ニュース&イベント NEWS & EVENTS

2023.12.11 Mon UP

多数の細胞の電気特性を簡単・迅速かつ同時に測定できるデバイスを開発
~細胞識別能力が大幅に向上、創薬などへの応用に期待~

研究の要旨とポイント

  • 電場内のマイクロ流路を移動する細胞の回転運動を画像処理で解析することで、多数の細胞の電気特性を同時に定量化できる「continuous-flow electrorotation (cROT)」デバイスを開発しました。
  • cROTではこれまでの手法よりも処理能力が大幅に向上し、同時に約30個、1時間あたりに約2700個の細胞を解析できます。
  • 本研究をさらに発展させることで、細胞識別能力が大きく向上すれば、がん治療をはじめとした医療分野への応用が期待されます。

研究の概要

東京理科大学工学部機械工学科の元祐昌廣教授らの研究グループは、連続的なマイクロ流下で個々の細胞の電気物性を簡単・迅速かつ同時に測定できるプラットフォーム「continuous-flow electrorotation (cROT)」を開発しました。

誘電率や導電率をはじめとした細胞の電気物性には、個々の細胞の生理的活動、膜状態、内部イオンなど、疾患に関する情報が含まれており、これらを詳しく調べることで病気の治療や創薬に役立てることができます。特に、がん細胞については、がんの種類や薬剤耐性の状態を知ることができるので、高度ながん診断やモニタリングのために欠かせない情報であると考えられています。これまでに、細胞の電気物性を非侵襲的に測定する方法として、「electrorotation (ROT)」と呼ばれる手法が知られています。しかしながら、この方法では細胞の操作が複雑で個々の解析に時間がかかるなど多くの課題がありました。そこで、本研究では簡単・迅速に多数の細胞の電気特性を同時測定できるcROTデバイスの開発を試みました。

本研究で報告したcROTデバイスを使用すると、マイクロ流路内にある多数の細胞を回転運動させながら一定方向に移動させることができるので、連続的な解析が可能となりました。実際にcROTデバイスを用いて、流動下でHeLa細胞の電気特性を測定したところ、細胞膜の誘電率と細胞質の伝導率はそれぞれ9.13±1.02、0.93±0.10S/mと妥当な値であることが確認できました。さらに、流量や流速を調整することにより、1時間あたり約2700個の細胞を解析できるようになり、処理能力の大幅な向上に成功しました。

本研究をさらに発展させることで、個々の細胞の電気物性を迅速に解析することができるようになり、がん細胞の識別や新たな治療法の確立へ大きく貢献できると期待されます。

本研究成果は、2023年10月23日に国際学術誌「Lab on a Chip」にオンライン掲載されました。

(動画)今回開発したcROTデバイス。流路内で細胞が縦回転しながら流れていく様子が分かる。

研究の背景

現代では医療技術の進歩により、さまざまな病気の治療法が確立されていますが、がんは依然として日本人の死亡原因の多くを占めています。がん細胞は他の臓器への転移や薬剤耐性の発現といった厄介な特性があるため、治療が非常に困難です。また場合によっては、再発を引き起こすこともあります。そのため、症状を継続的にモニタリングする手法の確立が模索されてきました。

回転電場内の細胞の運動を解析する「electrorotation (ROT)」と呼ばれる手法は、細胞の電気物性を測定するための非侵襲的技術として知られています。変調電場内に導入された細胞がその誘電特性に応じて回転する現象を利用しており、周波数に依存する角速度を分析することによって、電気特性、ひいては細胞の種類や状態を細かく知ることができます。特に、がん細胞の電気特性はがんの種類と薬剤耐性の状態を反映していることが知られており、高度ながん診断やモニタリングを実現するために必要不可欠な情報であると考えられています。しかしながら、従来のROT法では測定対象となる細胞1つ1つを適切な位置に操作する必要があり、測定に時間がかかってしまうこと、一部の細胞が適切に捕捉されないこと、測定中に細胞自体が壊れてしまうことなど課題が多く残されていました。

そこで本研究グループは、複雑な細胞の操作が不要で、多数の細胞の電気物性を簡単・迅速に解析できる技術の確立を目的として、研究を進めてきました。そして今回、上下基板に電極を配置した三層構造の新たなcROTデバイスを開発し、実際に流動下で多数の細胞を連続的かつ同時に解析できるか否かについての評価を行いました。

研究結果の詳細

  1. cROTデバイスの作製と調整

    今回作製したcROTデバイスは、上層と下層に幅30μmの電極を50μm間隔で、中間層に高さ50μmのチャネルを設置した三層構造からなります。各電極に5.0V, 200kHzの同位相の交流信号と、1.5V, 50kHz〜1MHzの位相をシフトさせた交流信号を合成した電圧を電極に印加し、位相シフトでは近接する電極の位相が互いに90°ずつずれるように調整しました。この機構により、導入した細胞に誘電泳動力が生じるため、チャネル内において細胞が電極間に保持されつつ回転運動をしながら一方向に移動することができます。そして、移動中の細胞の回転運動を画像処理することにより角速度を求め、個々の細胞の誘電率や導電率を導出しました。

    移動中の細胞の回転運動を解析するのに最適な時間を確保する必要があるため、マイクロ流の条件についての検討を行いました。チャネル内の測定領域を各細胞が30秒程度で移動するように、シリンジポンプの流量を7.5μL/h、細胞の流速を20μm/sに設定しました。実際に流れを確認すると、いずれの流路でも各細胞が均一な速度で流れることが確認できました。なお、幅20μm以上の物体については、その大きさから凝集細胞と判断し、解析から除外しました。これらの調整により、約30個(最大で32個)の細胞を同時に解析することが可能となりました。

  2. 流路内の流れが解析結果に及ぼす影響の評価

    HeLa細胞を測定対象として、cROTデバイスを用いた測定を行い、マイクロ流路の流れの有無で解析結果にどのような影響が現れるかを評価しました。その結果、各条件での誘電率と導電率は、流れ有りの場合9.13±1.02、0.93±0.10S/m、流れ無しの場合7.34±0.75、1.07±0.11S/mでした。従来のROT法で測定されたHeLa細胞の誘電率7.40~19.78と導電率0.36~1.25 S/mと比較すると、流れの有無に関わらず、どちらも妥当な値を得られることがわかりました。そのため、連続的な流れ条件下でも各細胞の電気特性を適切に評価できることが実証されました。

  3. スループットの評価

    cROTデバイスによるスループット(単位時間当たりに測定可能な細胞数)を評価しました。従来のROT法では、1時間当たりに解析できる個数は12~20個でしたが、本研究のcROT法では、その100~200倍の約2700個となることがわかりました。これにより、多数の細胞の電気特性を簡単・迅速にかつ同時に解析できる新たな手法が確立されたといえます。

    本研究を主導した元祐教授は「血中循環がん細胞の分離に関する研究を進める中、同じような細胞の電気応答が大きく異なることを見出しました。これにより、人間と同じく細胞にも個性があることがわかり、それを紐解く方法を模索していました。従来のROT法でも測定自体は可能でしたが、単一細胞を測定箇所に正確に置く操作に苦戦を強いられ、わずか10個の細胞を分析するのにも苦労しました。本研究で提案した手法では、細胞を標識や破砕することなく、単一細胞レベルで迅速・簡単に解析できるので、創薬やがん識別、細胞を用いた治療に役立てることが期待できます。今後、画像処理や送液手法を改善することでスループットをさらに向上させることも可能です。」と、研究の動機や意義についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(22H014190)、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(JPMXP12yyxx1234)の助成を受けて実施されました。

論文情報

雑誌名

Lab on a Chip

論文タイトル

Continuous-flow electrorotation (cROT): an improved throughput characterization for dielectric properties of cancer cells

著者

Kazuma Yoda, Yoshiyasu Ichikawa and Masahiro Motosuke

DOI

10.1039/D3LC00301A

東京理科大学について

東京理科大学
詳しくはこちら

当サイトでは、利用者動向の調査及び運用改善に役立てるためにCookieを使用しています。当ウェブサイト利用者は、Cookieの使用に許可を与えたものとみなします。詳細は、「プライバシーポリシー」をご確認ください。