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2021.12.13 Mon UP

アレルギー性疾患に重要なケモカインTARC/CCL17発現制御機構の解明
~免疫反応を応用した新たな治療法の開発に寄与~

研究の要旨とポイント

  • ケモカインの1種であるTARC/CCL17はアレルギー性疾患との関わりが深く、生体内において重要な役割を担っていますが、その発現制御機構については未解明のままでした。
  • 今回、樹状細胞がTARCを発現する仕組みとして、2つの転写因子PU.1とIRF4が協調的な転写活性化を行うことなど、発現制御機構の詳細を解明し、この知見を元に、PU.1 siRNAを用いてモデルマウスにおける気管支喘息の病態を緩和することに成功しました。
  • 本研究を発展させることで、アレルギー性疾患に対する治療法の開発につながることが期待されます。

東京理科大学先進工学部生命システム工学科の西山千春教授らの研究グループは、ケモカインの1種であるTARC/CCL17の発現制御機構を解明することに成功しました。また、喘息モデルマウスに転写因子PU.1のsiRNAを点鼻投与することによって、気管支喘息による炎症を抑制できることを実証しました。これらの研究成果は、生体内反応に関する有用な知見であり、免疫療法における新たな治療法の開発に貢献することが期待されます。

TARC/CCL17(Thymus and activation-regulated chemokine/chemokine ligand 17、以下TARC)は、胸腺で樹状細胞やマクロファージなどの免疫細胞によって生成されるケモカイン(※1)の1種です。ケモカインには細胞の遊走を促進させる性質があり、免疫細胞を誘引することで、免疫反応を制御することができます。TARCはT細胞や好酸球の遊走を活性化するため、生体内への細菌の侵入やウイルス感染において重要な役割を果たす、生体には欠かせない重要な分子の1つです。さらに、アトピー性皮膚炎の重症度と相関するバイオマーカーとしても有用です。しかしながら、その発現制御機構に関する詳細は今までに明らかになっていませんでした。

今回、これまで未解明だったTARCの発現制御機構においてPU.1が重要な役割を担っていること、PU.1とIRF4の2つの転写因子が協調的に働くことなど、生物分子学的に有用な知見を多数獲得することができました。さらに、喘息モデルマウスに転写因子PU.1のsiRNA(※1)を点鼻投与することによって、気管支喘息による炎症を抑制できることも示しました。今後のさらなる研究の発展によって、免疫反応を応用したアレルギー性疾患の治療法の開発への貢献が期待されます。

本研究成果は、2021年11月22日に国際学術誌「Allergy」にオンライン掲載されました。

研究の背景

免疫細胞の一種である樹状細胞は、体内に侵入してきた細菌やウイルスが感染した細胞を取り込み、取り込んだ細胞の特徴をT細胞などのリンパ球に提示し、攻撃するように指示する役割を果たしています。ケモカインの一種であるTARCは樹状細胞などの免疫細胞に加え、表皮角化細胞などの非血球系細胞でも発現するという特徴を持ち、Ccl17遺伝子にコードされています。TARCはリンパ球を誘引、活性化する性質があるので、アレルギー性疾患に効果を発揮します。例えば、喘息やアトピー性皮膚炎では局所的、また全身的にTARCの発現が増加し、特に、アトピー性皮膚炎では血中TARC濃度が著しく増加することが知られています。樹状細胞はTARCの主要な発現部位であるにもかかわらず、転写因子などの発現制御機構については、これまで明らかになっていませんでした。

本研究グループは、過去の研究結果から、転写調節因子PU.1は血球系幹細胞から樹状細胞への分化および機能発現に重要な役割を果たすことを明らかにしていました。その成果を踏まえ、西山教授らはPU.1が樹状細胞の分化や遺伝子の発現を制御可能なマスター転写因子であることに興味を持ち、研究を進めてきました。今回、TARCとPU.1との関係について、その詳細を明らかにすることを目的として各種検討を行いました。

研究結果の詳細

本研究グループは、まず、骨髄由来の樹状細胞にPU .1をコードするSpi1遺伝子のSiRNA(Spi1 siRNA)を導入し、PU.1をノックダウン(※3)させることで、TARCとPU.1の相関を明らかにしようと試みました。この実験の結果、TARCのmRNA量が著しく減少することを確認しました。また、Spi1 siRNAの導入によって、PU.1のmRNA濃度も減少し、これによって、結合パートナーである転写因子IRF4とIRF8のmRNA量も減少することが判明しました。また、樹状細胞以外の細胞でも2つの転写因子PU.1とIRF4を人工的に強制発現させることによって、Ccl17遺伝子を転写活性化させ、TARCタンパク質を合成することができ、PU.1とIRF4がTARC発現の鍵分子であることが証明されました。
研究グループは、Ccl17遺伝子の近位領域にある特定の配列にPU.1とIRF4が結合していること、この領域はマウスやヒトの遺伝子に共通して存在していること、SPI1 siRNAを導入したヒトの白血病由来単球系細胞株(THP-1)やヒト単球由来の樹状細胞では、CCL17遺伝子の発現が低下していたことも明らかにしました。さらに、ヒトの場合、樹状細胞・単球系でCCL17遺伝子のmRNAが転写される配列に加え、表皮角化細胞で遺伝子が転写される配列も存在し、マウス遺伝子より複雑であることが示唆されました。これは、ヒトの様々な組織でTARCの総量に占める免疫細胞由来TARCの比率が推定できることを意味する、非常に興味深い発見です。
次に生体内でのTARCの発生と機能におけるPU.1の関与を評価するために、喘息モデルマウスを用いた実験を行いました。免疫細胞を標的とするように設計されたトランスフェクション試薬(※4)を使用しPU.1 siRNAを点鼻投与した実験では、気管支肺胞洗浄液(BALF)中のTARC濃度が減少し、喘息モデルマウスの気管支内のCCR4+/CD4+ T細胞の遊走が抑制され、さらに、肺の炎症が緩和することも確認され、PU.1が樹状細胞機能、生体の免疫応答を制御する上で重要な因子であると結論づけられました。以上の成果により、TARCの発現制御機構を理解することで、免疫系の調節が可能になり、新たな治療法の開発につながることが期待されます。

本研究の成果について、東京理科大学の西山千春教授は「これまでに、PU.1のsiRNAに接触性皮膚炎の病態改善効果があることを報告していましたが、今回、点鼻という方法で気管支喘息に一定の効果があることを示すことができました。遺伝子に関する基礎的な研究と、治療に繋がる応用的なアプローチの両方を報告できたことは大変意義深いと思います」と話しています。

用語説明

※1 ケモカイン:細胞遊走活性を主な機能とするサイトカインの一群。生体内の様々な細胞の組織内移動や局在を制御する働きがある低分子タンパク質。

※2 siRNA(small interfering RNA):21~23塩基対からなる低分子二本鎖RNA。RNA干渉(二本鎖RNAと相補的な塩基配列を有するmRNAが分解される現象)に関与し、mRNAを破壊することによって特定の配列を持つ遺伝子の発現を抑制する。

※3 ノックダウン:細胞内に短い二本鎖RNAの断片を導入し、標的のmRNAの働きを抑制すること。mRNAによる転写量を減少させることで、その後の反応を阻害することができる。

※4 トランスフェクション:核酸を人工的に動物細胞内に導入する手法。目的のタンパク質を発現させることや、逆に阻害させることができる。

論文情報

雑誌名

Allergy

論文タイトル

The Ccl17 gene encoding TARC is synergistically transactivated by PU.1 and IRF4 driven by the mammalian common promoter in dendritic cell

著者

Naoto Ito, Fumiya Sakata, Masakazu Hachisu, Kazuki Nagata, Tomoka Ito, Kurumi Nomura, Masanori Nagaoka, Keito Inaba, Mutsuko Hara, Nobuhiro Nakano, Tadaaki Nakajima, Takuya Yashiro, and Chiharu Nishiyama

DOI

10.1111/all.15184

発表者

伊藤 直人 東京理科大学 西山研究室 修士課程2年 <筆頭著者>

坂田 文弥 東京理科大学 西山研究室 修士課程修了(2018年度修士卒) <筆頭著者>

八須 匡和 東京理科大学 西山研究室 嘱託講師 <筆頭著者>

長田 和樹 東京理科大学 西山研究室 博士課程2年

伊藤 朋香 東京理科大学 西山研究室 修士課程2年

野村 くるみ 東京理科大学 西山研究室 修士課程修了(2015年度修士卒)

長岡 雅典 東京理科大学 西山研究室 修士課程修了(2015年度修士卒)

稲葉 啓人 東京大学 新領域 修士課程修了(2018年度修士卒)

原 むつ子 順天堂大学大学院 医学研究科 アトピー疾患研究センター 技術員 (西山研究室 客員研究員)

中野 信浩 順天堂大学大学院 医学研究科 アトピー疾患研究センター 助教

中島 忠章 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 友岡研究室 助教(当時)

八代 拓也 東京理科大学 西山研究室 嘱託講師(当時)

西山 千春 東京理科大学 西山研究室 教授 <責任著者>

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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