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2020.09.07 Mon UP

プロトン伝導に応答して発光色をマルチカラーに変化する透明高分子膜の開発に成功!
-イオン移動を利用した生体のようなメカニズムで機能を発揮-

研究の要旨とポイント
  • ●紫外光照射下、プロトン伝導によるプロトン濃度(=pH)の変化に応答して緑色?黄色?赤色に発光色を変化させるプロトン伝導性透明高分子膜の開発に成功しました。
  • ●透明高分子発光材料は、サイズや形状の自由度の高い省エネ材料という観点で照明、ディスプレイ、セキュリティなど様々な分野での応用が期待されています。
  • ●イオンの移動に応答して局所的な機能を変化させるという生体のようなメカニズムをもつ本材料は、マルチカラー発光素子としてだけでなく、細胞レベルでのpH変化を検出するセンサーや細胞内のpHの分布を検証するセンサーなど、将来のさらなる発展が期待されます。

プロトン伝導に応答して発光色をマルチカラーに変化する透明高分子膜の開発に成功!-イオン移動を利用した生体のようなメカニズムで機能を発揮-

東京理科大学理学部第一部化学科の田所誠教授、亀渕萌助教(現日本大学文理学部化学科)、大学院理学研究科の吉岡泰鵬氏(平成28年度修了)は、プロトン伝導によるプロトン(水素イオン)濃度すなわちpHの局所的な変化に応答して緑色?黄色?赤色の発光色を変化させる透明高分子膜の開発に成功しました。

透明性の発光材料は、省エネ材料の一つとして照明、ディスプレイ、セキュリティーなど様々な分野での応用が期待されています。特に高分子素材を用いたものは、サイズや形状の自由度が高いことから最近高い関心が集まっています。発光材料が発する光の波長範囲は種類ごとに決まっており、目的に応じて異なる材料を用いることができます。もし、同一の発光材料が条件によって異なる波長(=異なる色)の光を発することができると、応用分野が広がり大変興味深い材料になります。今回、研究グループでは、異なるpH領域で発光可能な2種類の発光性希土類錯体を使いました。これらをプロトン伝導性の陽イオン交換高分子膜「ナフィオン」の中に取り込ませ、電圧の印加によって膜内部のプロトン濃度(=pH)を局所的に変化させることによって、緑色から黄色を経て、赤色に発光色を可逆に切り替えることに成功しました。

本研究の成果を活用することにより、プロトン移動によってマルチカラーで発光するこれまでにない発光素子を作製できると考えられます。その他、イオン(プロトン)が伝導して発色の変化が見られることから、生体試料中の異なるpH領域を可視化する染色法としての活用や、生体中のpH変化を細胞レベルで検出するセンサーの開発などにつながることが期待されます。本研究をまとめた論文は、英国王立化学会発行の学術誌「Materials Advances」に掲載されると共に、掲載号のInside Front Coverに選出されました。

研究の背景

透明な高分子素材に蛍光物質等を分散させた透明高分子発光材料は、通常の照明や太陽光のもとでは無色透明である一方、特定の波長の光(例えば近紫外光)を照射することにより、蛍光物質によってそれぞれ異なる波長(すなわち異なる色)の光を発します。高分子素材を用いていることからサイズや形状の自由度が高いため幅広い応用が検討されています。しかし、蛍光物質の種類に応じてそれぞれ一定の色の発光であることが通常であるため、例えば同一材料の発光色を目的に応じて調整、変更することは一般的に難しいと言えます。希土類のイオンと有機配位子から構成される発光性希土類錯体は、紫外光を照射すると可視光領域にシャープな波長幅の発光が得られる代表的な物質群です。希土類イオン単独では紫外光の吸収と発光がほとんど起きませんが、有機配位子が紫外光を効率よく吸収すると励起されます。そのエネルギーが希土類イオンに移動することで電子の励起と緩和が引き起こされ発光が生じます。そのため、希土類錯体の発光性は有機配位子の化学構造に強く依存します。最近、ピリジン環を有するN-(2-ピリジニル)ベンゾイルアセトアミド(HPBA)が合成され、希土類錯体の有機配位子として使用する試みも報告されました。HPBAは酸性条件、塩基性条件でそれぞれピリジン環のプロトン化と脱プロトン化を起こします。したがって、HPBAを配位させた各希土類錯体は紫外光照射による励起状態のエネルギー準位がpH条件によって変化するため、錯体のコアとして用いる希土類イオンからの発光色が左右されます。

研究グループでは、陽イオン交換膜で、プロトン伝導性の高分子膜ナフィオンに着目した研究を行ってきました。ナフィオンは炭素とフッ素で構成される疎水性の主鎖骨格とスルホン酸基を有する親水性の側鎖から成る高分子で、燃料電池の電解質膜としての利用など、様々な先端材料に使用されています。水やアルコールなど極性溶媒で膨潤させると、溶媒分子が極性の高い側鎖で取り囲まれた直径約4nmの逆ミセル空間と、それが5nm程度の間隔でつながった特徴的な構造が形成されます。このミクロ構造が高いプロトン伝導性の由来になっています。また、その空間に比較的大きな陽イオン性物質を取り込めることも分かっています。今回の研究では、ナフィオンの陽イオン交換性とプロトン伝導性、そしてHPBA系希土類錯体のpH応答性をうまく活用した革新的な透明高分子発光材料を開発する目的で研究を行いました。

研究結果の詳細

今回、錯体を形成する希土類イオンとして、それぞれ緑色と赤色の光を発するテルビウムイオン(Tb3+)とユウロピウムイオン(Eu3+)の2種の希土類イオンを含む錯体を用いました。これまでHPBAとTb3+イオンとEu3+イオンとのそれぞれの希土類錯体の構造は、明確には得られていませんでした。まずそれぞれの錯体を合成して生成物のX線結晶構造解析を行ったところ、どちらも2個の希土類イオンを含む錯体であり、周りに6個のPBA-イオン(HPBAからプロトンが1個取れた構造)が配位した特徴的な二核錯体の構造であることを明らかにしました。また、それぞれのエタノール溶液の発光スペクトルを分光蛍光光度計により測定したところ、TbIII錯体では波長545nm、EuIII錯体では波長615nmにシャープなピークを示し、それぞれ緑色と赤色の発光を示すことを確認しました。

次にナフィオンの陽イオン交換膜としての性質を利用して、希土類錯体を溶解させたエタノール溶液にナフィオン膜を浸漬し、溶液中の希土類錯体濃度の減少からナフィオン膜への導入量を測定しました。結果として、ナフィオン膜を希土類錯体のエタノール溶液に浸漬するという簡便な操作で金属錯体陽イオンである希土類錯体が効率よく取り込まれることが分かりました。90時間の浸漬で導入量はほぼ一定になったので、以後モル比1:1のTbIII錯体とEuIII錯体を含むエタノール溶液にナフィオン膜を90時間浸漬して、2種類の希土類錯体を含有したナフィオン膜の作製を行いました。作製したナフィオン膜試料をpH2〜12の11種類の緩衝液にそれぞれ浸漬して波長365nmの紫外光照射下で発生した発光を、発光スペクトル機器による測定と実際の観察により評価しました。pH2〜7ではTbIII錯体由来の波長545nmのシャープなピーク(pH 8よりも高いpHでは急激に減少)とpH7〜12ではEuIII錯体由来の波長615nmのシャープなピーク(pH6よりも低いpHでは急激に減少)を観測しました。その結果、ナフィオン膜はpH2〜5では緑色、pH6〜8では黄色(両方の大きなピークが存在するため中間色)、pH9〜12では赤色の発色を示しました。これはpH変化によって透明高分子膜の発光色をマルチカラーで切り替えることができる興味深い結果です。その由来は、TbIII錯体とEuIII錯体がそれぞれ低pHと高pHでPBA-イオンから励起エネルギーを受け取れるという特徴的なpH応答性にあります。

プロトン伝導に応答して発光色をマルチカラーに変化する透明高分子膜の開発に成功! -イオン移動を利用した生体のようなメカニズムで機能を発揮-

2つの希土類錯体のpH応答性と、ナフィオンのプロトン伝導性をうまく利用して、はじめpH 3の条件で緑色の発光色に調整したナフィオン膜の両端に電圧を印加しました。すると、陽極付近から赤色に変化を始め、それが徐々に陰極の方向に広がり、最後は全て赤色で覆われる様子が観察されました(赤色と緑色の境界付近は黄色に発色)。これは電圧の印加によりナフィオン膜中のプロトンが陰極方向へ伝導したためです。すなわち、膜中の局所的なプロトン濃度の変化に応答して発光色がマルチカラーで変化する透明高分子膜の開発に成功しました。

プロトン伝導に応答して発光色をマルチカラーに変化する透明高分子膜の開発に成功! -イオン移動を利用した生体のようなメカニズムで機能を発揮-
プロトン伝導に応答して発光色をマルチカラーに変化する透明高分子膜の開発に成功! -イオン移動を利用した生体のようなメカニズムで機能を発揮-

田所教授と亀渕助教は本研究の成果について、「プロトン移動の制御によってマルチカラーで発光するガラスあるいはフィルム材料や、電子移動ではなくプロトンなどのイオン移動を利用する生体材料に近いメカニズムの発光材料を作製できるとともに、生体試料の染色や細胞内でのpHの測定などにも使用可能になります」と意義を話しています。

※ 本研究は、公益財団法人日本科学協会「笹川科学研究助成」(研究番号28-341)、東京工業大学基金による研究助成(28研-036)、公益財団法人マツダ財団「マツダ研究助成」(16KK-354)、公益財団法人泉科学技術振興財団「研究助成」(H29-J-109)、公益財団法人池谷科学技術振興財団「研究助成」(0301067-A)の助成を受けて実施したものです。

【↑アニメーション】「プロトンフローによる発光色変化の仕組み(アニメ)」

【↑動画】「プロトンフローによる発光膜の色変わりの様子(実験)」

論文情報

雑誌名 Materials Advances
論文タイトル Development of tuneable green-to-red emitting transparent film based on Nafion with TbIII/EuIIIβ-diketonate complexes modulated by pH and proton flow
著者 Hajime Kamebuchi, Taiho Yoshioka and Makoto Tadokoro
DOI 10.1039/d0ma00237b

田所研究室
研究室のページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/tadokoro/
田所教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?4870

東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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