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アレルギー病の原因となるIgE自然抗体の産生メカニズムを解明
~肺の共生細菌の変化によりIgE自然抗体の産生が誘発される~
研究の要旨とポイント
- 免疫グロブリンE(IgE)はアレルギー反応に関与する抗体であり、血液中のIgE自然抗体濃度が高いほどアレルギー疾患にかかりやすいとされます。
- 血中IgE濃度が高く維持される遺伝子改変マウスを用いて、IgE自然抗体の産生メカニズムには、肺の共生細菌が深くかかわっていることを見出しました。
- 本研究成果を発展させることにより、IgE自然抗体の産生を阻止する新たなアレルギー治療・予防法の開発が期待されます。
概要
東京理科大学生命科学研究科の天野峻輔氏(博士後期課程3年)、生命科学研究科・生命医科学研究所の北村大介教授らの研究グループは、アレルギー反応に関与するタンパク質「免疫グロブリンE(IgE)」について、血中IgE濃度が高く維持される遺伝子改変マウスを用いて、その産生メカニズムを解明しました。また、このマウスの肺で増殖している共生細菌の一種がIgEの産生を誘発することを見出しました。
IgEは血液中に存在する抗体であり、体内に侵入した花粉やイエダニなどのアレルゲンに結合すると、各種アレルギー反応を引き起こします。IgEの半減期は1–2日と短く、IgEを産生する形質細胞(*1)は寿命が短いため、通常であれば血液中にIgEはほとんど検出されません。一方、アレルギー疾患を持つ人では、IgE自然抗体(*2)が長期にわたり高い濃度で血中に維持されることが知られています。しかし、その理由は解明されていませんでした。
そこで、本研究では、血中IgE濃度が高く維持される遺伝子改変(MyD88欠損)マウスを用いて、IgE自然抗体の産生メカニズムを調べました。すると、IgEの産生にはIgG型記憶B細胞(*3)が関与すること、また、このマウスの肺では共生細菌の一種Streptococcus azizii(S. azizii)が増加しており、この菌によりIgEの産生が誘発されることを見出しました。さらに、MyD88を欠損する肺の細胞ではサイトカイン(*4)であるCSF1(*5)が過剰に産生されており、これが樹状細胞の活性化を介して、IgE自然抗体の産生を誘導していることを解明しました。
アレルギーについては、社会の衛生環境の向上に伴って患者数が増加したとする、いわゆる「衛生仮説」が提唱されていますが、そのメカニズムは明らかではありません。MyD88は代表的な自然免疫受容体(*6)であるToll様受容体の下流シグナル分子であり、生体内の細菌を感知する働きを担います。そのシグナルが欠落するMyD88欠損マウスは、過度に清潔な状態に置かれた個体を反映していると考えられ、そうした状況ではある種の細菌感染が起こった時にそれに反応してIgE自然抗体が異常に産生されるのではないかと推察されます。
本研究成果は、2023年2月20日に国際学術誌「The Journal of Immunology」にオンライン掲載され、また同誌の2023年4月1日発行号においてTop Readに選出されました。
研究の背景
抗体の構造は、抗原に結合する「可変部」とそれを支える「定常部」に分けられ、定常部の種類によってIgE、IgM、IgGなどいくつかの種類(クラス)に分類されます。抗原が侵入した際、最初につくられる抗体はIgM型であり、その後、定常部遺伝子に組換えが起こって、定常部の構造だけが異なるIgG型やIgE型の抗体が産生されるようになります(クラススイッチ)。
抗体を産生するのは白血球の一種であるB細胞です。骨髄より生じたナイーブB細胞は、抗原に遭遇すると活性化されて増殖し、Th2細胞(*7)などからの刺激を受けてクラススイッチを起こし、低親和性の抗体を産生する「短寿命形質細胞(short-lived plasma cell: SLPC)」に分化します。活性化されたB細胞の一部は、増殖して「胚中心」を形成します。胚中心のB細胞は体細胞超突然変異(*8)を経た後、高親和性の抗体を産生する「長寿命形質細胞(long-lived plasma cell: LLPC)」や、再度の抗原侵入時に速やかに大量の抗体を産生する「記憶B細胞」に分化します。
研究グループは、以前の研究において正常なマウスではIgEを産生するB細胞の寿命が短く、IgE型記憶B細胞が産生されないメカニズムがあることを明らかにしていました(※)。一方、血液中にIgE自然抗体を長期に維持する人もいて、どうしてそれが可能なのか、その理由を解明するべく本研究を行いました。
※Haniuda, K., et al. (2016) Autonomous membrane IgE signaling prevents IgE-memory formation. Nature immunology 17(9): 1109-1117.
研究結果の詳細
まず、MyD88欠損(MyD88−/−)マウスの血清IgE濃度を調べました。すると生後2週齢から血清IgE濃度が上昇し始め、4週齢でピークに達し、その後高い濃度で維持されました。一方、MyD88+/+およびMyd88+/−マウスでは血清IgE濃度は低く維持されました。
1. IgEの産生にはIgG型記憶B細胞が関与する
薬剤処理により形質細胞を枯渇させたところ、血清IgE濃度が一時的に低下しましたが、その後2週以内に元のレベルまで回復しました。また、抗体投与によりB細胞および記憶B細胞を除去したところ、ナイーブB細胞は投与後7週以内に半数まで回復したにもかかわらず、血清IgE濃度は9週まで回復しませんでした。これより、IgE産生には長寿命のLLPCではなく短寿命のSLPCが、そしてナイーブB細胞ではなく記憶B細胞が関与することが示唆されました。
また、MyD88−/−マウスでは、MyD88+/−マウスに比べ、IgG1を発現する記憶B細胞の分画が増加していました。そして、抗体可変部領域の遺伝子レパートリーを調べると、IgE型形質細胞は、IgG1型またはIgG2型記憶B細胞と配列を共有していました。これらの結果から、MyD88欠損マウスにおける継続的な高い血清IgE濃度には、IgG型記憶B細胞から分化したIgE型SLPCが関与することが示唆されました。
2. 肺の共生細菌によりIgEの産生が誘発される
MyD88−/−マウスの肺細菌叢を調べると、レンサ球菌であるS. aziziiが異常増殖していました。また、MyD88−/−マウスから得たIgE型抗体はS. aziziiに結合しました。さらに、抗生物質投与により共生細菌を枯渇させた後、S. aziziiを感染させると、血清IgE濃度がMyD88−/−では有意に増加しましたが、MyD88+/+マウスでは変化しませんでした。これらの結果から、MyD88欠損によりマウスの肺の細菌叢が変化し、S. aziziiなどのレンサ球菌種が免疫反応を引き起こしてIgE自然抗体の産生を誘発させたと考えられます。
3. サイトカインCSF1が樹状細胞の活性化を介してTh2型免疫応答を誘導する
MyD88−/−マウスでは、CD4+T細胞のうちTh2細胞の数と頻度が増加していました。また、肺の非造血細胞(上皮細胞)における各種サイトカインの発現を解析したところ、CSF1の発現レベルが顕著に増加していました。さらに、MyD88−/−マウスでは、CSF1受容体を発現した従来型2型樹状細胞(cDC2)が増加していました。これらの結果から、MyD88欠損マウスにおいては、肺の非造血細胞においてCSF1が過剰発現しており、これが樹状細胞の活性化を介してTh2型免疫応答を誘導し、IgE自然抗体の産生を促進すると考えられました(図)。
本研究成果について、北村教授は「本研究により、IgE自然抗体を長期に供給する記憶B細胞や、またその記憶B細胞の抗体産生細胞への分化を誘導するTh2細胞を標的とした、IgE自然抗体の産生を阻止する新たなアレルギーの予防方法が見つかるかもしれません」と今後の研究の発展に期待を寄せています。
用語
*1 形質細胞
B細胞から分化した細胞で、抗体の産生・分泌を担う。
*2 自然抗体
特に抗原に感作されなくても、血液中に普段から存在する抗原非特異的な抗体。
*3 IgG型記憶B細胞
抗原に反応して活性化・増殖したB細胞の一部から分化した細胞で、長期間生存して再度の抗原侵入時に形質細胞となり、速やかに大量の抗体を産生する。IgG型では、免疫グロブリンGがつくられる。
*4 サイトカイン
細胞間の情報伝達にはたらくタンパク質。
*5 CSF1
マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)とも呼ばれるサイトカイン。マクロファージ以外に従来型2型樹状細胞(cDC2)も刺激し、それらを増殖させる。
*6 自然免疫受容体
多くの病原体に幅広く共通する分子パターンを認識して、免疫細胞を活性化する受容体。
*7 Th2細胞
2型Tヘルパー細胞。アレルギーを起こす免疫応答を主に司る。
*8 体細胞超突然変異
胚中心B細胞において、抗体可変部の遺伝子領域に高頻度の変異が導入される。これにより抗体の多様性が増大する。
論文情報
雑誌名
The Journal of Immunology
論文タイトル
Commensal Bacteria and the Lung Environment Are Responsible for Th2-Mediated Memory Yielding Natural IgE in MyD88-Deficient Mice
著者
Shunsuke Amano, Kei Haniuda, Saori Fukao, Hiroyasu Aoki, Satoshi Ueha, and Daisuke Kitamura
DOI
発表者
天野 峻輔 東京理科大学大学院 生命科学研究科 博士後期課程3年(2022年度博士修了)<筆頭著者>
羽生田 圭 東京理科大学 生命医科学研究所 嘱託特別講師
深尾 紗央里 東京理科大学 生命医科学研究所 東京理科大学ポストドクトラル研究員
青木 寛泰 東京理科大学 生命医科学研究所 炎症・免疫難病制御部門・東京大学大学院医学博士課程4年 (衛生学教室)
上羽 悟史 東京理科大学 生命科学研究科・生命医科学研究所 炎症・免疫難病制御部門 准教授
北村 大介 東京理科大学 生命科学研究科・生命医科学研究所 がん生物学部門 教授<責任著者>
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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