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2021.03.16 Tue UP

DNA修復に関与するニワトリFANCM-MHF複合体の結晶構造解析に成功
~いまだ謎の多いFANCM-MHF複合体の性質解明に期待~

研究の要旨とポイント
  • ●ニワトリFANCM-MHF複合体の結晶を作製し、その構造解析に成功しました。
  • ●FANCM-MHF複合体の安定性に、酸化と疎水性相互作用が影響を与える可能性を見出しました。この知見によりFANCM-MHF複合体の安定性を高めることができ、いまだ謎の多いこの複合体の性質解明に役立つと期待されます。
  • ●DNA修復機構の解明により、がんや遺伝病の治療にさらなる進歩がもたらされると期待されます。

東京理科大学基礎工学部生物工学科の西野達哉准教授および伊藤翔氏(博士課程3年)は、ニワトリFANCM-MHF複合体の結晶を作製し、その構造解析に成功しました。

FANCM-MHF複合体は、DNA修復に関与するタンパク質です。遺伝情報を保持するDNAは、熱や紫外線、化学物質など様々な要因から損傷を受け、常に変化しています。個体の生存には遺伝情報の安定的な維持が重要であるため、真核生物にはDNAの損傷を修復する機構が共通して存在しています。
DNA損傷には様々なタイプがありますが、その中でもDNA鎖間架橋は特に有害な損傷です。2本のDNA鎖は水素結合により互いにゆるく結合し、DNA複製や転写の際には2本の鎖が分離します。しかし、特定の損傷要因によって共有結合が誘発され、互いに強く結合することがあります。これがDNA鎖間架橋です。DNA鎖間架橋が起こると、2本の鎖が分離せず、複製や転写が途中で停止してしまい、ゲノムが不安定化し、生体機能に異常が生じます。
DNA鎖間架橋の修復には20を超えるタンパク質が関与し、本研究のFANCMもそのうちの1つです。このタンパク質群に欠陥があると、ファンコニ貧血(Fanconi Anemia, FA)という重篤な遺伝性疾患を発症することが知られ、この修復経路はFA経路と呼ばれます。FANCMは、DNA結合タンパク質であるMHF(MHF1およびMHF2)と複合体を形成し、このFA経路の活性化に機能すると考えられています。

タンパク質は一般に、一列に連なるアミノ酸が複雑に折りたたまれて、独自の立体構造を形成することで、生理機能を発揮します。そのため、タンパク質の機能解明には、その立体構造解析が重要となります。タンパク質の現在最も有力な立体構造解析手段は、X線結晶構造解析です。これには、X線を強く回折する乱れのない、ある程度大きな結晶が必要となりますが、このような結晶を得ることは非常に難しく、最適な結晶化条件を見つけるまで試行錯誤を要します。

本研究ではFANCM-MHF複合体を含む結晶を作製し、その構造を解析することに成功しました。また、生化学的分析から、この複合体の安定性を高める可能性のある知見が得られました。これは、DNA修復という非常に重要な機能を有するFANCM-MHF複合体の性質解明に役立つと期待されます。

研究の背景

FANCM-MHF複合体は、細胞内で非常に重要な機能を果たすにもかかわらず、その性質はほとんど解明されていませんでした。
MHFは、DNA修復と染色体分配の2つの異なる機構にまたがって機能するタンパク質です。西野准教授は、MHFがこれら2つの異なる機構でどのように機能しているか興味をもち、研究を行っています。

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研究結果の詳細

<FANCM-MHF複合体の作製>
結晶作製のためには、目的とするタンパク質が大量に必要となります。研究グループは、ニワトリのFANCM遺伝子、MHF1遺伝子およびMHF2遺伝子を、小型の環状DNAであるプラスミドに組み込み、この組換えプラスミドを大腸菌に導入しました。この大腸菌を培養し、目的とするタンパク質を複合体として共発現させました。

<結晶化試験>
得られたタンパク質を精製したのち、以下の2つの方法で結晶化試験を行いました。
まず、Mosquito結晶化ロボットを用いて結晶化を試みました。この結果、2つの結晶(①針状結晶と②四面体状結晶)を得ました。
次に、手動で結晶化を試みました。これにより得られた結果物は、重い油膜と針状の結晶を含んでいました。油膜は、結晶化溶液と空気の境界面に形成されていました。結晶構造解析に供することができるよう結晶化条件を最適化し、③棒状結晶を得ました。SDS-PAGE(電流を流したポリアクリルアミドゲル中で、分子量に従ってタンパク質を分離する方法)により調べると、油膜表面に形成された膜にはFANCM-MHFが含まれていましたが、その内側の液体と結晶にはMHFのみが含まれていました。

<X線結晶構造解析>
以上によって得られた結晶①〜③について、X線結晶構造解析を行い、分子置換法により各結晶構造を決定しました。

②四面体状結晶と③棒状結晶は、MHF(MHF1およびMHF2)のみを含んでいました。
②四面体状結晶は、C2空間群に属しました(1.25Å分解能)。非対称単位に1つのヘテロ二量体(それぞれ1つのMHF1とMHF2から構成される構造)を含み、結晶対称性によりヘテロ四量体(それぞれ2つのMHF1とMHF2から構成される構造)を形成しました。
③棒状結晶は、P41212空間群に属しました(2.0Å分解能)。非対称単位に1つのヘテロ四量体を含みました。

①針状結晶は、FANCM-MHF複合体を含んでいました。この構造は、P212121空間群に属しました(2.8Å分解能)。非対称単位に1つのFANCM-MHFヘテロ五量体(1つのFANCMと、それぞれ2つのMHF1とMHF2から構成される構造)を含みました。FANCMは、MHFが構成するヘテロ四量体に非対称に結合していました。ニワトリFANCM-MHF複合体の構造は、ヒトのものと似ていました。

②四面体状結晶および③棒状結晶から得られたMHFの構造は、以前に西野准教授が決定したMHFの構造と非常に似ていました。異なっていた点は、③棒状結晶から得られたMHF1のもつαヘリックス(らせん状の構造)が、他の構造のものと23°回転していたことです。これは、おそらく結晶時に生じたものと考えられます。

予想に反して、共発現させたFANCM-MHF複合体は解離し、MHFはそれ自体で結晶を形成していました。この理由として、精製した複合体中にMHFが一部存在した可能性、またはこの結晶化試験中の成分がこの複合体を破壊した可能性が考えられました。

<FANCM-MHF複合体の性質評価>
これらの可能性を調べるため、FANCM-MHF複合体とMHF についてnative PAGE(電流を流したポリアクリルアミドゲル中で、分子量、形状および電荷に従ってタンパク質を分離する方法)を行いました。FANCM-MHF複合体とMHFは異なるバンド(分離されたタンパク質が染色されて可視化されたもの)パターンを形成しました。 さらに、native PAGEで形成されたFANCM-MHF複合体のバンドを切り取り、SDS-PAGEを行うと、FANCM-MHF複合体はほぼ均質のようでした。MHFは少量のみ(〜3%)含まれていました。

興味深いことに、native-PAGEを行う際2-メチル-2,4-ペンタンジオール(MPD)を加えると、20%まではFANCM-MHF複合体のバンドパターンは変化しませんでしたが、30%以上添加するとバンドが崩れ、MHFのバンドパターンに近くなりました。MHFに30% MPDを添加してもそのようなバンド変化は見られなかったことから、MPDが複合体からのFANCMの解離を促進することが考えられます。結晶化に用いた他の成分についても同様に調べましたが、このようなバンド変化はみられませんでした。

MPDは、両親媒性の小さな分子であることから、タンパク質を溶解させるため一般に用いられる有機溶媒です。複合体形成時、FANCMはMHF の表面領域と相互作用しますが、この相互作用には水素結合、塩橋および疎水性相互作用が関与します。MHFのこの表面領域は、他よりも疎水性傾向にあることから、MPDがこの領域に結合し、FANCMの解離を促進する可能性があります。

また、手動で結晶化を行った際、空気に触れる部分でFANCM-MHF複合体を含む膜が形成されていたことから、FANCM-MHF複合体は酸化の影響を受ける可能性があります。今回実験に用いたニワトリFANCM遺伝子の構成中には、4つのシステイン残基(Cys670、Cys679、Cys759、Cys779)が含まれています。このうち、Cys670は溶媒に露出し、無秩序領域(秩序だった構造をもたないタンパク質の領域)に位置しているため、酸化の影響を受けやすいと考えられます。したがって、ニワトリFANCM遺伝子の無秩序領域の短縮化は、FANCM-MHF複合体の安定性を高める可能性があります。

今回の結果について、西野准教授は、「安定と思われていたFANCM-MHF複合体が、条件によっては解離するという意外な発見は、これまで見過ごされていた複合体の性質や生体内での重要な現象に迫ることができ、さらに、この複合体をうまく利用することで、がんや遺伝病の治療、人工染色体の作製や新たなバイオテクノロジーツールの開発につながるでしょう」としています。

DNA修復に関与するニワトリFANCM-MHF複合体の結晶構造解析に成功~いまだ謎の多いFANCM-MHF複合体の性質解明に期待~

図.MHF複合体(MHF1-2複合体)およびFANCM-MHF複合体(FANCM-MHF1-2複合体)の立体構造。MHF複合体はそれぞれ2つのMHF1とMHF2から構成され、1つのFANCMと相互作用することによりFANCM-MHF複合体を構成する。FANCMは酸化や有機溶媒の影響により複合体から解離しやすく、解離したFANCMは不安定な構造であるため、他のFANCM-MHF複合体に結合する。

※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(1739)、国立遺伝学研究所公募型共同研究(NIG-JOINT)(6A2017、2A2018、85A2019)および大阪大学蛋白質研究所(CR-17-05、CR-18-05、CR-19-05)、ならびに日本学術振興会 科学研究費助成事業(16K07279、20K06512)の助成を受けて実施したものです。

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論文情報

雑誌名
Acta Crystallographica Section F: Structural Biology Communications
論文タイトル
Structural analysis of the chicken FANCM-MHF complex and its stability
著者
Sho Ito, Tatsuya Nishino
DOI
10.1107/S2053230X20016003

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西野研究室
研究室のページ:https://nishinotatsuya.wixsite.com/toppage
西野准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6b22

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