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2022.04.18 Mon UP

神経細胞の挙動を模倣した数学的モデルの新たな性質を解明、脳の情報処理機構解明へ一歩前進
~Izhikevichニューロンモデルは実際の神経細胞の応答と同じ周期性を示す~

研究の要旨とポイント

  • 脳を構成する神経細胞の挙動の解明を目指し、数学的手法による理論研究と実際の神経細胞での実験研究が行われています。近年、Izhikevichニューロンモデルという計算効率の高い数学的手法が新たに提案され、有望視されています。
  • 本研究では、この新しい数学的ニューロンモデルが、実際の神経細胞で知られている周期性および準周期性を示すことを明らかにし、神経細胞の挙動を模倣できることを示しました。
  • この成果は神経回路の振る舞いを数理的に明らかにする上で基盤となる重要な知見であり、将来的には、神経細胞の障害に起因する精神疾患の発症機構の解明や治療法の開発に貢献することが期待されます。

東京理科大学工学部情報工学科の池口徹教授、塚本陽太氏(修士課程1年)、對馬帆南氏(博士後期課程3年、日本学術振興会特別研究員)の研究グループは、近年提唱された神経細胞の挙動を模倣する数理モデルであるIzhikevichニューロンモデルが、従来の数学的モデルや実験によって実証されてきた周期性や非周期性を示すことを明らかにしました。この結果は、より計算量が少なく効率的なIzhikevichニューロンモデルが、神経細胞の入出力の周期性や準周期性を、計算量の大きな従来のモデルと同等に模倣することを明らかにしたもので、神経回路網による情報処理を数理モデルから理論的に解明する上で欠かせない重要な基礎となる知見です。

脳は、多数の神経細胞 (ニューロン) が結合した神経回路網 (ニューラルネットワーク) により構成され、それぞれのニューロンが、他のニューロンから入力を受け取り、応答することで情報処理をしています。そのため、脳における情報処理の原理を明らかにするためには、この単一のニューロンにおける入出力時の振る舞いを解明することが必要です。近年では、計算論的神経科学 (computational neuroscience)の手法により、このニューロンの入出力がモデル化され、実際の神経細胞での実験との整合することが示されてきました。しかし、従来モデルは計算量の多いことから、計算量の少なく効率的かつ従来どおりの正確な模倣ができるモデルへの転換が待ち望まれています。

今回の研究では、近年新しく提唱されたIzhikevichニューロンモデルにおけるニューロンの応答パターンを検証し、従来のモデルと同様に周期的応答を模倣することを明らかにしただけでなく、一見不規則な応答のなかに数学的集合パターンを見出すことで、準周期的な応答を示すことも突き止めました。

本研究は単一のニューロンの数理モデルの解析ですが、このモデルを多数用意して結合することで、神経細胞網の解析に用いることが可能になります。この成果は、実際の脳のニューロンの入力と応答のモデル化を可能にし、将来的には、脳神経の発達過程における不均衡が原因となる自閉症スペクトラムなどの精神疾患の発症メカニズムの解明につながることが期待されます。

本研究の成果は、2022年4月1日に国際学術誌「Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE」にオンライン掲載されました。

研究の背景

脳は多数の神経細胞(ニューロン)が結合した神経回路網により構成され、それぞれのニューロンが、他のニューロンから電気的な入力を受け取り、応答することで情報処理をしています。神経科学の分野では、周期的な入力である正弦波入力で刺激された単一ニューロンの応答が実験的に研究されてきました。そうした研究の成果として、ニューロンが周期的な入力に対して周期的、準周期的、カオス的な応答を示すことが明らかになっています。さらに、こうした応答が発生するメカニズムについても研究され、数学的モデルと実験の両面から、実際のニューロンの入力と応答のパターンやメカニズムが解明され始めています。

しかし、従来の数学的モデルであるHodgkin-Huxleyモデルは、実際のニューロンの挙動をよく再現するものの、計算量が多いという問題がありました。そのため、近年提案された計算量の少ない数学的モデルであるIzhikevichニューロンモデルが注目されています。このモデルでは、実際のニューロンで観測される様々なスパイクパターンを再現でき、周期的入力により周期的応答が得られることも報告されています。しかし、カオス応答や準周期的応答のような他の不規則な応答については、これまで調べられていません。そこで本研究では、神経回路の解析に用いる単一細胞モデルとして、Izhikevichニューロンモデルが従来のモデルと同等に神経細胞の挙動を模倣できるのかどうかを検証するために、カオス応答や準周期的応答のような不規則な応答に着目して研究を行いました。

研究結果の詳細

正弦波電流を入力として与えた場合に、Izhikevichニューロンモデルが様々なスパイクの応答パターンを再現するようなパラメーターを設定し、その応答について解析しました。まず、入力に対する応答のダイナミクスについて、平面上で位置や状態を変数としてプロットし、分析を行い、周期的な応答と非周期的な応答の両方が存在するという応答の挙動における質的な違いを発見しました。

次に、スパイク間隔の多様度という定量的な指標を用いて、Izhikevichニューロンモデルにおける正弦波入力と応答の関係を解析しました。その結果、振幅が大きい正弦波入力では周期的な応答が、振幅が小さく周期が比較的大きい正弦波入力では不規則な応答が誘起されること、また、特定の条件下での周期的な応答と不規則な応答の境界を明らかにしました。さらに、この一見不規則な応答の状態がどのように変化しているのかについて、ストロボプロットによる状態の切り出しを行い、不規則応答がカオスではなく準周期的であることを示唆する結果を得ることに成功しました。

周期の規則性についても、周期応答は安定性や自律性をもち、生物のリズム現象でも一般的に見られるリミットサイクルを持ち、非周期応答はいわゆるドーナツ型であるトーラスと呼ばれる図形状に表される準周期応答であり、数学的集合の理論で説明可能であることが明らかになりました。

今回の結果により、より効果的な数学的ニューロンモデルであるIzhikevichニューロンモデルにおいて、ニューロンの挙動を質的に明らかにし、具体的な周期性を明らかにしたことで、このモデルが実際のニューロンが示す周期的および準周期的応答を模倣できることが示されました。

池口教授は「本研究は単一の神経細胞の数理モデルの解析ですが、今後はこの神経細胞のモデルを多数用意してこれらを結合させ、神経回路網を構築し、神経回路網としての振る舞いがどのようになるのかを明らかにする予定です。自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群、広汎性発達障害、統合失調症などの精神疾患の発症は、脳の発達過程における興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの不均衡により導かれることが知られています。本研究の神経細胞の数理モデル解析は、そうした精神疾患発症メカニズムを数理の立場から解明し、将来的には治療法の開発といった重要な応用へと繋がります」と今後の研究の発展への意欲を述べ、応用に期待を示しています。

※本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金(JP17K00348、JP20H00596、JP21H03514)の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE

論文タイトル

Non-periodic responses of the Izhikevich neuron model to periodic inputs

著者

Yota Tsukamoto, Honami Tsushima, and Tohru Ikeguchi

DOI

10.1587/nolta.13.367

研究室

池口研究室のページ:http://www.hisenkei.net/
池口教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?1174

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