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曲面に貼り付け可能な極薄シート型流れセンサーを開発、流体機械におけるはく離の抑制に光
~ポンプやタービンなど、流体機械の性能向上に寄与~
研究の要旨とポイント
- ポンプやタービンに代表される流体のエネルギーを利用する機械(流体機械)において、流れが壁面から剥がれる流体のはく離現象の検出と制御は重要な課題ですが、壁面近傍の流れや壁面せん断応力を簡単に計測できるセンサーはありませんでした。
- 本研究では、最大で170m/sまでの空気流で、壁面せん断応力と流れの方向を同時に計測ができる、薄く柔軟で曲面に貼り付けられるシート型センサーの開発を行いました。
- 今回開発されたセンサーは応用範囲が広く、各種流体機械の性能向上に寄与し、環境負荷低減に貢献すると期待されます。
東京理科大学工学部機械工学科の元祐昌廣教授らの研究グループは、曲面に設置でき、壁面せん断応力と流れ方向を同時に計測できる小型で薄く、かつフレキシブルなシート型センサーを開発しました。
物質の表面では流体の粘性によって摩擦がはたらき、場合によっては流れが壁面から剥がれる「はく離」と呼ばれる現象が発生します。はく離が生じると抵抗が増し、エネルギー損失量が大きくなることから、その検出と制御は非常に重要な課題です。しかし、はく離は流体現象の中でもその予測と制御が難しい現象の一つで、数値シミュレーション技術が発達した現在でも予測精度は十分ではありません。加えて、壁面近傍(100μm未満)の流れや壁面せん断応力を簡単に計測できるセンサーも、未だ開発されていません。
そこで本研究グループは、曲面に貼り付けることができる、薄く柔軟なシート型センサーの開発を行いました。このセンサーは、厚さ数十μmのポリイミド基板の上に、壁面上の流れの向きと壁面せん断応力を計測する複数のセンサーを統合した計測デバイスです(図)。具体的には、中央の直径1mmのヒーターの熱損失から壁面せん断応力を測定し、その周囲に設置された3対の温度センサーアレイで流れの方向を測定します。
100m/sを超える流れ下で壁面せん断応力と流れの方向を同時に計測できるフレキシブルな流れセンサーはこれまで報告されていませんでしたが、本センサーは、最大で170m/sまでの空気流で、さまざまな角度の流れ計測を実現することが実験から確かめられました。
今回開発したフレキシブルなシート型流れセンサーの応用範囲は非常に広く、ポンプや送風機、圧縮機、タービンなどの各種流体機械の性能向上に寄与すると期待されます。
本研究成果は、2022年8月12日に国際学術誌「Micromachines」にオンライン掲載されました。
研究の背景
エネルギー産業や運輸産業は、温室効果ガスの主要な排出源です。温室効果ガスの排出を抑制するためは、これらの産業で大規模に使用されるガスタービンや航空機用エンジンなどの流体機械の効率を向上させることが強く求められています。効率を向上させる方法の一つとして、表面での流体のはく離を抑制することが挙げられます。流れのはく離は、曲面、特に複雑な3次元構造を持つ部品の周辺で発生しやすく、はく離した流れは非常に複雑なものとなります。現在、タービンブレードなどの形状の最適化には、数値流体力学(Computational Fluid Dynamics, CFD)がよく利用されていますが、はく離を伴う流れを正確に予測するのは難しいのが現状です。そのため、流体のはく離を制御するためには、壁面近傍の流れを直接計測する必要があります。
本研究では、流れへの影響を最小限に抑えるため、超小型・薄型かつ、小面積での計測が可能なMEMS(Micro Electromechanical System)技術を活用した壁面近傍流れセンサーに着目しました。これまでに、流れの方向や角度を測定できるMEMSセンサーも開発されていますが、その多くは数m/sから数十m/sの低速度域を測定対象として開発されています。そのため、実際の応用を念頭に置いた、高速気流に適用できるフレキシブルな流れセンサーの開発の可能性を検討する必要があります。
そこで研究グループは、150m/s以上の亜音速流れ(*1)を利用する流体機械において、壁面せん断応力と流れ方向の同時測定を可能にするために、曲面に設置可能な超小型フレキシブルMEMSセンサーを開発しました。
研究結果の詳細
開発したセンサーは、フレキシブルなポリイミド基板上に配置された3対の温度センサーアレイで囲まれたマイクロヒーターで構成されています。このセンサーは、ヒーター出力から壁面せん断応力を、ヒーター周囲の温度勾配から流れ方向を測定します。
ヒーターと温度センサーの形状や設計は、数値シミュレーションに基づいて決定しました。
開発したセンサーの有効性を評価するため、風洞でマッハ数0.1から0.5に相当する30m/sから170m/sまでの異なる速度で壁せん断応力と流れ角を測定する実験を行いました。その結果、ヒーター出力は、壁面せん断応力の3分の1乗に比例する傾向を示しました。また、対向する2つの温度センサー間の温度差を表すブリッジ出力は、流れ方向に依存して正弦波状に変化することが確認されました。これらより、開発したセンサーは亜音速流中の壁面せん断応力と流れ方向の両方を測定できることが示唆されました。
また、センサーからの信号は、フレキシブルプリント回路などを用いて引き出して離れた場所に設置することができるため、計測対象部は数十μmのシートを貼るだけで良いことから、周囲の流れへの影響を最小限に抑えることができます。計測領域は1mm程度と非常に小さいため、アレイ化することで多点・分布計測への応用が可能です。研究グループでは、別の実験で遠隔多点測定が可能なことを確認しています。
はく離は曲面上で3次元的に発⽣することが多いことから、今回開発したフレキシブルなシート型流れセンサーの応用範囲は非常に広く、ポンプや送風機、圧縮機、タービンなどの各種流体機械の性能向上に寄与することが可能です。流体機械は、エネルギー産業や運輸業などの大量の温室効果ガスを排出する産業で大規模に使用されることから、その性能向上は、環境負荷低減につながります。また、このセンサーは速い気流を対象としていますが、研究室では、同様の原理で液体流れを計測するセンサーや、類似の原理でヒトに貼り付けるセンサーの開発も行っており、今後、ヒトから流体機械まで幅広い対象の物体表面流れの計測を実施する予定です。
用語
*1 亜音速流れ
音速より遅い(マッハ数が1未満の)流れ。
論文情報
雑誌名
Micromachines
論文タイトル
Development of a flexible MEMS sensor for subsonic flow
著者
Koichi Murakami, Daiki Shiraishi, Shunsuke Mizumi, Yoshiko Oya, Naoto Omura, Takanori Shibata, Yoshiyasu Ichikawa and Masahiro Motosuke
DOI
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