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2019.09.26 Thu UP

コロイド粒子の安定性の鍵を探る
~粒子と電場の相互作用を解明する、50年の理論研究の総括~

研究の要旨とポイント
  • ●コロイド粒子の電場中での運動を説明するために、粒子表面における流体のすべりを考慮した新たな方程式を理論的に導出しました。
  • ●コロイド粒子の運動は、粒子を取り巻く電気二重層の働きを基に計算されてきましたが、これまでの計算条件では疎水コロイドの運動を説明できませんでした。
  • ●新たな理論は、親水コロイド・疎水コロイドの運動の統合的な説明を可能にするものであり、コロイドの帯電状態や安定性の正確な評価につながります。

東京理科大学の大島広行名誉教授(コロイド界面科学)は、電場中でのコロイド粒子の運動を説明する理論研究を取りまとめ、運動を記述するための新たな方程式を導きました。電解質水溶液中でのコロイド粒子の振る舞いを理解することは、コロイド粒子の分散安定性の評価と、溶液とも沈殿とも異なる特異な性質を持つコロイドを利用した新たな機能性材料の開発や、医療・ナノテクノロジー等への応用にも繋がると期待されています。

コロイドとは、ある物質が直径2~500ナノメートル程度の微粒子や液滴となって、別の物質中に分散している状態です。固体粒子を水などの液体と混ぜて攪拌した場合、粒子は液体に溶解するか、溶けることなく攪拌の終了と共に沈殿するか、溶けはしないものの沈殿せず、液体中に分散して半永久的に浮遊するかのいずれかの状態となります。溶解したものが溶液、分散したものがコロイドであり、例えば牛乳は、タンパク質などの水溶液(分散媒)に、脂肪の粒子(分散質)が分散してコロイド状態になっています。

このコロイドに電場を掛けると、粒子はその種類によって、正か負の一方の極に移動します。つまりコロイド粒子は電荷を持っており、電荷によって粒子同士が反発するために、より大きな塊を作らず、凝集・沈殿しないまま長時間浮遊し続けることになるのです。

しかしながら、コロイド粒子の分散媒中での運動を決定する電気的なメカニズムについては、多くが未解明でした。大島教授は今回、電解質水溶液中で流体力学的なすべりを生じる面を持つ固体コロイド粒子について、運動を電気的に説明するための一般的な理論の構築を試み、コロイド粒子の運動を説明する基本となる、界面動電方程式を導出しました。

コロイド粒子表面の電位が粒子の運動に果たす役割が明らかとなったことにより、人工的に電位を調整し、コロイドの流動性を制御できる可能性がでてきました。コロイドの流動性の制御が可能となれば、機能性材料への利用に弾みがつくなど、工業的な活用に繋がることが見込まれます。

【研究の背景】

コロイドは、分散媒中に分散したまま凝集・沈殿しない、粒子が光を散乱することで光の通り道が明るく照らし出されて見える(チンダル現象)、分散質が分散媒中で不規則に運動する(ブラウン運動)、電場を掛けると粒子が電極に集まる(電気泳動)など、多くの特徴的な性質を持っています。分散質は、a溶液中で溶媒に完全に溶けている溶質とは違い、分散媒中で103~109個程度の原子が集まって直径2~500ナノメートル程度の粒子状になっています。分散媒には気体から固体まで様々な種類があり、ミルクやインクは液体、霧やスプレーなどは気体、着色ガラスなどは固体の代表的な例です。一部の細胞内小器官やウイルスにもコロイドの性質を持つものがあり、医薬用材料や、セラミクスなどの機能性材料、ナノテクノロジーでもコロイドの性質は利用されています。

コロイドが持つ多くの性質は、沈殿するほど大きくもなく、完全に溶けて今より小さくなることもないという、粒子の絶妙なサイズに起因しています。コロイド粒子がサイズを維持するために必要な条件は幾つかありますが、特に重要なのが、粒子の表面の電位(ゼータ電位)です。 分散媒中に安定して分散するコロイド粒子は、2層の電位構造(電気二重層)に取り巻かれています。第1層は粒子表面に密着し、第2層は第1層と逆の電荷を帯びて、第1層の周りを取り巻いています。コロイド粒子に攪拌などの外的な力が加わると、粒子を取り巻く2重の層は粒子と共に移動しますが、一部の電荷は粒子から引き離されて分散媒と共に移動し、粒子に随伴した電荷との間で電気的な境界面をつくります。この面をすべり面と呼び、すべり面上に発生する電位をゼータ電位と呼んでいます。

【研究の詳細】

大島名誉教授は、およそ50年間にわたって、コロイド粒子間の静電気的な相互作用と、電気泳動などの界面動電現象の理論的研究を継続してきました。本研究は、大島名誉教授自身のものを含めた過去の関連研究の成果を取りまとめることで、コロイド粒子の運動を規定するゼータ電位の導出に関する、未解決の問題の解決を試みたものです。

ゼータ電位の導出には、電気泳動を行う際の、粒子の電気泳動移動度が使われています。これまでの理論では、粒子の表面の流体力学的解釈に、流体の「すべりなし境界条件」と呼ばれる仮定が使われてきました。すべりなし境界条件は、粒子との境界面上で流体が全く滑らない、即ちすべり面上で粒子との相対速度がゼロであると仮定するもので、すべり面のすぐ外側から流体のすべりが始まります。すべりなし境界条件は水を分散媒としたとき表面に水の分子を吸着するタイプのコロイド(親水コロイド、タンパク質やゼラチンなど、天然の高分子に多い)のゼータ電位を導出するのに向いています。その一方で、すべりなし境界条件では、水との親和性が小さく、表面で水をはじくタイプのコロイド(疎水コロイド、金属などの無機物に多い)のゼータ電位をうまく計算することができませんでした。

疎水コロイドを扱うには、粒子表面における流体(分散媒)のすべりを計算に入れた、「ナビエ(Navier)境界条件」を使う必要があります。ナビエ境界条件では、粒子表面で流体のすべりが生じ、すべり面における流体の相対速度はゼロではありません。親水コロイドの場合、粒子表面と分散媒が強く引き合いすべりが起こりません。しかし、粒子表面の疎水性が大きくなるにつれ、粒子表面が分散媒からはじかれる度合が大きくなり、流体のすべりが大きくなってきます。言い換えれば、流体が完全に疎水性の表面を持っているとき、すべりは理論上無限大になります。これらの条件を考慮して計算することで、すべりが大きくなるにつれ、粒子の電気泳動速度が大きくなることが理論的に求められます。

大島名誉教授の今回の研究により、これまではばらばらに計算されていた、コロイドの電気泳動や電位、分散などの情報が1つにまとめられ、コロイド粒子の動態の基本原理を説明する界面動電方程式が新たに導かれました。

大島名誉教授によれば、球状の固体コロイド粒子の表面ですべりが生じる場合、固体粒子の動電的な特性は、流体力学的には液滴に近いものになります。

【今後の展望】

今回の研究は、親水性表面と疎水性表面の動電特性の違いを1つの方程式により理論的にまとめると共に、疎水性が強まるにつれて大きくなる粒子表面の流体のすべりが、コロイド粒子の運動にどのように影響するのかを示しました。今回の成果について大島教授は次のように説明しています。「この理論を適用することにより、コロイド粒子のゼータ電位と、分散媒中での安定性をより正確に評価できます」

コロイド粒子の動態を制御する電気的なメカニズムが理解できたことで、機能性材料の開発に際してのコロイドの流動性の制御や、コロイド状態のより長期的な維持など、工業的な活用にもつながると期待されています。

【論文情報】

雑誌名 Advances in Colloid and Interface Science 2019年7月31日 オンライン掲載
論文タイトル Electrokinetic phenomena in a dilute suspension of spherical solid colloidal particles with a hydrodynamically slipping surface in an aqueous electrolyte solution
著者 Hiroyuki Ohshima
DOI https://doi.org/10.1016/j.cis.2019.101996

東京理科大学について
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