では、電荷キャリア変調に対する酸化還元効果を排除するために、化学的安定性に優れ、イオンを遮断する性質を持つH-diamondを半導体のチャネルに採用し、LiNbO3またはLi3PO4中間層を持つH-diamondベースのEDLトランジスタ(EDLT)を作製しました。作製したEDLTについて、リチウムイオン伝導性固体電解質/電子材料界面におけるEDLによって引き起こされる電子キャリア変調のふるまいを調べました。その結果、LiNbO3およびLi3PO4デバイスのいずれにおいても、EDL形成による著しい正孔密度の変調が観測されました。
Li+欠乏領域でのCEDLを評価できるホール測定とLi+リッチ領域でのCEDLを定性的に評価できるパルス応答測定を組み合わせることで、Li+リッチ領域からLi+欠乏領域までの広い範囲のCEDLを評価したところ、LiNbO3/H-diamond界面およびLi3PO4/H-diamond界面のCEDLは電圧依存性が大きく、リチウム固体電解質で観測されるスイッチング応答速度よりも1桁以上速い加速、もしくは1桁以上遅い減速を引き起こすことが明らかになりました。
また、LiNbO3デバイスのパルス応答測定結果から、LiNbO3/H-diamond界面のEDL厚さは5Åと見積もられ、負電荷Li+空孔の計算密度は1.21 mmol/cm3であることが示されました。この結果は、高濃度のイオンが与えられた層によって、液体電解質系に匹敵するEDL効果がもたらされ、CEDLと電極表面の電荷を決定する界面からわずか数Åのところにある固体/固体電解質界面領域が原因であることを示唆しています。
本研究は、比較的簡単な方法を組み合わせて、固体/固体電解質界面のCEDLをより広範囲に調べることができることを示したという点で非常に意義深く、全固体電池の性能に関連する界面特性を明らかにする上で有用性が高い成果であると言えます。
本研究を主導した樋口准教授は「今回の報告は、全固体電池の出力向上の障壁となっている界面抵抗を改善させる上で重要となるリチウムイオン電動層の研究であり、将来的には劣化・充放電特性に優れた全固体電池の実現につながる可能性があります」と、本研究の意義を語りました。
※本研究は、日本学術振興会 科研費新学術領域研究「蓄電固体界面科学」公募研究A04(JP20H05301, JP22H04625)、科学研究費補助金(JP19K05279, JP19J22244, JP21J21982)の助成を受けて実施したものです。
用語
*1 電気二重層効果
固体電極と電解液など、異なる層が接触する界面の近傍に、正もしくは負の電荷や電解質イオンが並ぶことで自発的に形成されるうすい2層の構造のことを電気二重層と呼び、電気二重層の形成が電子物性に与える効果のことを電気二重層効果と呼ぶ。
論文情報
雑誌名
Materials Today Physics
論文タイトル
Accelerated/decelerated dynamics of the electric double layer at hydrogen-terminated diamond/Li+ solid electrolyte interface
著者
Makoto Takayanagi, Takashi Tsuchiya, Daiki Nishioka, Masataka Imura, Yasuo Koide, Tohru Higuchi, Kazuya Terabe
DOI
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