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2020.06.03 Wed UP

水溶液中のプラズマ照射によって多面体構造を持つ光触媒の性能が向上 ~効率的な水素エネルギー生成法の開発に期待~

研究の要旨とポイント
  • ●水素は化石燃料に代わるクリーンエネルギーとして注目を集めており、水素を製造する方法として光触媒を用いた水の分解が有望視されています。
  • ●研究グループは、BiVO4(バナジン酸ビスマス)に、水溶液中でプラズマを発生させることにより、プラズマ照射前に比べ約1.5倍の光触媒効率を達成しました。
  • ●本研究の成果は、BiVO4以外の光触媒でも、溶液中のプラズマ照射によって、触媒効果が向上する可能性を示しています。

東京理科大学光触媒国際研究センターの寺島千晶教授、藤嶋昭栄誉教授、東北師範大学(中国)の張昕彤教授らの研究グループは、水溶液中でプラズマを十面体のBiVO4に照射するというシンプルな方法で、光触媒(※1)としての能力が向上することを発見しました。プラズマを8時間照射した十面体のBiVO4では、プラズマを照射していない十面体のBiVO4の約1.5倍という高い酸素発生速度を達成しました。

近年、化石燃料の利用による二酸化炭素の排出を抑えるために、化石燃料に変わるエネルギーの開発が求められています。中でも、様々な資源に含まれ、自動車から発電まで多様な用途での活用が進みつつある水素は、化石燃料の代替エネルギーとして特に注目を集めています。そのような背景のもと、水を材料として、光触媒によって分解し、水素を生成する方法についての研究が数多く進められています。
今回の研究では、可視光(※2)により、光触媒として機能する可視光応答型光触媒として有力視されるBiVO4を用いました。可視光は、地表に届く太陽光の中でも高い割合を占めるため、太陽光による効率的な光触媒作用を実現する上で、可視光に応答する光触媒の開発は重要です。
本研究では、太陽光による効率的な水素エネルギーの製造に資する重要な知見を得ることができました。今後、この研究を発展させ、BiVO4以外の光触媒でも、溶液中のプラズマ照射で、触媒効果を向上させ、効率的な水素エネルギーの生成が可能になれば、環境問題・エネルギー問題に大きく貢献できると期待されます。

研究の背景

水素エネルギーは、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして、大きな注目を集めています。水素を入手する方法として、特に期待されているのが光触媒を利用した水の分解です。
光触媒の効率は、酸化・還元サイトにおける電荷分離によって左右されます。これまでに、BiVO4やTiO2(二酸化チタン)、Cu2O(亜酸化銅)といった多面体構造を持つ光触媒では、特定のファセット(結晶の平坦面)が酸化サイトもしくは還元サイトとしてそれぞれ機能し、効果的な触媒反応が起こることがわかっています。しかし、この結晶におけるファセット間での電極分離は、酸化サイトもしくは還元サイトのエネルギー差が小さいため、電荷分離を促す駆動力はこの酸化還元反応は従来のヘテロ接合型光触媒(※3)よりも低いという課題があります。また、電荷分離はファセットの状態に影響されるので、ファセットが汚れていると、結晶が光触媒として効果的に作用しません。

十面体のBiVO4は、酸化サイトのファセットが8面、還元サイトのファセットが2面と、酸化サイトが支配的であるため高い光酸化能を持ち、光触媒として有望な材料です。また、これまでの研究から空孔を有するバナジウムで電荷分離が効率的に進むと示唆されていることから、さまざまな方法でBiVO4に空孔を導入し、触媒効果の向上する試みが行われてきましたが、十面体という構造に起因する電荷分離と、空孔による電荷分離は異なるメカニズムで生じる現象であるため、これをうまく調和させることは容易ではありませんでした。

そこで寺島教授らのグループは、プラズマ照射によるファセット表面の改質を通じてBiVO4の光触媒能の向上を目指し、研究を行いました。

研究結果の詳細

研究グループはまず、あらかじめ合成しておいた十面体のBiVO4に、水溶液中でプラズマを照射し、プラズマの紫外線、高エネルギー電子、高速衝撃波により、ファセット表面の改質を行いました。次に、プラズマ処理をおこなったBiVO4の十面体について、ラマン分光法、X線光電子分光法、蛍光X線分析法などで分析しました。また、最適なプラズマ照射時間の検討も行いました。以下にその詳細について紹介します。

1. 十面体のBiVO4の合成と水溶液中でのプラズマ照射によるファセット表面の改質
17.41gのBi(NO3)3・5H2O2を220mlの2.7M硝酸溶液に溶解させ、4.21gのNH4VO3を80mlの2.0M硝酸溶液に溶解させた溶液と混合し、1時間撹拌しました。この混合溶液のpH値を、アンモニア溶液により1.5に調整し、オレンジ色の沈殿物を生成しました。得られた沈殿物を取り出し、十分に水分を取り除くことで、十面体のBiVO4を得ました。

次に、生成されたBiVO4の十面体の表面を改質するため、プラズマを照射するための装置で処理します。この装置では、溶液中のプラズマを生成するため、0.4gのBiVO4粉末を電気伝導率0.3μS/cmのKCL溶液150mlに加えています。この溶液中に2本のタングステン管を放電電極として挿入し、放電電極間に2kVの電圧を印加しました。反応器の外層の温度を10℃に保ちながら、8時間の放電を行いました。

2. 8時間プラズマを照射したBiVO4(8h-plasma BiVO4)とプラズマを照射していないBiVO4(0h-plasma BiVO4)の分析
まず、BiVO4に、犠牲剤(※4)であるAg+存在下で可視光を照射したところ、8h-plasma BiVO4は0h-plasma BiVO4の1.5倍もの酸素発生性能を達成しました。SEMによる微細構造の観察からはプラズマ照射によって結晶の十面体構造に変化は起こらなかったものの、8h-plasma BiVO4のファセット表面に凹凸を確認できました。

酸素発生速度以外でも光触媒としての活性を検証するために、光析出法でBiVO4の表面にPtのナノ粒子およびMnOx粒子を析出させました。光析出法とは、光触媒の酸化還元作用により、金属イオンを光触媒表面に析出させる方法で、光触媒としての性能を図る指標の一つとなります。その結果、水溶液中プラズマ処理の有無によって、ファセットへの蒸着状態が大きく異なり、特に、8h-plasma BiVO4のファセットにMnOxがシート状に密に付着していました。これは、水溶液中でプラズマ処理を行うことで、光活性が大幅に改善されることを示しています。

次に、ラマン分光法でBiVO4ファセット表面の分析を行ったところ、8h-plasma BiVO4は、V―O結合に変化が生じていることがわかりました。また、X線光電子分光法および蛍光X線分析法による解析から、V原子周辺の電子密度が変化していることも明らかになりました。さらに、水溶液中のプラズマ処理前後ではV/Biの比率が減少しており、BiVO4内のバナジウム含有量の減少が認められました。これらの結果は、8h-plasma BiVO4のファセットでは、空孔が生じていることを示唆しています。

3. 空孔による光活性への影響の検討
陽電子消滅寿命測定法(※5)により、BiVO4の内部とファセットの空孔の分布を調べました。その結果、8h-plasma BiVO4では、空孔がバルク内部ではなく、ファセット表面側に多く発生していることを確認しました。さらに、表面光起電力(SPV)と過渡光起電力(TPV)について分析したところ、8h-plasma BiVO4に生じた空孔は、その周辺に電子をトラップしていることがわかりました。これにより電荷分離が促進され、光触媒としての機能が向上するというメカニズムが明らかになりました。

本研究では、BiVO4の光触媒としての性能が、プラズマ照射というシンプルな方法で向上することを示しました。多面体を持つほかの光触媒についても、同様にプラズマ処理を行うことで、触媒効果が向上する可能性があります。光触媒の性能が向上すれば、クリーンエネルギーとして期待される水素の生成だけでなく、酸化還元反応によって有機物や細菌を分解することもできるため、土壌や水の浄化、空気の清浄化などへの分野へも応用が可能です。

特に、本研究はほぼ無尽蔵に得られる資源である水と太陽光から、エネルギーを生産できる可能性を示唆した点で非常に意義深く、環境問題やエネルギー問題への貢献が期待されます。

※本研究は、科学技術振興機構(JST)のさくらサイエンスプラン事業にて来日した中国研究者との共同研究として実施したものです。

用語

※1 光触媒:光を照射することにより、特定の化学反応の反応速度を速める働きを示す物質の総称。
※2 可視光:人間の目で見ることができる光。
※3 ヘテロ接合型光触媒:異なる材料を接合させた光触媒。
※4 犠牲剤:還元もしくは酸化反応において、電子を供与、もしくは受け取る分子。自らの電子を与えた(もしくは奪った)あと、自らが犠牲となって分解することで、電荷分離状態から電荷が再結合して元の状態に戻るのを防ぐ。
※5 陽電子消滅寿命測定法:陽電子を試料に打ち込み、電子と衝突して消滅するまでの時間を測定する方法。小さい細孔に捕捉された陽電子は周囲の電子と衝突する確率が高くなるため、寿命が短くなることから、細孔のサイズが推定できる。

論文情報

雑誌名 Chemical Engineering Journal
論文タイトル Solution plasma boosts facet-dependent photoactivity of decahedral BiVO4
著者 Guangshun Che, Dandan Wang, Changhua Want, Fei Yu, Dashuai Li, Norihiro Suzuki, Chiaki Terashima, Akira Fujishima, Yichun Liu, Xintong Zhang
DOI 10.1016/j.cej.2020.125381

東京理科大学 総合研究院 光触媒国際研究センター
https://www.rs.tus.ac.jp/pirc/

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