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2022.11.07 Mon UP

マウスも精神的ストレスで過敏性腸症候群様の症状を示す
~過敏性腸症候群のモデル動物としての役割に期待~

研究の要旨とポイント

  • 過敏性腸症候群(IBS)は、研究のための有用なモデル動物が存在しないことから病態解明が進んでおらず、根本的な治療法が確立されていません。
  • 繰り返し精神的ストレスを与えた「代理社会的敗北ストレスモデルマウス」が、腸内に組織学的異常がないにもかかわらず、腸のぜん動運動の亢進、および内臓痛関連行動の増加という、下痢型IBS様症状を示すことを見出しました。
  • このモデルマウスはIBSモデル動物として、病態解明・治療薬開発に重要な役割を果たすと期待されます。

東京理科大学薬学部薬学科の斎藤顕宜教授らの研究グループは、精神的ストレスを繰り返し与えられた「代理社会的敗北ストレス(chronic vicarious social defeat stress, cVSDS)モデルマウス」(*1)が、腸内に組織学的異常がないにもかかわらず、腸のぜん動運動の亢進、および内臓痛関連行動の増加という、下痢型IBS様症状を示すことを見出しました(図)

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome, IBS)は、腸に炎症など原因となる病気がないにもかかわらず、精神的ストレスによって、下痢や腹痛など慢性的な消化器症状を示す疾患です。IBSの詳細な病態や発症機序は不明であり、対症療法以外の根本的な治療法は未だ確立されていません。IBSの病態解明を困難にしている要因の一つに、有用なモデル動物が存在しないことが挙げられます。そこで、本研究では、うつ病の有用なモデル動物であるcVSDSモデルマウスに注目し、その腸内環境と機能を調べました。

すると、cVSDSモデルマウスでは、腸のぜん動運動の亢進、および内臓痛関連行動の増加がみられました。一方、このマウスの腸には組織学的な異常は認められませんでした。このことから、cVSDSモデルマウスは、精神的ストレスのみによって誘発されるIBSのモデル動物となりうることが示唆され、今後の病態解明・治療薬開発に重要な役割を果たすと期待されます。

本研究成果は、2022年10月6日に国際学術誌「Frontiers in Neuroscience」にオンライン掲載されました。

マウスも精神的ストレスで過敏性腸症候群様の症状を示す<br>~過敏性腸症候群のモデル動物としての役割に期待~
図. 本研究成果の概要。
代理社会的敗北ストレス(cVSDS)モデルマウスは、腸内に組織学的異常がないにもかかわらず、腸のぜん動運動の亢進、および内臓痛関連行動の増加という、下痢型過敏性腸症候群(IBS)様症状を示す。

研究の背景

本研究グループは、以前にもcVSDSモデルマウスを用いて、精神的ストレスが脳の海馬に与える影響を解明しました(※1)。うつ病患者の多くは、精神症状だけでなく、便秘や下痢などの症状を呈することが知られています。また、IBS患者の約半数が何らかの精神疾患を患っていることが報告されています。このように、脳と腸には深い関連性(脳腸相関)があることが近年わかってきました。腸は「第二の脳」とも呼ばれ、脳に次ぐほど多くの神経細胞が分布し、自律神経系や内分泌系を介して脳と密接に連携しています。

IBSの特徴としては、腸の運動機能異常と知覚過敏が挙げられます。強いストレスを感じると、脳から腸にその情報が伝えられ、腸の収縮運動に異常が生じます。また、腸からの情報は脳に伝えられますが、IBSでは知覚過敏状態となっており、弱い刺激でも知覚が生じます。これにより腹部膨満感や腹痛、下痢、便秘などの症状を呈します。この症状は人によって異なり、排便回数と便の形状から「下痢型」「便秘型」「混合型」「分類不能型」に分けられます。

IBSは腸に組織学的な異常がないことが特徴ですが、従来のIBSモデル動物では、身体的ストレスの影響や、腸内の組織学的変化がみられたことから、IBSの病態を再現するものとはなっていませんでした。

(過去のプレスリリース)
※1:「精神的ストレスが海馬の神経新生に与える影響の解明に成功〜うつ病の病態生理の解明に前進、新たな治療薬の開発に期待〜」
URL:https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210922_3728.html

研究結果の詳細

用意したマウスを、ストレスを与えないナイーブ、身体的ストレスを与えるPS(physical stress)、情動ストレスを与えるES(emotional stress)(cVSDSモデルマウス)の3種類に分け、1日あたり10分、10日間連続で各ストレスを与えました。

まず、各ストレスが腸のぜん動運動に与える影響を評価するため、これら3種類のマウスに、チャコールミール試験(charcoal meal test, CMT)を行いました。この試験はチャコールミールをマウスに経口投与し、腸内での移動率を測定するものです。移動率が高いほど、腸のぜん動運動が盛んであることを示します。
すると、ESマウスでは、ナイーブマウスに比べて移動率が著しく上昇しました。一方、PSマウスではそのような上昇はみられませんでした。このことから、情動ストレスが腸のぜん動運動を亢進させることが示唆されました。また、ESマウスでは、ストレス負荷期間中に、排便回数、便総重量、および便水分量の漸増がみられました。このことから、情動ストレスがマウスに下痢様症状を誘発することが示唆されました。

次に、ESマウスの内臓痛(消化管を構成する平滑筋の拡張・収縮などによって生じる痛み)を評価するため、カプサイシン誘発性痛覚過敏試験(capsaicin-induced hyperalgesia test, CHT)を行ないました。この試験は、カプサイシンをマウスの直腸内に投与し、内臓痛関連行動とされる「下腹部を舐める」「腹部を床に押し付ける」「跳び上がる」回数を測定するものです。
すると、ESマウスでは、カプサイシン投与群でもカプサイシン非投与群(対照実験区)でも、ナイーブマウスに比べて「下腹部を舐める」回数が著しく増加しました。また、カプサイシン投与群のESマウスでは「腹部を床に押し付ける」回数と、「跳び上がる」回数が増加しました。このことから、情動ストレスが腹部の痛覚過敏を誘発することが示唆されました。

なお、ESマウスにおけるCMTおよびCHT両試験の結果は、ストレス負荷から30日経過後も持続していました。このことから、ESマウスが慢性的な腹部異常を呈していることが示唆されました。

さらに、ESマウスの腸の組織学的状態を評価するため、小腸および大腸の組織を採取して観察しました。すると、ナイーブマウスとESマウスでは、上皮構造および炎症の有無などについて、特に差異がみられませんでした。このことから、情動ストレスは腸の組織学的状態には影響を与えないことが示唆されました。また、FITC標識デキストランを用いて腸管透過性(腸管内腔から血液中へと物質が取り込まれる作用)を調べると、ESマウスとナイーブマウスでは差異はみられませんでした。このことから、情動ストレスは腸管透過性にも影響を与えないことが示唆されました。

最後に、IBS患者の臨床治療によく用いられる漢方である桂枝加芍薬湯を、ESマウスとナイーブマウスに投与しました。すると、ESマウスにおいて、CMT試験での移動率が低下しました。一方、ナイーブマウスでは影響がみられませんでした。このことから、桂枝加芍薬湯は、腸管運動を調節することが示唆されました。

本研究の成果について、斎藤教授は「本研究により、ESマウスが下痢型IBSモデル動物となる可能性が示唆されました。新規IBSモデル動物としてのESマウスは、今後の新規治療薬開発に重要な役割を果たすものと期待されます」としています。

※ 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(17pc0101018h0001)の助成を受けて実施したものです。

用語

*1 代理社会的敗北ストレス(cVSDS)モデルマウス
「社会的敗北ストレス」とは、他のマウスから攻撃を受けて負けた個体が受けるストレスのこと。「代理社会的敗北ストレス」では、別のマウスが身体的攻撃を受けている姿を、透明な仕切り越しにマウスに見させることにより、精神的ストレスが加えられる。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Neuroscience

論文タイトル

Repeated psychological stress, chronic vicarious social defeat stress, evokes irritable bowel syndrome-like symptoms in mice

著者

Toshinori Yoshioka, Misaki Ohashi, Kenjiro Matsumoto, Tomoki Omata, Takumi Hamano, Mayuna Yamazaki, Sayaka Kimiki, Kotaro Okano, Riho Kobayashi, Daisuke Yamada, Noriyasu Hada, Shinichi Kato and Akiyoshi Saitoh

DOI

10.3389/fnins.2022.993132

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