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2023.03.30 Thu UP

低分子βグルカン摂取により大腸がんを予防、改善
~昆布などに含まれる低分子βグルカンにより大腸癌を予防・治療できる可能性~

研究の要旨とポイント

  • 昆布やワカメなどに多く含まれるラミナリンのような低分子βグルカンを含む食品の摂取が大腸がんの予防に有用である可能性が、マウス実験およびヒトにおける研究から示唆されました。
  • 低分子βグルカンはキノコや酵母に含まれる通常の高分子βグルカンの作用を阻害することによって発がんを抑制します。
  • 本研究は、低分子量βグルカンを含む機能性食品や、低分子βグルカンの発がん抑制メカニズムで重要な役割を果たすデクチン1を標的とする医薬品など、新たな大腸がんの予防・治療法の開発につながる可能性があります。

東京理科大学生命医科学研究所の岩倉 洋一郎教授、および中国中山大学附属第一病院の唐 策(トウ・サク)教授(東京理科大学生命医科学研究所客員教授)の研究グループは、デクチン1(*1)と呼ばれるβグルカン(*2)受容体を欠損させたマウスは大腸がんを発症しにくく、デクチン1阻害作用を持つ低分子量βグルカンを摂取することにより発がんを抑制できることを見出し、その抑制メカニズムを解明しました。

この結果はデクチン1を標的とした新たな大腸がん治療薬の開発に対する理論的な根拠を提供するとともに、昆布やワカメなどの低分子量βグルカンを含む食品の摂取が大腸がんの予防に有用である可能性を示しています。

本研究成果は、2023年3月17日発行の米国科学誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。

研究の背景

私たちの腸管は常に病原体や食品に含まれるさまざまな物質に曝されており、これらの中にはがんを引き起こす物質も含まれています。しかし、どのような物質がどのようなメカニズムでがんを引き起こしているのかは、まだ十分にはわかっていません。その中で、これまで、キノコや酵母などの真菌の構成成分であるβグルカンには抗がん作用があるのではないか、と考えられていため、漢方薬や食品添加物として利用されてきました。また、βグルカンは同じ真菌の仲間である病原性のカンジダ菌などの細胞壁の構成成分でもあります。岩倉研究グループでは、デクチン1とよばれる細胞表面上の分子がβグルカンの受容体であり、真菌感染防御に重要な役割を果たしていることを以前明らかにしております(Saijo et al., Nat. Immunol., 2007; Immunity, 2010)。

食物には酵母やキノコなどβグルカンが多く含まれおり、大腸にはデクチン1発現細胞が多数認められる事から、デクチン1は大腸でも何らかの機能を果たしている可能性が考えられました。そこで、大腸におけるデクチン1の役割を調べたところ、デクチン1を欠損させたマウスは潰瘍性大腸炎のモデルであるデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導大腸炎を起こしにくいことを見出しました。これはデクチン1シグナルを抑制すると腸管で抗菌タンパク質の発現が減少することで特定の細菌が増殖しやすくなり、その中の乳酸菌やクロストリジウム菌の一部が抑制性のT細胞(Treg)の分化を誘導することによって、大腸炎を抑制することに起因するとわかりました(Tang et al., Cell Host Microbe, 2015; Tang et al., Nat. Immunol., 2018)。この発見はデクチン1の機能を阻害すると大腸炎を抑制できることを示唆するもので、実際、デクチン1の機能を阻害する活性を持つ低分子量βグルカンを投与すると大腸炎が抑制されることがわかりました。

今回の研究はこのような知見に基づき、デクチン1の欠損が大腸がんの発症に与える影響を調べたものです。

研究結果の詳細

ヒトの家族性大腸腺腫症モデルであるApcMinマウス、および化学発がんモデルであるアゾキシメタン(AOM)—DSS誘導大腸がんモデルを用いて、デクチン1遺伝子欠損が腫瘍形成に及ぼす影響を調べたところ、両モデルとも欠損マウスで腫瘍形成が抑制されることを見出しました。意外なことに、無菌動物でも同様の結果が得られたことから、大腸腫瘍の発症制御には腸内細菌は関与していないと考えられます。そこで、そのメカニズムを調べたところ、デクチン1欠損マウスでは腫瘍内のプロスタグランティンE2(PGE2)(*3)濃度が低下しており、COX2などのPGE2合成酵素の発現が低下していることがわかりました。PGE2やCOX2は以前から腸管における腫瘍形成を促進することが知られています。

次に、PGE2合成酵素の産生細胞を調べたところ、主に腫瘍内に浸潤してきたミエロイド細胞由来抑制細胞(MDSC)で作られていることがわかりました。そして、高分子量βグルカンでMDSCを処理すると強くPGE2合成酵素の発現が誘導され、逆に低分子量βグルカンでは発現が抑制されたことから、デクチン1シグナルがPGE2合成を強く促進することがわかりました。興味深いことは、PGE2が産生細胞であるMDSC自身の分化、増殖を促進していたことです。これは、MDSCはPGE2を産生することによって自己触媒的に増殖が促進されることを示唆しています。MDSCは腫瘍形成を促進すると考えられており、MDSCが減少することもデクチン1欠損マウスで腫瘍が減少する一因と考えられます。

デクチン1欠損マウスで見られたもう一つの注目すべき現象として、IL-22BP(*4)というタンパク質が増加していたことがあります。この遺伝子を欠損させるとApcMinマウスでポリプが増加して早く死亡するようになることから、この分子は腫瘍抑制に重要な役割を果たしているものと考えられます。IL-22BPの産生はPGE2によって強く抑制されることから、結局デクチン1欠損マウスではPGE2の産生が減少することによってIL-22BPの産生が亢進し、腫瘍形成が抑制されるものと考えられます。

これらの結果はデクチン1シグナルを抑制することによって腸管腫瘍形成が抑制できることを示唆します。実際、低分子量βグルカンであるラミナリンをマウスの食餌に混ぜて摂取させたところ、AOM-DSSで誘導した大腸腫瘍形成が有意に抑制されることがわかりました。

それでは、ヒトでもデクチン1は同じような役割を果たしているのでしょうか。唐らは大腸がんの患者ではデクチン1の発現量が重症度に相関しており、高発現の患者の余命は低発現の患者に比べ有意に短いことを見出しました。さらにヒトでもデクチン1発現量とPGE2の発現量の間には相関関係が認められ、また、IL-22BP遺伝子の発現量とは逆相関していることがわかりました。また、デクチン1シグナルはPGE2合成酵素の発現を亢進させ、低分子量βグルカンは逆にPGE2合成酵素の発現を抑制することがわかりました。従って、ヒトでもデクチン1シグナルは腸管腫瘍形成を促進しているものと考えられます。

これまでに、高分子量βグルカンを食品としてではなく生体内に直接投与した場合には、免疫担当細胞のNK細胞や樹状細胞を活性化して抗腫瘍活性を示すことが報告されています。しかし、食品中に含まれるβグルカンが大腸がんの発症にどのような影響を与えるかについては詳しく調べられていませんでした。今回、本研究によって大腸がんの場合は、むしろ高分子量βグルカンの摂取は腫瘍の増殖を促進し、逆に低分子量βグルカンによってデクチン1シグナルを抑制することによって発がんを抑制できることがわかりました。

低分子βグルカン摂取により大腸がんを予防、改善~昆布などに含まれる低分子βグルカンにより大腸癌を予防・治療できる可能性~
図 腸管でデクチン1シグナルを抑制すると大腸がんの発症が抑制される。
A.家族性大腸腺腫症モデル(ApcMin)マウスの大腸ポリプ数はデクチン1欠損(Clec7a–/–)マウスで有意に減少している。B.ポリプではPGE2合成酵素(Cox2)の発現が低下ている。また、試験管内で、高分子量βグルカンであるカードランによりミエロイド細胞内にCox2の発現が誘導され、逆に低分子量βグルカンであるラミナリンによって阻害される。C.デクチン1欠損マウスではIL-22BPの発現が亢進している。D.デクチン1遺伝子欠損によりApcMinマウスの寿命は長くなるのに対し、IL-22BP遺伝子を欠損させると寿命が短くなる。E.デクチン1欠損マウスではミエロイド由来抑制細胞(MDSC)の数が減少している。F.ラミナリンを食餌に混ぜて食べさせるとAOM-DSS誘導大腸ポリプの数を減少させることができる。G.大腸がん患者のうち、デクチン1発現量の高い人の生存率は低い人に比べると有意に低い。H.大腸がん患者のデクチン1発現量はがんの重症度に相関している。

今後の展望

本研究により、マウスでは高分子量βグルカンでデクチン1を活性化すると、PGE2の産生が促され、IL-22BPの発現が抑制されるために、腸管腫瘍形成が促進されることがわかりました。マウスだけなく、大腸がん患者でも同様にデクチン1の活性化ががんの増悪に関与している可能性があります。さらに、デクチン1シグナルを低分子量βグルカンで阻害すると大腸がんを予防、治療できることを、マウスモデルを使って示しました。昆布やワカメなどの海藻にはこのような低分子量βグルカンがたくさん含まれています。今後このような低分子量βグルカンを含む機能性食品やデクチン1を標的とする医薬品など、新たな大腸がんの予防・治療法の開発を目指したいと考えています。

参考資料

まとめ

  • 大腸がんの微小環境内では、βグルカンによって活性化されたデクチン1シグナルがミエロイド細胞からPGE2やIL-6などの産生を誘導する。
  • PGE2とIL-6はミエロイド由来抑制細胞(MDSC)の分化・増殖を促進する。
  • MDSCはデクチン1を高発現しており、βグルカン刺激でPGE2を産生し、PGE2はIL-22BPの産生を抑制する。
  • IL-22BP の減少はIL-22の作用を増強させ、大腸がんの発生を促進する。
  • 従って、デクチン1シグナルを阻害することにより、大腸がんを予防・治療できる。

※ 本研究は、文部科学省の科学研究費補助金および中山大学研究費補助金、中国国家自然科学基金委員会の助成を受けて実施したものです。

用語

*1 デクチン1
C型レクチンとよばれる一群の膜結合タンパク質の仲間で、細胞外にある糖鎖認識領域で高分子量βグルカンを認識すると活性化シグナルを細胞内に伝え、活性酸素種を誘導して真菌を殺す。IL-1βやTNF、IL-17Fなどのサイトカインと呼ばれるタンパク質の発現を誘導することにより、好中球の遊走や抗菌ペプチドの発現誘導を促す役割も持ち、真菌に対する感染防御に重要な役割を果たす。

*2 βグルカン
多糖の一種で、グルコースがβ1,3結合で直鎖状につながったものに、途中でβ1,6結合の分岐が見られる。キノコや酵母などの真菌類の細胞壁の構成成分の一つとなっており、分子量50k以上の巨大な分子。デクチン1受容体に結合して活性化する。また、海藻にはラミナリンと呼ばれる分子量3k以下の低分子のβグルカンが含まれていることが知られている。分子量3k以下の低分子βグルカンはデクチン1受容体に結合してもシグナルを伝えることができないため、低分子βグルカンは高分子βグルカンの阻害剤として機能する。

*3 プロスタグランディン(PGE)E2
炎症を引き起こす主要なメディエーターとして知られている。発がんにおいては、EP2受容体に結合して炎症や細胞増殖に関与する遺伝子の発現を誘導することによって腫瘍細胞の増殖を促進する。シクロオキシゲナーゼ2(COX2)はPGE2を合成する重要な酵素の一つであり、Ptgs2遺伝子によってコードされている。これまでの研究により、アスピリンのようなCOX2の阻害剤は大腸癌の発症を抑制することが知られている。しかし、PGE2の産生制御メカニズムはこれまでよくわかっていなかった。

*4 IL-22BP
IL-22 binding proteinまたはIL-22 receptor subunit alpha-2(IL-22RA2)ともいい、サイトカインの一つであり、大腸では樹状細胞で作られていることがわかった。細胞増殖促進活性を持つIL-22に結合してその機能を阻害することが知られている。

論文情報

雑誌名

Nature Communications

論文タイトル

Blocking Dectin-1 prevents colorectal tumorigenesis by suppressing prostaglandin E2 production in myeloid-derived suppressor cells and enhancing IL-22 binding protein expression

著者

Ce Tang, Haiyang Sun, Motohiko Kadoki, Wei Han, Xiaoqi Ye, Yulia Makusheva, Jianping Deng, Bingbing Feng, Ding Qiu, Ying Tan, Xinying Wang, Zehao Guo, Chanyan Huang, Sui Peng, Minhu Chen, Yoshiyuki Adachi, Naohito Ohno, Sergio Trombetta, Yoichiro Iwakura

DOI

10.1038/s41467-023-37229-x

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