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2022.04.07 Thu UP

遅延座標系を用いた非線形時系列データ解析において、
パラメータを適切に設定する新たな手法を開発
~メカニズムが不明かつ複雑なシステムを扱う際の新たな指針~

研究の要旨とポイント

  • 現実のシステムは総じて非線形性をもつことから、観測された時系列データから現実のシステムがもつ特徴の理解や将来の挙動を予測するためには、非線形性を考慮した解析が必要です。
  • 本研究では、非線形力学系から生成された時系列データを解析する上で欠かせない基盤技術である時間遅延座標系(※1)を用いた状態空間(※2)の再構成という手法において、状態空間の次元と遅延時間という二つのパラメータを適切に設定する新たな手法を提案しました。
  • この技術は、メカニズムが不明かつ複雑な現実世界のさまざまなシステムから出力された多種多様なデータを扱う際の新たな指針を示すものであり、今後のデータサイエンス分野の発展に貢献する重要な成果です。

東京理科大学工学部情報工学科の池口徹教授、澤田和弥氏(博士後期課程2年、日本学術振興会特別研究員)、埼玉大学大学院理工学研究科の島田裕准教授らの研究グループは、非線形力学系から生成された時系列データを解析する上で欠かせない基盤技術である時間遅延座標系を用いた状態空間の再構成という手法において、状態空間の次元と遅延時間という二つのパラメータを適切に設定する新たな手法を提案いたしました。

理論モデルと異なり、現実世界におけるシステムは総じて線形理論で記述することが難しく、非線形性を考慮することが必要不可欠です。複雑な振舞いを示す時系列データは、その根底にある非線形なシステムからの出力であると考え、現実のシステムを想定した非線形時系列解析では、時系列データを生み出したシステムの特徴や、複雑な振舞いが生み出される機序の解明、将来予測などを行います。その際、観測された1変数の時系列データを状態空間に変換する方法が一般的に用いられます。しかし、現実世界のデータには、ノイズが含まれる、観測されるデータの長さと精度が有限であるなどの障壁があるため、この手法を実際のデータ解析に応用するためには、様々な検討が必要です。本研究では、この課題を解決するためにアトラクタ(※3)の幾何学的構造に着目した新たな方法論を提案しました。

本成果は、現実世界における多種多様な時系列データの根底にある非線形システムを推定するための重要な手がかりとなることが期待されます。

本研究の成果は、2022年4月1日に国際学術誌「Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE」にオンライン掲載されました。

研究の背景

現実世界における現象は、多くの要因が相互作用する複雑な系を成しており、多くの場合、多変数による非線形項をもつ非線形方程式として表されます。

複雑な現象の根底にある非線形方程式を推定するベースとなる技術として、時間遅延座標系を用いた状態空間の再構成が挙げられます。この手法は、系を記述する変数を全て観測できない場合でも、観測された1変数の時系列データから、その力学系の再構成を可能にする技術です。観測された現実世界のシステムでは、全ての変数のうち観測できる変数はほんの一握りなので、この手法は非常に有用性が高く、さまざまな分野で一般的に用いられています。

この手法では、状態空間の次元と、遅延時間(ステップ数)という2つのパラメータを適切に設定する必要がありますが、最も適切なこれらのパラメータの組み合わせを得るための手法はまだ確立されていません。

研究結果の詳細

本研究では、最も適切な状態空間の次元数と遅延時間の組み合わせを得るため、アトラクタがもつ幾何学的な構造に注目しました。まず、ローレンツ方程式(※4)などの典型的な5つの非線形方程式から1次元時系列データを作成し、それに基づく時間遅延座標系から状態空間を再構成しました。

次に、真のアトラクタと再構成アトラクタの2点間距離分布(※5)を算出しました。それぞれ算出した2点間距離分布の類似性を算出すると、状態空間の次元数と時間遅延の積がほぼ一定となるときに、類似度が最も高くなることがわかりました。

理論研究から、時間遅延座標系の振る舞いは、元の状態空間の振る舞いと一対一に対応することが証明されていますが、この手法を実際のデータ解析に応用するためには、適切な遅延時間と状態空間の次元数を設定する必要がありました。しかし、これまで、これらのパラメータの最適な組み合わせを割り出す方法は確立されていませんでした。非線形時系列解析で一般的に用いられる、時間遅延座標系を用いた状態空間再構成において、最適なパラメータ選択手法の新たな指針を示した本成果は、メカニズムが未解明な現象の予測や解析における基盤として、今後のデータサイエンス分野の発展に大きく貢献すると期待されます。

※本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP17K00348、 JP20H00596、 JP21H03508、 JP21H03514)の助成を受けて実施したものです。

用語

※1 時間遅延座標系
系が決定論的なダイナミクスを持っているとき、系の一つの変数について十分なステップ数の履歴を新たな座標系としてみなしたもの。「時間遅れ座標系」とも呼ばれる。

※2 状態空間
微分方程式で記述できる物理システムにおける物理量を状態変数と呼び、n個の状態変数からなるn次元の状態ベクトルで張られる空間を状態空間と呼ぶ。つまり、状態空間とは、系がとりうる状態全体の作る空間であり、系のシステムの動きは状態空間内における状態変数の移動と捉えられる。

※3 アトラクタ
エネルギーが保存されない散逸系の状態空間において、時間発展に伴って系の状態を表す点の描く軌道が惹きつける性質を持った領域のこと。力学系の特徴を調べる上で、アトラクタの構造を調べることは重要である。

※4 ローレンツ方程式
物理学者のエドワード・ローレンツが1963年に提案した3次元の非線形常微分方程式。時間発展に従って複雑で予測不可能な挙動、カオス的振舞いを示す方程式として有名である。蝶の羽のような形のアトラクタをもつ。

※5 2点間距離分布
離散的なデータの解析において、各データ間の距離が従う分布。

論文情報

雑誌名

Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE

論文タイトル

Similarities of inter-point distance distributions on original and reconstructed attractors

著者

Kazuya Sawada, Yutaka Shimada and Tohru Ikeguchi

DOI

10.1587/nolta.13.385

研究室

池口研究室のページ:http://www.hisenkei.net/
池口教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?1174

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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