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金と炭素がつくりだす新たな動的共有結合性を利用した新たな炭素ナノリングの合成法の確立
研究の要旨とポイント
- シクロパラフェニレン(CPP)はナノサイズの環状化合物で、環状のπ共役系に基づく多彩な電子的・光学的性質を持つ機能性有機化合物です。
- 本研究では、以前に著者らの研究グループが発見した環状有機金錯体を経由するCPPの新規合成法に関連する環状有機金錯体の生成機構を明らかにするとともに、金―炭素結合が迅速に交換するという、新たな動的共有結合としての性質を発見しました。
- この金―炭素動的共有結合を応用することで、新たなCPP類を含む効率的な合成法へと拡張しました。
東京理科大学理学部第一部化学科の吉越裕介 助教、斎藤慎一 教授、土戸良高 助教、河合英敏 教授と丹治洋平 大学院生、畑優成 学部4年生の研究グループは、東京工業大学化学生命科学研究所の小坂田耕太郎 名誉教授教ならびに京都大学化学研究所の山子茂 教授、茅原栄一 助教の研究グループと共同して、以前に著者らの研究グループが発見した環状有機金錯体を経由するシクロパラフェニレン(CPP)の合成法について、環状有機金錯体の生成機構を明らかにする過程で、その環状錯体化には金-炭素結合の迅速な交換反応が関与する動的共有結合性を明らかにし、その交換過程の反応機構を提唱しました。またこの動的共有結合性を応用することでCPP類の効率合成や大環状金錯体の再組織化を利用したCPP合成法の拡張に成功しました(図1)。

本研究ではまず種々のオリゴフェニレンジボロン酸エステル[pinB-(C6H4)x-Bpin] (L3-L5) (x =3, 4, 5) (Bpin = ピナコールボロン酸エステル)と二核金(I)錯体 [Au2Cl2(dcpm)] (1) (dcpm = ビス(ジシクロへキシルホスフィノ)メタン)の反応によって、三角形大環状錯体 [Au2(C6H4)x(dcpm)]3 (Au-3-Au-5) (x =3, 4, 5) が収率70%で生成することを見出しました。
次に三角形大環状錯体(Au-3-Au-5)の角を切り出した金錯体[Au2Ph2(dcpm)] (AuC-HH)とそれをフッ素でマーキングした金錯体[Au2(C6H4-4-F)2(dcpm)] (AuC-FF)を反応させると、Ph基と(C6H4-4-F)基が速やかに交換し、[Au2Ph(C6H4-4-F)(dcpm)] (AuC-HF)が生成することを見出しました。これによって、金―炭素結合が迅速に交換可能な動的共有結合性を持つことを見出し、三角形大環状錯体の生成にはこの動的共有結合性による熱力学的支配が関与することを明らかにしました。
最後に2種の異なる大環状金錯体を混合することで、金-炭素結合の交換反応を起こし、異なるオリゴフェニレンリンカー((C6H4)x)が組み込まれた三角形大環状金錯体を形成させ、脱金属反応を経ることによって様々な数のフェニレンユニットを持つ[n]CPPの混合物を得るという新規合成法も開発しました。これを再組織化法と命名し、金-炭素結合が示す動的共有結合性の応用法として示しました。
本研究で明らかにした金―炭素結合の動的共有結合性は、様々なCPPや関連するナノフープの合成を可能にするだけでなく、金―炭素結合を使った金属有機構造体(MOFs)などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2022年7月11日に国際学術誌「JACS Au (An Open Access Journal of The American Chemical Society)」にオンライン掲載され、表紙(Supplementary Journal Cover)にも採択されました。
研究の背景
ベンゼン環をパラ位で“わっか”状に連ねてつなげた化合物群は[n]シクロパラフェニレン([n]CPP)(nは構成されるベンゼン環の枚数)と呼ばれています。主に炭素で構成されたナノサイズの“わっか”状化合物で環状に電子が共役しており、またそのサイズ(nの数)によって「発光色が変わる」あるいは「電子的特性が変化する」といった魅力的な性質を持ちます。カーボンナノチューブやフラーレンの部分構造としての興味深い物性を持つことからも、多くの科学者の注目を集める化合物群です。
一方で、CPPとその類似化合物の合成では、その“わっか”にする工程が極めて困難であるため、従来は合成困難な夢の化合物とされていました。しかし、2009年から2010年にかけて、本論文の著者の一人である山子教授らを含む国内外3つの研究グループがCPPの合成に成功しました。これを皮切りに多様なCPPとその類似化合物が合成され、その分野を大きく躍進しました。
2020年には、本論文の著者である小坂田名誉教授・土戸助教らは、三角形大環状金錯体を経由した新たな[6]CPP合成法を報告しました(Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 59, 22928-22932)。この合成法では市販試薬から2段階でCPPを高い収率で得ることができる点で優れています。しかし、この方法の環化効率の高さについては未解明な部分が多く、またその汎用性についても未開拓な部分がありました。
そこで本研究チームは、環状金錯体を経由するシクロパラフェニレン(CPP)の合成法における環状金錯体の生成機構を明らかにすべく、研究に取り組みました。
研究結果の詳細
先行研究によって開発された反応では、まず原料の二核金(I)錯体 [Au2Cl2(dcpm)] (1) (dcpm = ビス(ジシクロへキシルホスフィノ)メタン)と炭素源 [pinB-(C6H4)2-Bpin] (Bpin = ピナコールボロン酸エステル) を反応させることで三角形大環状金錯体[Au2(C6H4)2(dcpm)]3をつくり、その後、還元的脱離という金属を取り除く反応によって、ベンゼン環6個からなる炭素の“わっか”[6]CPPを取り出すことに成功しています。本研究では、この反応における大環状金錯体の生成過程に着目して解析することで、金-炭素結合が交換可能な動的共有結合であることを見出し、さらにはこの性質を用いることで様々なサイズあるいはカタチを持ったCPP類が合成できる方法を開発しました。
まず著者らは、二核金(I)錯体 1をオリゴフェニレンジボロン酸エステル[pinB-(C6H4)x-Bpin] (L3-L5) (x =3, 4, 5)と反応させることで、三角形大環状錯体 [Au2(C6H4)x(dcpm)]3 (Au-3-Au-5) (x =3, 4, 5) が高収率で生成することを見出しました(収率>70%)(図2)。この高い環化効率は金錯体が持つホスフィン配位子によって変化することも明らかにしました。例えば二核金(I)錯体 [Au2Cl2(dppm)] (1’) (dcpm = ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン)の場合には、三角形大環状錯体を確認することはできませんでした。三角形大環状錯体[Au2(C6H4)x(dcpm)]3 (Au-3-Au-5) (x = 3, 4, 5)を(ジクロロヨード)ベンゼン(PhICl2)によって酸化し、続く還元的脱離を誘発させることで金錯体を取り除き、[n]シクロパラフェニレン([n]CPP)(n = 9, 12, 15)を得ることに成功しました(収率>78%)。

著者らはさらに高い環状錯体化効率の原因を調査し、新しい動的共有結合を発見しました(図3)。三角形大環状錯体(Au-3-Au-5)の角を切り出した金錯体[Au2Ph2(dcpm)] (AuC-HH)、それをフッ素でマーキングした金錯体[Au2(C6H4-4-F)2(dcpm)] (AuC-FF)を試料管内で混ぜました。すると、速やかにPh基と(C6H4-4-F)基が交換し、[Au2Ph(C6H4-4-F)(dcpm)] (AuC-HF)が生成し、AuC-HH:AuC-FF:AuC-HFがおおよそ1:1:2となるような混合物になりました。これらの結果から、金-炭素結合が可逆的に交換可能な動的共有結合であることが明らかになりました。研究グループはこれをモデル反応として解析することで、この交換反応の機構を提唱しました。これによって環化選択性の高さの原因が「分子間で起こる可逆なAu(I)-C σ結合の交換反応」によるものであることを明らかにしました。
より具体的には、(i)まず金錯体1とアリールボロン酸L3-L5を反応させると速やかに金-炭素結合が形成されつつ金錯体とベンゼン環が連なった鎖状錯体が生成し、(ii)次にフラスコ内では金―炭素結合の交換が起き、(iii)結合交換が繰り返されるうちに相対的に安定な三角形大環状錯体が生成する、という機構で環状錯体化が高い選択性で起きることを提唱しました(図4)。
従来の金属-炭素結合の交換反応は高温あるいは媒介する金属触媒が必要とされています。一方で、本研究の金-炭素結合の交換反応はリン配位子と金-金相互作用の効果により、低温でも十分に進行し、かつ媒介する金属触媒は不要です。この点で従来のそれとは異なる新規な動的共有結合性を持つことを明らかにしました。


研究グループはさらにAu(I)-C σ-結合の交換反応を利用して、2種の異なる大環状金錯体の混合により、異なるオリゴフェニレンリンカー((C6H4)x)が組み込まれた大環状金錯体を形成させ、様々な数のフェニレンユニットを持つ[n]CPPの混合物を得るという新規合成法も開発しました。(図5(a))。
具体的には2種類の大環状金錯体Au-3とAu-4を溶媒中で混合し、オリゴフェニレンリンカーの交換反応を誘発させました。その結果、フラスコの中では3枚のフェニレンリンカーと4枚のフェニレンリンカーが三角形の各辺に混在するような4種類の金錯体([3.3.3] (Au-3),[4.3.3],[4.4.3],[4.4.4] (Au-4))が混合物で得られました(図5(a),中央部)。これらの錯体の混合物に対して酸化的塩素化をおこない、続く還元的脱離によって[9]CPPから[12]CPPを一挙に合成することができました。これを「再組織化法(Reorganization approach)」と名付け、CPP類の新たな合成法として発表しました。大環状金錯体のオリゴフェニレンリンカーが実際に交換していることは、核磁気共鳴(NMR)分光法や従来の質量分析(MS)法による確認が困難でした。
そこで、研究グループはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT-ICR:Fourier transform ion cyclotron resonance)法を応用した超高分解能な質量分析法(FT-ICR MALDI-TOF MS法)による解析を試みました(図5(b))。実際に測定したスペクトルから、4種類の金錯体([3.3.3] (Au-3),[4.3.3],[4.4.3],[4.4.4] (Au-4))それぞれの質量に対応するピークを観測しました。


研究グループはこの手法の有効性を検証し、新規CPP類の合成も達成しました(図6)。

本研究で明らかにした金―炭素結合がつくりだす新しい動的共有結合は、様々な機能性CPPや関連するナノフープの合成を可能にするだけでなく、金―炭素結合を使った金属有機構造体(MOFs)など、より高次元の構造体の合成に応用することが期待されます。
※本研究は、科研費若手研究(JP19K15533)、科研費基盤研究(C)(21K05093)、科研費学術変革領域(A)高密度共役(21H05496)、有機合成化学協会・関東化学研究企画賞(KJ18120013)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究(2022-46):人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの助成を受けて実施したものです。
論文情報
雑誌名
JACS Au (An Open Access Journal of The American Chemical Society)
論文タイトル
Dynamic Au–C σ-Bonds Leading to an Efficient Synthesis of [n]Cycloparaphenylenes (n = 9 – 15) by a Self-Assembly
著者
Yusuke Yoshigoe,* Yohei Tanji, Yusei Hata, Kohtaro Osakada, Shinichi Saito, Eiichi Kayahara, Shigeru Yamago, Yoshitaka Tsuchido,* and Hidetoshi Kawai*
DOI
研究室
斎藤(慎)研究室のページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/sslab/
斎藤教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?3B52
吉越助教のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?72e3
河合(英)研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/kawaih/
河合教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6522
土戸助教のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?72e2
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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