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2022.07.01 Fri UP

計算×情報×実験により 人間の経験則を超えた磁性材料の創製に成功
〜未踏物質の発見をアシスト〜

東京理科大学
科学技術振興機構

ポイント

  • 次世代スピントロニクス材料では複雑な相互作用が関与するため、機能開発に膨大な労力が費やされていた。
  • 計算科学・情報科学・実験科学を融合し、高い結晶磁気異方性をもつ材料を効率的に探索し、実際に作製することに成功した。
  • 電子状態の観点でも人間の想像を超える有望な材料を発見できており、新規物質の創製やデバイス開発の加速が期待できる。

東京理科大学大学院 先進工学研究科の古矢大悟 大学院生、宮下拓也 大学院生(当時)、物質・材料研究機構の三浦良雄 グループリーダー、岩﨑悠真 主任研究員、東京理科大学の小嗣真人 教授らの共同研究グループは、計算科学・情報科学・実験科学を融合し、人間の想像を超えた新しい磁性材料を自動的に創製することに成功しました。
次世代スピントロニクスデバイスでは、結晶磁気異方性(注1)の高い材料が求められています。元素種と構造、電子状態が複雑に相互作用するため機能の予測が難しく、これまでは経験則や直感に基づくトライアンドエラーの材料開発が行われてきました。
本研究グループは、第一原理計算(注2)とベイズ最適化(注3)を組み合わせ、従来の約5倍の速度で候補物質を仮想空間上で自動探索できる手法を考案しました。また、単原子交互積層法(注4)を用いて実際に多層膜を作製した結果、既報のL10型FeNi規則合金を超える新しい磁性材料(Fe/Co/Fe/Ni)13の創製に成功しました。さらに電子状態の観点でも、人間の直感を超えた材料を発見できていることを実証できました。
本技術は自律的な材料創製の基盤として、未踏物質の創出やデバイス開発の加速への貢献が期待されます。
本成果は、2022年6月30日(英国時間)に学術誌「Science and Technology of Advanced Materials: Methods」でオンライン公開されました。

本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「科学者の能力を拡張する階層的自律探索手法による新材料の創製」(研究代表者:岩﨑悠真、課題番号JPMJCR21O1)および日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(21H04656、20H02190、JP19H05817)などの支援を受けて行われました。

研究の背景と経緯

近年、磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)(注5)などのスピントロニクスデバイスの開発が急速に進んでおり、高い結晶磁気異方性を有する磁性材料が求められています。例えば2元素2周期で構成されるL10型規則合金は、L10-FePtやL10-FeNiを代表例に、活発な研究が行われており、本研究グループを含め、数多くの成果が報告されてきました。
しかし、構成元素の組み合わせは極めて限定的であり、元素の種類、数、周期性を拡張した材料については、ほとんど探索されてきませんでした。その理由として、多元系の多層膜では、組み合わせ爆発(注6)が容易に起こるため、構成元素の選定や材料作製に多大な時間と労力が必要となるためです。また結晶磁気異方性は結晶構造、磁気モーメント、電子状態などのさまざまなパラメータが複雑に絡み合うため、機能の予想が非常に難しい点も課題です。つまり、専門家の経験に頼った従来の方法は限界を迎えつつあり、高性能な磁性材料を効率的に探索する手法の開発が急務でした。

研究の内容

本研究グループは、計算科学・情報科学・実験科学を融合し、高い結晶磁気異方性材料の候補を効率的に探索すると共に、実験的に新規磁性材料を作製することに成功しました。

①高結晶磁気異方性材料の探索手法の開発
第一原理計算による結晶磁気異方性エネルギーの算出と、ベイズ最適化を繰り返し行い、高い結晶磁気異方性エネルギーを有する材料の探索を行いました。ベイズ最適化のアルゴリズム(カーネル)を検討した結果、全候補の試行回数に比べて5倍の効率で有望な材料を発見できていることがわかりました。これにより、外れ値やノイズなどイレギュラーな要因に影響されにくいロバストな材料探索手法を開発することができました。
結果として、上位3種の候補材料(Fe/Cu/Fe/Cu)、(Fe/Cu/Co/Cu)、(Fe/Co/Fe/Ni)を選出することができました。

②候補材料の作製と解析
パルスレーザー蒸着法(注7)を使用した単原子交互積層法により、3種類の試料(Fe/Cu/Fe/Cu)13、(Fe/Cu/Co/Cu)13、(Fe/Co/Fe/Ni)13を作製し、磁気特性の評価を行いました。その結果、(Fe/Co/Fe/Ni)13で最も高い結晶磁気異方性となる3.74×106 erg/ccを示し、既報のL10型FeNi規則合金(1.30×106 erg/cc)を超えることがわかりました。
また物性物理学の計算手法の一つである二次摂動法(注8)を用いて解析した結果、既報の材料では実現できなかった電子状態で結晶磁気異方性が生じていることがわかりました。これは人間の経験や勘では設計困難な電子状態を、ベイズ最適化が見出していることを意味しています。

本研究では、第一原理計算とベイズ最適化と単原子交互積層法を融合することで、高性能の新規磁性材料を効率的に探索すると共に、実験的に創製する技術の基本原理を実証しました。

今後の展開

本研究の成果により、磁性材料を構成する元素数、層数、周期数の探索範囲が大幅に拡張されるため、新規磁性材料の発見が大いに期待されます。また専門家の経験や先入観に囚われない、今までほとんど着目されなかった組成や構造を有する高機能磁性体が見つかる可能性があります。本手法は磁性材料開発において未到達の広大な材料探索空間を開拓するものであり、省エネで高速動作可能な電子デバイスの実現につながると期待できます。

<参考図>

計算×情報×実験により 人間の経験則を超えた磁性材料の創製に成功
〜未踏物質の発見をアシスト〜
図1 本研究のワークフロー: 第一原理計算で結晶磁気異方性を計算し、ベイズ最適化によって候補物質を効率的に探索します。その次に単原子交互積層法を用いて候補材料を実験的に作製しました。その結果、既報のL10型FeNi規則合金を超える新しい磁性多層膜(Fe/Co/Fe/Ni)13を創製することに成功しました。また電子状態の観点でも、人間の経験則を超えた材料を提案できていることを実証できました。

用語解説

注1) 結晶磁気異方性
物質の結晶構造に由来する磁気モーメントの特定方向への向きやすさ。スピントロニクスデバイスの動作速度や記録密度、またモーターの駆動効率を決定付けている。

注2) 第一原理計算
量子力学の基本法則(第一原理)に基づいて物質中の電子状態を計算し、材料の諸物性を計算する手法。元素種や原子位置などの入力パラメータを任意に設定できるため、未知物質の機能を調査や、実験では測定困難な物理現象を議論することができる。

注3) ベイズ最適化
ブラックボックス関数の最大値(最小値)を求めるために用いられる大域的最適化手法の一つ。学習データより予測モデルを構築し、期待値が高い領域や不確実性を含む領域をバランス良くサンプリングする事で、少ない試行回数で最適解を得ることが可能である。

注4) 単原子交互積層法
原子一層分の厚みで異種元素を順番に蒸着しながら多層膜を作製する技術。

注5) 磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)
一つの磁気抵抗素子を1ビット情報として集積化した電子デバイス。磁気抵抗素子は、磁石の性質を有する材料で構成された二つの層で薄い非磁性層を挟んだ構造を有し、二つの層の磁石の向きが平行な場合と反平行な場合で異なる抵抗を示す。二つの抵抗状態をそれぞれディジタル情報の0と1に割り当てることでメモリとして応用することができる。

注6) 組み合わせ爆発
条件や要素の数が増え、組み合わせが著しく増加することにより、計算量の爆発が生じること。

注7) パルスレーザー蒸着法
真空下において、非常に短い時間間隔で連続的に照射されるレーザーを用いて、金属を蒸発させて基板上に蒸着させる製膜方法。本研究では、Nd: YAGレーザー(波長:266nm)を用いて、MgO(100)基板上にCu層を製膜した後、目的の試料を積層した。

注8) 二次摂動法
電子状態の微細な変化を近似によって求める手法。高次の項を取り込むことでより精密な解析が可能となる。

論文情報

論文タイトル

“Autonomous synthesis system integrating theoretical, informatics, and experimental approaches for large-magnetic-anisotropy materials”
(計算科学と情報科学と実験科学を統合した自律的な高磁気異方性材料創製システムの開発)

DOI

10.1080/27660400.2022.2094698

お問い合わせ先

<研究に関すること>
小嗣 真人(コツギマサト)
東京理科大学 先進工学部マテリアル創成工学科 教授
〒125-8585 東京都葛飾区新宿6-3-1
Tel:03-5876-1412
E-mail : kotsugi【@】rs.tus.ac.jp

<JSTの事業に関すること>
嶋林 ゆう子(シマバヤシユウコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:crest【@】jst.go.jp

<報道担当>
東京理科大学 広報課
Tel:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho【@】jst.go.jp

【@】は@にご変更ください。

研究室

小嗣研究室のページ:https://www.kotsugi.jp/
小嗣教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6b44

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