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2023.11.13 Mon UP

糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明

国立大学法人筑波大学
東京理科大学
学校法人関西文理総合学園 長浜バイオ大学

糖尿病モデルマウスの膵島の単一細胞レベルでの遺伝子発現解析により、糖尿病発症初期の膵β細胞では血糖値の上昇に伴いAnxa10の発現が増加すること、増加したAnxa10は細胞内カルシウム恒常性に影響を及ぼし、インスリン分泌能を低下させることを見いだしました。

糖尿病の大部分を占める2型糖尿病は、肥満などによるインスリン抵抗性(インスリンが効きにくい状態)と、それに対する膵臓のβ細胞の代償性インスリン分泌の破綻(膵β細胞機能不全)および膵β細胞量の減少が関与すると考えられています。しかし、その病態や発症機序は未だ不明な点が多く残されています。

本研究では、2型糖尿病の発症過程における、健常から未病状態、糖尿病発症へ進展する際の膵島(膵臓でインスリンを作る組織)の構成細胞の変化を明らかにするために、糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスの膵島の単一細胞レベルでの遺伝子発現解析を行いました。その結果、β細胞、α細胞、δ細胞、PP細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、膵星細胞、導管細胞、膵腺房細胞など20種類の細胞クラスターを同定しました。また、糖尿病モデルマウスの膵β細胞は病態の進行に伴って6種類のクラスターに分類され、擬時間解析により、膵β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転換するという新規の経路を明らかにしました。さらに、糖尿病発症初期の膵β細胞で特異的に発現が増加する遺伝子としてAnxa10を同定し、Anxa10の発現は膵β細胞内カルシウムの上昇によって誘導され、インスリン分泌能を低下させることを明らかにしました。

これらの知見は、2型糖尿病の特に発症初期の分子機序の解明や新規の予防・診断・治療法の開発に貢献すると期待されます。

研究代表者

筑波大学医学医療系
島野 仁 教授

東京理科大学生命医科学研究所
松島 綱治 教授

長浜バイオ大学アニマルバイオサイエンス学科
小倉 淳 教授

研究の背景

わが国の糖尿病有病者と糖尿病予備群は合わせて約2,000万人に上ると言われており、生活習慣と社会環境の変化に伴って急増しています。糖尿病により引き起こされる網膜症・腎症・神経障害などの合併症や脳卒中、虚血性心疾患などの心血管疾患の発症・進展が大きな問題となっていることから、糖尿病の発症予防や、一度発症しても早期に診断・介入するための有効な予防・診断・治療法の確立が、喫緊の課題です。糖尿病の大部分を占める2型糖尿病(生活習慣の悪化によって発症する)は、肥満などによるインスリン抵抗性と膵臓のβ細胞のインスリン分泌の低下により引き起こされると考えられていますが、その病態や発症機序は未だ不明な点が多く残されています。

研究内容と成果

本研究では、2型糖尿病の発症過程における、健常から未病状態、糖尿病発症へ進展する際の膵島(膵臓でインスリンを作る組織)の構成細胞の変化を明らかにするために、著明な肥満と高血糖を呈する2型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスの膵島のシングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)解析注1)を行い、β細胞、α細胞、δ細胞、PP細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、膵星細胞、導管細胞、膵腺房細胞など20種類の細胞クラスターを同定するとともに、糖尿病モデルマウスの膵β細胞7注2)は病態の進行に伴い6種類のクラスターに分類されることが分かりました(図1)。擬時間解析注3)により、糖尿病の進行に伴って変化する細胞状態のパスウェイを調べたところ、その中の一つが、β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転換注4)する新規の経路であることを見いだしました(図2)。さらに、糖尿病発症初期の膵β細胞で特異的に発現が増加する遺伝子として、カルシウムおよびリン脂質に結合するタンパク質ファミリーの一つであるAnxa10を同定しました(図3)。Anxa10と膵β細胞および糖尿病発症との関連はこれまで報告が無く、Anxa10が糖尿病に至る前の新規未病マーカーとなる可能性があります。また、本遺伝子の発現は、高グルコースや脂肪毒性によるβ細胞内カルシウムの上昇によって誘導され、一方で脱分極に伴うβ細胞内カルシウム量の増加を抑制することにより、インスリン分泌能を低下させることを明らかにしました。以上のことから、Anxa10は機能的にも膵β細胞の初期の機能不全に深く関与することが示唆されます。

今後の展開

本研究により、糖尿病の未病から発症初期の膵β細胞の性質の変化と膵島細胞社会の変遷、特に、未病の膵β細胞で増えるAnxa10が細胞内カルシウムの恒常性を乱し、膵β細胞からのインスリン分泌低下を引き起こすという新しい分子機序が明らかとなりました。これらの知見は、2型糖尿病発症初期の分子機序の解明や、新規の予防・診断・治療法の開発に寄与すると期待されます。

参考図

糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明
図1 シングルセルRNA-seqから明らかになった正常マウスおよび糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)の膵島の細胞組成
20種類の細胞クラスターが同定され、特に糖尿病モデルマウスの膵β細胞は、前糖尿病(未病)から糖尿病への病態の進行に伴い6種類のクラスターに分類された。
糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明
図2 糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)の糖尿病発症過程における膵β細胞の組成と擬時間解析
6週齢(前糖尿病)および10週齢(糖尿病)のdb/dbマウスの膵島から9種類の膵β細胞クラスターを同定した。また、糖尿病の進行に伴って細胞状態が変化する4つのパスウェイを明らかにした。その中の一つは、β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転換するという新規経路であった。
糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明
図3 正常マウスおよび糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)の膵島のAnxa10(赤色部分)およびインスリン(Insulin、緑色部分)の免疫染色像
正常マウスの膵島ではAnxa10は発現していないのに対して、db/dbマウスの膵島ではAnxa10の強い発現が認められる。また、db/dbマウスの膵β細胞(インスリン陽性細胞)でのAnxa10の発現は6週齢で最も高く、糖尿病の進行とともにその量は減少する。一方、膵島周囲の腺房細胞におけるAnxa10の発現は糖尿病の進行とともに増加する。

用語解説

注1) シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)
1細胞レベルでRNA発現量を解析できる最新技術。

注2) 膵β細胞
膵臓ランゲルハンス島にあり、インスリンを合成・分泌する細胞。

注3) 擬時間解析
発現変動遺伝子の情報を元に、相対的な細胞型や細胞状態の遷移を推定する解析

注4) 分化転換(transdifferentiation)
ある分化した細胞が、別の分化した細胞に変化すること。

研究資金

本研究は、科学研究費助成事業新学術領域研究「予防を科学する炎症細胞社会学」による研究プロジェクト(17H06395、17H06392、17H06399)の一環として実施されました。

掲載論文

題 名

Single-cell transcriptome profiling of pancreatic islets from early diabetic mice identifies Anxa10 for Ca2+ allostasis toward β-cell failure.
(糖尿病初期マウスの膵島の単一細胞トランスクリプトームプロファイリングによる、β細胞不全を導くCa2+アロスタシス因子Anxa10の同定)

著者名

Motomura K, Matsuzaka T, Shichino S, Ogawa T, Pan H, Nakajima T, Asano Y, Okayama T, Takeuchi T, Ohno H, Han SI, Miyamoto T, Takeuchi Y, Sekiya M, Sone H, Yahagi N, Nakagawa Y, Oda T, Ueha S, Ikeo K, Ogura A, Matsushima K, Shimano H.

掲載誌

Diabetes

掲載日

2023年10月23日

DOI

10.2337/db23-0212

問合わせ先

【研究に関すること】

島野 仁(しまの ひとし)
筑波大学 医学医療系 教授
TEL: 029-853-3053
E-mail: hshimano【@】md.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000001762

【取材・報道に関すること】

筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu【@】un.tsukuba.ac.jp

東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL: 03-5228-8107
E-mail: koho【@】admin.tus.ac.jp

長浜バイオ大学 アドミッション・オフィス 広報担当
TEL: 0749-64-8100
E-mail: kouhou【@】nagahama-i-bio.ac.jp

【@】は@にご変更ください。

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