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2020.09.30 Wed UP

複雑ネットワークと同期の基礎理論を用いた翼列フラッタの予兆検知
〜航空工学分野における新領域の開拓に大きく寄与〜

研究の要旨とポイント
  • ●航空エンジンタービンで生じる翼列フラッタは、エンジンの破損につながる危険性があることから、航空エンジン開発において重要な問題です。
  • ●本研究では、複雑ネットワークと同期の基礎理論を組み合わせた独自の方法論を用いて、翼列フラッタの予兆検知を行いました。
  • ●本研究で示した方法論は、航空エンジンの技術開発だけでなく、航空工学分野における非線形問題の学術的体系化と新領域の開拓に大きく貢献すると期待されます。

複雑ネットワークと同期の基礎理論を用いた翼列フラッタの予兆検知 〜航空工学分野における新領域の開拓に大きく寄与〜

東京理科大学工学部機械工学科の後藤田浩准教授、東京理科大学大学院工学研究科機械工学専攻の八條貴誉氏(2019年度修了)は、宇宙航空研究開発機構航空技術部門との共同研究により、複雑ネットワークと同期の基礎理論に着目して、航空エンジンタービンで発生する翼列フラッタの予兆を検知するための独自の方法論を提案しました。翼列フラッタは翼の破損を引き起こす危険性のある空力弾性不安定現象です。翼列フラッタの予兆を検知する方法論は、航空エンジン開発の高度化に寄与することが期待されることから、米国物理学会(American Physical Society)の学術誌「Physical Review Applied」に、2019年1月20日付で投稿し、2020年7月30日付で掲載されました。

空気の流れにさらされた物体は、空気力と弾性力が相互に作用し合って自励的に振動する場合があります。このような空力弾性不安定により、航空エンジンのタービン翼の破損につながる翼列フラッタ(※1)が発生します。翼列フラッタの発生は航空エンジンの技術的発展で大きな障害の一つとなっており、今日の航空工学分野における重要な課題の一つです。そこで、本学と宇宙航空研究開発機構は、複雑系科学の分野で体系化が進むネットワークと同期の科学の視点から、翼列フラッタの予兆検知を試みました。低圧タービンの個々の翼を非線形振動子と見立て、それらが相互に作用する複雑ネットワーク(※2)を構築し、翼列フラッタが発生しているときに、ネットワーク上で集団的な同期が形成されることを明らかにしました。

本研究で提案した翼列フラッタの予兆検知法は、航空エンジンの設計段階における安全評価に新しい指針を与えるだけでなく、航空宇宙工学分野における非線形問題の学術的体系化と新領域の開拓に大きく貢献します。

研究の背景

現在、航空機における温室効果ガスの排出基準を強化し、環境性能をより向上させた航空機の研究開発が促されています。航空機エンジンの高バイパス比化(※3)による推進効率と燃費効率の向上は、二酸化炭素排出量の低減に繋がります。高バイパス比化にはタービン部の軽量化が非常に重要となりますが、軽量化に伴いタービン翼の剛性が低下し、流体構造連成によるフラッタの発生が懸念されます。フラッタが発生した場合、エンジンの大きな振動や回転翼を含む部品の損傷、さらには、燃焼器からの逆流によるエンジン火災などの航空機の重大な事故につながる場合があります。エンジン運転時には、フラッタが突発的に発生する場合があり、運転者は発生後に初めてそれを認知し、エンジンの緊急停止などの措置を取らざるを得ないのが現状です。

一般にターボ機械(※4)の運転時には、フラッタが発生しにくいように設定された設計作動線上の安定作動条件に限定して運転し、フラッタ発生のリスクを回避しています。設計段階では、不安定作動による損傷を回避するため、翼の厚みや幅などを最適形状の翼より増やしたり、圧縮性能や膨張性能をやや低めに抑えるような安全設計がとられています。しかしながら、大口径で薄型の翼形状を用いることが必要となってきており、安全設計や運転制御だけではフラッタの回避が厳しくなっています。そのため、設計段階でフラッタの予兆を検知できる方法論の構築が航空工学分野で強く望まれています。

一方、就航路や鉄道網の交通ネットワーク、人間関係のネットワークやインターネットなど、現実世界には様々な複雑なネットワークが存在しています。人、物、事の関係性をデータから紐解くネットワーク科学は、近年の複雑系科学における重要な学問領域として目覚ましい発展を遂げ、新しいパラダイムを創出しています。固有の振動数を持つ複数の振動子の周期が揃っていく現象は同期と呼ばれ、振動子の同期と複雑ネットワークとの関わりが着目されています。

このような背景により、宇宙航空研究開発機構 高効率軽量ファン・タービン技術実証プロジェクト[1]の成果を基に、本学と同機構は複雑ネットワークと同期の基礎理論に基づいた新しい方法論を提案し、翼列フラッタの予兆検知を試みました。

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実験装置と方法

本研究では、宇宙航空研究開発機構 高効率軽量ファン・タービン技術実証プロジェクトで開発された80枚の翼からなる低圧タービン[2]を用い、同機構が保有する高空性能試験設備で実験を実施しました。翼列フラッタが発生する振動のモードは1次のねじり振動であり、個々の翼にはひずみの変動を測定するセンサが取り付けられています。本研究では、実際に供試体ダクトに流入する空気の質量流量を増加させ、翼列フラッタが発生する過程を調べました。

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結果と考察

複数の結合ファンデルポール振動子(※5)が異なる周波数で振動しているとき、時間が経過すると引き込み現象により同じ周波数で振動する集団同期が起こることが知られています。また、本研究では、翼列フラッタのひずみの変動は雑音リミットサイクル状態にあることを明らかにしています[3]。これらに基づき、個々の翼を振動子として見立てると、振動子が同じ周波数に同期し始め、翼列フラッタは集団同期現象であると考えられます。そこで、低圧タービンの個々の翼をノード(※6)とした複雑ネットワークを構築し、翼同士の結びつき(リンク)とその度合いの変化を可視化しました。空気の質量流量の増加に伴って、特定の翼がハブ(※7)として機能し、ハブとなる翼の周辺から同じ周波数で同期し始めます。ハブとなる翼と他の翼の結びつきの度合いは、空気の質量流量が大きくなるにつれ強くなり、ハブとなる翼が翼列フラッタのトリガーになります。

本手法によって、翼が集団同期状態に移行する際に、最初のハブとなる翼を抽出することができます。ネットワーク内の翼同士の結びつきの強さが翼列フラッタの予兆を検知する上で重要な手掛かりとなります。また、同期パラメータは翼の同期クラスタ領域の拡大を捉えており、翼を特定することなく翼列フラッタの発生を事前に検知することも可能です。翼列フラッタが集団同期現象の一つである可能性を明らかにしたことは、航空工学分野における非線形問題の学術的体系化と新領域の開拓に寄与します。

今後、本研究で提案した方法論と機械学習の一つであるサポートベクトルマシーン[3]を組み合わせることで、翼列フラッタの予兆検知法のさらなる進展に大きく貢献できると期待されます。

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用語

  • ※1 翼列フラッタ:翼自体の固有振動と流体から受ける外力が連成することにより、翼の振動振幅が急激に増幅した自励振動である。フラッタが発生すると、ターボ機械において環状に配置された翼(回転翼、静止翼)はそれぞれ固有振動数で振動する。隣接する翼間はほぼ一定の位相差を持っており、翼振動の位相が円周方向に伝わりながら振動振幅が増幅する。
  • ※2 複雑ネットワーク:多くの要素間に複雑な繋がり方を持つ不均一性の高いネットワークの総称である。
  • ※3 バイパス比:ターボファンエンジンにおいて、コアエンジンを通過する空気流量とコアエンジンの外側に設置されたバイパスダクトを通過する空気流量の比。
  • ※4 ターボ機械:ファン、圧縮機、タービンから構成されており、作動流体を圧縮または膨張させる機能を有している。通常は、多数の翼が円周上に配置された回転翼と静止翼を交互に組み合わせた構成となっており、これらの翼間の環状の流路に作動流体を通過させることにより、圧縮や膨張をさせる。
  • ※5 ファンデルポール振動子:オランダの物理学者Balthasar van der Polにより提案された非線形の減衰力を受ける非保存系の振動子。
  • ※6 ノード:ネットワークの頂点。
  • ※7 ハブ:周囲のノードよりもリンク数が多いノードのことを指し、ネットワークの中心的な役割を担う。

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文献

  • [1] T. Nishizawa, Outline of JAXA's Project: Advanced Fan Jet Research (aFJR), Proceedings of the International Gas Turbine Congress 2019 Tokyo, IGTC-2019-IL2, 2019.
  • [2] 賀澤順一, 谷直樹, 青塚瑞穂, 日本ガスタービン学会定期講演会講演論文集, 44号, p. 11, 2006.
  • [3] T. Hachijo, H. Gotoda, T. Nishizawa, and J. Kazawa,
    Experimental study on early detection of cascade flutter in turbo jet fans using combined methodology of symbolic dynamics, dynamical systems theory, and machine learning,Journal of Applied Physics, vol. 127, 234901, 2020.

論文情報

雑誌名 Physical Review Applied
論文タイトル Early detection of cascade flutter in a model aircraft turbine using a methodology combining complex networks and synchronization
著者 Takayoshi Hachijo, Hiroshi Gotoda, Toshio Nishizawa, and Junichi Kazawa
DOI 10.1103/PhysRevApplied.14.014093

後藤田研究室
研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/gotodalab/index.html
後藤田准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6b4f

東京理科大学について
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