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2021.09.30 Thu UP

オピオイドは末梢の免疫細胞をも調節する
~腸管免疫細胞の調節を通じた炎症の改善を実証~

研究の要旨とポイント

  • δオピオイド作動薬であるKNT-127は、痙攣やカタレプシーなどの副作用がなく鎮痛効果や抗うつ・抗不安作用を有する有望な新規物質ですが、中枢神経系への影響についての知見は蓄積しているものの、免疫調節機能などの末梢組織での機能はよくわかっていませんでした。
  • 本研究では、大腸炎を誘導したマウスにおいて、KNT-127が免疫調節を通じ、症状を改善することを示し、免疫調節薬としての側面を持つことが新たに明らかになりました。
  • この成果は、免疫系と神経系のクロストークを明らかにする基礎研究の進展と、免疫疾患や神経疾患の新たな治療法開発の第一歩となることが期待されます。

東京理科大学先進工学部生命システム工学科の西山千春教授、長田和樹氏(博士後期課程2年)、奥住あゆみ氏(グローバルサイエンスキャンパス受講生、研究当時)筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の長瀬博特命教授の研究グループは、δオピオイド選択的作動薬とマウス実験系を組み合わせた解析から、オピオイドが免疫細胞の炎症反応を制御し、炎症性腸疾患を緩和する可能性を明らかにしました。本研究成果は、2021年9月22日に国際学術誌「Frontiers in Immunology」にオンライン掲載されました。

オピオイド受容体作動薬のうち、δオピオイド受容体(DOR)作動薬は他の受容体作動薬に比べて鎮痛効果は弱いものの、強い抗うつ・抗不安作用を示し、副作用が少ないことから、新薬開発において注目されてきました。オピオイドが免疫機能に及ぼす影響については、モルヒネが免疫反応を抑制することを報告した例がありますが、詳細な分子機構は多くが不明です。これまで、オピオイドとその受容体(δ、κ、μの3種類)について、中枢神経系(CNS)に関する研究が中心でしたが、近年、さまざまな細胞や組織にオピオイドや受容体の発現が確認され、末梢免疫細胞での調節機能が注目されています。

西山教授らの研究グループは、不明な点が多いオピオイドと免疫の関係について、DOR選択的作動薬であるKNT1-127とマウス実験系を組み合わせた解析を行いました。これにより、オピオイドが免疫細胞の炎症反応を制御し、炎症性腸疾患を緩和する可能性を見出しました。

この結果は、免疫細胞が直接オピオイドの制御を受けて、過剰な炎症反応が制御される可能性を示しています。これにより、新薬候補となる物質の発見のみならず、免疫系と神経系という複雑な生体反応が相互に制御し合う高度な生命現象を解き明かす一歩になることが期待されます。

オピオイドは末梢の免疫細胞をも調節する~腸管免疫細胞の調節を通じた炎症の改善を実証~

研究の背景

オピオイドは、痛み、かゆみ、感情、自律運動などのさまざまな生物学的プロセスを制御する物質であり、主にCNSでの作用が着目され、研究が進んでいます。オピオイドの受容体は、δ、κ、μの3種に分類され、その中でもDOR作動薬は他の受容体に作用する作動薬に比べて、副作用が少ないことで研究対象として注目されてきました。

ノックアウトマウスを用いた実験では、中枢神経系のDORには抑うつ行動の抑制などの効果があることが示されています。また、in vitroの実験では、内因性のオピオイドには、モルヒネと同様に免疫細胞を調節するはたらきがあることが報告されています。

そこで本研究では、長瀬特命教授が開発したDOR作動薬であるKNT-127が、マウスの免疫細胞の炎症の制御にどのような影響を与えるか調べました。KNT-127はDOR選択性が高く、従来のDOR作動薬よりも100倍以上の作用活性を示すのみならず、血液脳関門の透過性も従来薬よりも大幅に改善されています。そのため、これまでにKNT-127がCNSに与える影響については研究が蓄積されており、他のDOR作動薬の副作用である痙攣・カタレプシーが完全に分離されていることも判明しています。しかし、末梢組織や免疫細胞への影響については、詳しいことはわかっていませんでした。

研究結果の詳細

西山教授らの研究チームでは、長田さんが中心となり、炎症性腸疾患(IBD)の動物モデルであるデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性大腸炎マウスを用いて、KNT-127が大腸炎に及ぼす影響を調べました。その結果、KNT-127投与マウスでは、病理学的な評価となる疾患活動性指標(DAI)の改善や、体重減少の軽減、IBDの症状である萎縮による大腸長の短縮の減少などの改善が見られました。また、血液脳関門を通過しないKNT-127誘導体の腹腔投与でも病態改善効果が見られたこと、KNT-127の脳室内局所投与には効果がなく、脳でのオピオイド受容体などのmRNA発現に変化がなかったことなどから、こうしたKNT-127の大腸炎改善効果は、CNSへの作用に起因するものではないことが示されました。IBDを発症した腸管内での細菌に対する防御機構についても、関連するmRNAの発現が増加することはなく、KNT-127は抗菌作用に影響を及ぼすものではないことが明らかになりました。

その一方で、KNT-127の投与により、炎症性サイトカインIL-6や炎症マーカーであるCRPの血清中濃度が、進行期の病態において減少していることがわかりました。また、病態の進行期には炎症性サイトカインの産生細胞であるマクロファージが腸間膜リンパ節で減少しており、マーカーの発現変動を踏まえるとKNT-127がマクロファージの遊走を調節している可能性が考えられました。さらに回復期には、制御性T細胞の分化が促進されていることもわかりました。In vitroの実験系を用いて直接的な影響を検証した結果、KNT-127はマクロファージに対して直接TNF-αやIL-6の産生を抑制する効果があること、さらに、制御性T細胞の分化を促進する作用があることがわかりました。以上のことからKNT-127には、末梢組織である大腸やその近傍の組織で免疫細胞の局在と分化を調節する機能があり、大腸炎症状を改善することが示されました。

これらの結果から、DOR作動薬であるKNT-127は、免疫細胞を調節することによってDSS誘発性大腸炎の病理的症状を改善することが示されました。これは、オピオイド系化合物が免疫調節薬として開発される新たな可能性を示すものでもあります。今後、オピオイドが免疫細胞の機能や発達を調節する分子メカニズムの詳細について解明することで、他の免疫疾患に奏効するメカニズムに関する知見を得て、免疫疾患薬としての応用につなげることが期待されます。

研究を主導した西山教授は、「近年では、脳腸相関という、ストレスが腸の健康状態を悪化させたり、逆に腸での炎症が脳の健全性に影響を及ぼしたりといった脳と腸が密接に関係し合う現象に関する研究が注目されています。引き続き詳細な解析を進めることによって、免疫系と神経系のクロストークを明らかにする基礎研究の進展と、免疫疾患や神経疾患を治療する新たなアプローチ開発に繋がることが期待されます」として、新しく発見された免疫調節機構に関する研究の発展に期待を示しています。

※本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B) (20H02939)、特別研究員奨励費(21J12113)、東京理科大学学長研究推進助成、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、飯島藤十郎記念食品科学振興財団、武田科学振興財団生命科学研究助成、三島海雲記念財団学術研究奨励金の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Immunology

論文タイトル

Delta opioid receptor agonists ameliorate colonic inflammation by modulating immune responses

著者

Kazuki Nagata, Hiroshi Nagase, Ayumi Okuzumi, and Chiharu Nishiyama

DOI

10.3389/fimmu.2021.730706

研究室

西山研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/chinishi/
西山教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6821

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