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2023.02.20 Mon UP

バラの香り成分『β-ダマスコン』による炎症反応抑制作用を発見
~免疫反応における天然化合物の生理活性を分子レベルで解明~

研究の要旨とポイント

  • 樹状細胞(※1)は免疫反応において重要な役割を果たしていますが、過度に活性化した場合、炎症性疾患や免疫疾患につながることが知られています。
  • 本研究では、バラの主要な香気成分であるβ-ダマスコンが樹状細胞による炎症反応を抑制することを明らかにしました。
  • マウスを用いた実験では、β-ダマスコンの経口投与により、皮膚炎の病態が改善されました。
  • 本研究を発展させることで、炎症性疾患や自己免疫疾患に対する治療法の開発につながることが期待されます。

バラの香り成分『β-ダマスコン』による炎症反応抑制作用を発見~免疫反応における天然化合物の生理活性を分子レベルで解明~

東京理科大学先進工学部生命システム工学科の西山千春教授らの研究グループは、バラの香り成分であるβ-ダマスコンが、樹状細胞による炎症性サイトカイン(※2)の分泌やヘルパーT細胞(※3)の活性化を抑制する作用を有することを明らかにしました。また、接触過敏症マウス(CHSマウス, ※4)を使ったin vivo実験(生体内実験)において、適量のβ-ダマスコンを経口投与することで、マウスの皮膚炎の病態が緩和することを実証しました。本研究成果は、免疫反応メカニズムの理解における有用な知見であり、治療が困難な自己免疫疾患に対する新たな治療法の開発に貢献することが期待されます。

生体内に病原体が侵入すると、樹状細胞がこれらの病原体の特徴を認識し、T細胞に提示することで炎症反応などの免疫反応が進行し、侵入してきた病原体を攻撃します。しかしながら、樹状細胞が何らかの原因で過剰に活性化した場合、炎症性疾患や免疫疾患につながることが知られています。本研究グループは免疫反応に対する作用がほとんど明らかになっていない香料化合物に注目し、これらの中から樹状細胞活性の制御や疾患の抑制に有効な成分の探索を行いました。

研究の結果、薔薇の香りの主成分であるβ-ダマスコンにより、樹状細胞の炎症性サイトカインの分泌やT細胞のTh1細胞への分化を抑制できることを見出しました。また、樹状細胞内の転写因子NRF2(※5)タンパク質レベルがβ-ダマスコンにより増加することを見出しました。さらに、通常のマウスとNRF2をノックアウトしたマウスにβ-ダマスコンを経口投与すると、通常のマウスでは接触性皮膚炎が改善したのに対し、NRF2ノックアウトマウスではその効果が見られませんでした。

以上の結果より、この一連の免疫反応に樹状細胞内のNRF2経路の活性が深く関わっていることが明らかになりました。本研究で明らかとなったβ-ダマスコンによる一連の生体内反応は、炎症性疾患や自己免疫疾患に対する治療法の開発に有用であり、今後のさらなる研究の発展が期待されます。

本研究成果は2023年2月9日に国際学術誌『Frontiers in Nutrition』にオンライン掲載されました。

研究の背景

生体内の免疫反応には自然免疫と適応免疫があり、さまざまな免疫細胞がはたらくことで多くの病原体から身体を防御しています。樹状細胞は免疫細胞の一種で、体内に侵入してきた細菌やウイルスの特徴を認識して細胞膜表面に抗原ペプチドを提示し、T細胞受容体がその抗原ペプチドを認識することにより、抗原特異的なT細胞が増殖・活性化して、免疫応答が誘導されます。このように樹状細胞は免疫反応の初期段階で特に重要な役割を果たしていますが、何らかの原因により過剰に活性化して制御できなくなると、自己組織の損傷を引き起こし、炎症や自己免疫疾患につながります。そのため、樹状細胞のはたらきを制御できる物質が模索されてきました。

本研究グループは、これまでも香料化合物の生理活性に関する研究を展開してきました(*1)。香料は、植物や微生物などに含まれる天然物としても存在するだけでなく、着香目的で食品や日用品へ添加されるなど、私たちの身近な存在です。一方、個々の香料化合物がもつ生理活性、特に、免疫反応に作用を示すのかについては、あまり研究が行われておらず、未知の可能性を秘めた物質が存在する可能性があります。

今回、香料化合物ライブラリの2段階のスクリーニングを経て、バラの主要な香り成分であるβ-ダマスコンが樹状細胞の活性を制御できる可能性を見出しました。そして、生体内での分子レベルでのメカニズムと、実際に炎症反応を抑制する効果があるのかを明らかにすべく、各種検討を行いました。

(参考論文)

*1: 植物精油の成分「サリチルアルデヒド」によるアレルギー症状の改善に関する論文
論文タイトル:Salicylaldehyde Suppresses IgE-Mediated Activation of Mast Cells and Ameliorates Anaphylaxis in Mice
DOI: 10.3390/ijms23158826

研究結果の詳細

本研究グループは、香料化合物ライブラリにおいて2段階のスクリーニングを行いました。第1のスクリーニングでは、抗原提示細胞により活性化されるT細胞の増殖を調べ、樹状細胞の免疫抑制物質の候補として約20種類の化合物を選択しました。第2のスクリーニングでは、サイトカインの一種であるインターロイキン2(IL-2)の産出を抑制する物質を調べ、β-ダマスコンを選出しました。そして、β-ダマスコンにはヘルパーT細胞のTh1細胞への分化を抑制する働きがあることが示唆されました。

一部の植物由来の化学物質は、ストレスセンサーKeap1に直接作用することで転写因子NRF2を活性化し、防御反応を誘導します。そこで、本研究グループはβ-ダマスコンが樹状細胞のNRF2を活性化するかどうかを明らかにするために、β-ダマスコンを作用させたときのNRF2を調べました。その結果、NRF2タンパク質レベルが増加することがわかりました。また、NRF2のターゲット遺伝子であるHmox1Nqo1のmRNAも著しく増加することもわかりました。これらの増加は、β-ダマスコンが樹状細胞のNRF2経路を活性化したことを示唆しています。

CHSマウスモデルを使用したin vivo実験において、通常のマウスではβ-ダマスコンを投与するとマウスの接触性皮膚炎の病態が改善されていましたが、NRF2ノックアウトマウスでは皮膚炎改善効果が見られなくなりました。

本研究により、香料物質β-ダマスコンが樹状細胞を介した免疫応答や炎症反応を抑制することを見出し、樹状細胞におけるNRF2シグナル経路の活性化が根本的な原因の1つであることを突き止めました。

本研究の成果について、西山千春教授は「今回、150種類ほどの香料化合物からバラの香気成分β-ダマスコンを選抜し、免疫調節作用について一通りの検証を行うことができました。香料成分は世界中に3000種類以上存在すると言われているので、今回の研究で調べたのはそのほんの一部にすぎません。香料成分の中にはまだ『お宝』が眠っている可能性が十分に考えられます」と、今後の研究の広がりに期待を寄せています。

※本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B) (20H02939)、基盤研究(C) (21K05297, 19K05884)、特別研究員(DC2)、特別研究員奨励費(21J12113)、日本免疫学会「きぼう」プロジェクト、東京理科大学学長研究推進助成、飯島藤十郎記念食品科学振興財団、武田科学振興財団生命科学研究助成、三島海雲記念財団学術研究奨励金の助成を受けて実施したものです。

用語

※1 樹状細胞: 骨髄細胞由来の白血球であり、樹状突起を持つ。外部からの異物を認識して取り込んだ後、T細胞などのリンパ球に情報伝達を行う。細胞間での情報伝達の際に、サイトカインというタンパク質を産出する。

※2 サイトカイン: 細胞間の情報伝達の際に分泌されるタンパク質。インターロイキンやケモカインなどの種類がある。炎症性サイトカインは、防御反応を引き起こす細胞にはたらきかけることで炎症反応を制御する。

※3 ヘルパーT細胞: Th1細胞、Th2細胞、Th17細胞、Tfh細胞などがある。樹状細胞やマクロファージから体内に侵入してきた病原体の情報を受け取り、サイトカインを産出する。

※4 接触過敏症マウス(CHSマウス): ヒトのアレルギー性接触皮膚炎に関する研究でよく使用される動物モデル。

※5 NRF2:生体内の防御遺伝子の発現を誘導する転写因子。酸化ストレスにより活性化する。ストレスセンサーであるKeap1タンパク質によって活性が調節されている。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Nutrition

論文タイトル

A rose flavor compound activating the NRF2 pathway in dendritic cells ameliorates contact hypersensitivity in mice

著者

Naoki Kodama, Hikaru Okada, Masakazu Hachisu, Miki Ando, Naoto Ito, Kazuki Nagata, Mayuka Katagiri, Yayoi Yasuda, Ikumi Hiroki, Takuya Yashiro, Gaku Ichihara, Masayuki Yamamoto, and Chiharu Nishiyama

DOI

10.3389/fnut.2023.1081263

発表者

兒玉 直輝* 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 修士課程修了(2021年度修士修了)
岡田 光* 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 修士課程修了(2020年度修士修了)
八須 匡和* 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 講師
安藤 実希 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 修士課程2年
伊藤 直人 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 博士課程1年
長田 和樹 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 博士課程3年
片桐 万由佳 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 修士課程1年
安田 弥生 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 学部4年
廣木 郁美 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 修士課程修了(2021年度修士修了)
八代 拓也 東京理科大学 先進工学部 西山研究室 講師(当時)
市原 学 東京理科大学 薬学部 教授
山本 雅之 東北メディカル・メガバンク機構 機構長・教授
西山 千春 東京理科大学 先進工学部 教授

*筆頭著者(兒玉、岡田、八須は同等)

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