ニュース&イベント NEWS & EVENTS

2022.06.13 Mon UP

データサイエンスを活用し、物質表面原子構造を高精度で自動解析
~専門知識や熟練した技能は不要、材料開発の加速に期待~

研究の要旨とポイント

  • 薄膜表面構造を原子レベルで分析できる反射高速電子回折(RHEED)法は、出力結果である回折パターン画像の複雑さから、熟練した実験者でないとデータ解釈がしにくい課題があります。機械学習を活用することで、専門知識が無くても専門家と同等の精度で、物質表面の原子構造周期性を自動解析できる新技術を開発しました。
  • この技術を用いて、シリコン基板表面にインジウムを蒸着する過程で生じる表面超構造相転移の自動判定および各表面超構造を合成するために最適な蒸着条件の自動推定にも成功しました。
  • 本技術を適用することで、専門家が時間をかけて解析していた作業を自動化することができ、次世代半導体や高速通信デバイスなどの材料開発のスピードアップにつながると期待されます。

東京理科大学大学院先進工学研究科マテリアル創成工学専攻の吉成朝子氏(2022年度修士課程2年)、物質・材料研究機構(NIMS)の永村直佳主任研究員、岩崎悠真主任研究員、小嗣真人教授(東京理科大学)らの研究グループは、反射高速電子回折(RHEED, ※1)によるシリコン単結晶清浄表面上の吸着原子が構成する表面超構造(※2)解析において、階層的クラスタリング(※3)を組み込んだ手法を適用することで、専門知識や経験を必要とせず、表面構造の変化を自動検出できることを実証しました。また、非負値行列因子分解(NMF, ※4)を使った手法により、狙った表面超構造を合成するために最適な蒸着時間を自動推定できることも明らかにしました。本研究をさらに発展させることで材料開発分野における複雑なデータ解析の自動化が可能になり、次世代半導体分野などの研究開発が促進されることが期待されます。

本研究の成果は、2022年5月24日に国際学術誌「Science and Technology of Advanced Materials: Methods」にオンライン掲載されました。

データサイエンスを活用し、物質表面原子構造を高精度で自動解析<br>~専門知識や熟練した技能は不要、材料開発の加速に期待~
図1 従来のRHEEDデータの解析方法(左)と、本研究で提案した、機械学習分析を用いた手法(右)

研究の背景

昨今の高速大容量情報通信技術の発達に伴う急速なデジタル社会化により、半導体産業が成長を続ける中、世界的なエネルギー需要の逼迫により、半導体デバイスの高速化・高集積化・省電力化が強く求められています。現在の半導体プロセスはナノメートルオーダーに達しており、半導体ナノ薄膜の構造解析は、デバイス設計や新材料開発に非常に重要な役目を担います。

薄膜表面の構造を原子レベルで判定できる分析手法として、RHEEDが広く知られています。RHEEDには、薄膜を合成しながらリアルタイムで構造変化を捉えることが可能な便利さがある一方で、出力結果である回折パターンが複雑なため、熟練した実験者でないと解釈がしにくい課題がありました。

そこで、本研究グループは、RHEEDによる測定結果を、実験者の主観を排除しつつ、自動的に高精度で解析できる方法の開発を行いました。

研究結果の詳細

最も汎用的な半導体材料であるシリコン単結晶の清浄表面上に、インジウム原子を0~1原子層程度吸着させると、シリコン表面はインジウムの吸着量や基板温度のわずかな違いによって異なる表面超構造を形成します。今回、シリコン基板表面に、分子線エピタキシー法(※5)によってインジウムを蒸着し、インジウム極薄膜を合成しながら取得したRHEEDの回折パターン画像データセットに対して各種機械学習を適用した解析を行いました。

1つ目に、画像データセットの中に何種類の異なる表面超構造が含まれているかを検出するために、階層的クラスタリングの複数手法を適用しました。先行研究の相図と比較すると、ウォード法(※6)が最もよく実際の表面超構造相転移を追跡できていることがわかりました。

2つ目に、検出された各表面超構造を狙って合成するための最適プロセス条件を決定するため、それぞれの表面超構造が最もよく(広範囲に)できているインジウム蒸着時間を調査しました。典型的な次元削減手法である主成分分析(PCA)などではうまく情報抽出できなかったため、非負行列のみを分解できるNMFを適用しました。これにより、各構造の最適な蒸着時間を自動的に精度よく求めることに成功しました。

今回の研究成果について、永村主任研究員(NIMS)は「本研究で提案した手法を用いると、熟練した実験者ですら気が付かない回折パターンのわずかな変化も検出できると期待されます。さらに、本研究はシリコン単結晶表面のみならず、金属結晶表面やサファイヤ、シリコンカーバイドや窒化ガリウムなど、半導体デバイス構成において重要な様々な基板上の薄膜成長における表面構造解析に活用できます。次世代半導体や高速通信デバイスなどの研究開発の加速に貢献できるでしょう」と話しています。

※ 本研究は、さきがけ「多次元X線イメージングを活用した原子層機能デバイスの物性制御法探索基盤プロセスの構築(JPMJPR17NB)」、「電位制御マルチプローブと顕微分光による微小領域化学反応オペランド可視化技術の開発(JPMJPR20T7)」、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「科学者の能力を拡張する階層的自律探索手法による新材料の創製(JPMJCR21O1)」、日本学術振興会の科研費(19H02561)、の支援を受けて実施されました。

用語

※1 反射高速電子回折(RHEED):結晶試料に対して、表面すれすれの方向から電子線を入射して、結晶格子で回折してきた電子線を蛍光スクリーンに映し出す実験手法。スクリーンに現れた回折パターンは、結晶構造の周期性や膜質、平坦性、アイランドサイズ、膜厚など、様々な情報を含む。1977年に井野正三らが超高真空RHEEDを開発したことをきっかけに、実用的な表面構造解析手法として世界中に広まった。

※2 表面超構造:結晶表面に特有の原子配列。周辺環境の違いにより、結晶内部の原子とは異なる周期、配列で安定化している。表面超構造では、通常の結晶とは異なる特異な物性を示すことが多い。

※3 階層的クラスタリング:クラスタリングとは、サンプル間の類似性の指標に基づき、似たものの集まりであるクラスターに分割してサンプル間の関係を理解するものである。階層的クラスタリングは、データをひとつひとつ比較して類似性をもとに樹形図を描き、小さなクラスターから順に大きなクラスターを形成していく(凝集型の場合)手法である。

※4 非負値行列因子分解(NMF):要素が0か正の値のみの行列を負の値を持たないという条件下で解析する手法。データの次元削減やクラスタリングに活用できる。

※5 分子線エピタキシー法:気体分子が排除された(高真空)容器内で、原料を蒸発させて、基板表面に照射し、基板上に薄膜結晶を堆積させる成膜手法。原子レベルで平坦な純度の高い膜を作製することが可能。

※6 ウォード法:クラスター間の距離の計算に使用される、階層的クラスタリングの手法の一つ。計算量は多いが、より精確な分類が可能。

論文情報

雑誌名

Science and Technology of Advanced Materials: Methods

論文タイトル

Skill-agnostic analysis of reflection high-energy electron diffraction patterns for Si(111) surface superstructures using machine learning

著者

Asako Yoshinari, Yuma Iwasaki, Masato Kotsugi, Shunsuke Sato and Naoka Nagamura

DOI

10.1080/27660400.2022.2079942

研究室

研究室のページ:https://www.kotsugi.jp/
小嗣教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6b44

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
詳しくはこちら

当サイトでは、利用者動向の調査及び運用改善に役立てるためにCookieを使用しています。当ウェブサイト利用者は、Cookieの使用に許可を与えたものとみなします。詳細は、「プライバシーポリシー」をご確認ください。