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2023.02.16 Thu UP

植物色素ベタレイン生合成遺伝子を導入したトマトが、優れた抗炎症作用を示すことを発見
~代謝工学による新たな健康食品の開発・製造に期待~

研究の要旨とポイント

  • 天然着色料(ビートレッド)として食品に利用されるベタレインには、強い抗酸化活性があることが知られています。
  • 遺伝子組換え技術により、ベタレインを可食部に蓄積するトマトおよびジャガイモを作出し、特に、ベタレイン産生トマトは、天然トマトよりも優れた抗炎症作用および大腸炎抑制作用を有することがわかりました。
  • 今回作出されたベタレイン産生トマトは、健康食品としての応用が期待されます。

東京理科大学先進工学部生命システム工学科の有村源一郎教授らの研究グループは、公益財団岩手生物工学研究センターとの共同研究によって、強い抗酸化活性が知られる植物色素ベタレイン(ベタシアニン)を可食部に蓄積するトマトおよびジャガイモの作出に成功しました。特に、ベタレイン産生トマトは、天然トマトよりも優れた大腸炎抑制作用を有することが明らかとなり、健康食品としての応用が期待されます。

ベタレインは、テーブルビートなどナデシコ目の植物に含まれる特有の色素です。特にベタレインの1種であるベタシアニンは、赤紫色を呈し、天然着色料ビートレッド(赤ビート色素)として、菓子類などの着色に古くから利用されてきました。近年、このベタレインに強い抗酸化活性があることがわかり、健康機能性成分として注目を集めています。

本研究では、このベタレイン(ベタシアニン)を、可食部に蓄積するトマトおよびジャガイモの作出に成功しました。このベタレイン産生トマトの果実エキスをマクロファージ(*1)に投与したところ、各種炎症関連遺伝子の転写が抑制されました。また、大腸炎モデルマウスに投与したところ、重症度を示す各種指標の値が改善しました。これらのことから、今回作出されたベタレイン産生トマトには、優れた抗炎症作用および大腸炎抑制作用があることが示されました。

ベタレインは耐熱性が低く、加熱調理には向きません。今回作出に成功したベタレイン産生トマトは、生野菜として摂取できるため、健康食品として応用できる可能性が高く、その実現が期待されます。

本研究成果は、2023年1月26日に国際学術誌「Biotechnology and Bioengineering」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ベタレイン色素は、赤紫色を呈するベタシアニンと、黄色を呈するベタキサンチンの2種類に分けられます。これら色素は、広く植物に含まれるアントシアニンの代わりに花や果実等に様々な色合いを与えます。

ベタレイン系色素は、ナデシコ目以外の植物には存在しておらず、遺伝子組換え技術を用いて、ナデシコ目以外の食用作物や鑑賞植物にベタレインを蓄積させる試みが行われてきました。例えば、タバコにベタレインを蓄積させた場合では、灰色かび病菌に対する抗菌活性を示すことが報告されています。このように、ベタレイン色素の代謝工学は、農業や園芸分野において、高い利用の可能性を有しています。

一方、ベタレインの有する強い抗酸化活性にもかかわらず、ヘルスケア食品分野においては、人為的に作出したベタレイン蓄積作物の利用についてほとんど研究されてきませんでした。そこで、本研究ではその萌芽的役割を担うべく、ベタレイン色素生合成遺伝子の代謝工学によりベタレイン産生トマトおよびジャガイモを作出し、その抗炎症作用を検討しました。

研究結果の詳細

ベタシアニンの合成には、3つの遺伝子(CYP76AD1DOD5GT遺伝子)が関与します。今回の実験ではこれら遺伝子を、バイナリーベクター法を用いて野生型植物に導入し、ベタシアニン産生トマト株(Tb)およびジャガイモ株(Pb)を作製しました。これらベタシアニン産生株、および野生型(TwまたはPw)を適切な環境下で育成し、それぞれからトマト果実およびジャガイモ塊茎を収穫しました。

まず、成長したベタシアニン産生株を観察すると、トマト(Tb)では、野生型(Tw)と比較して、おしべが橙色または赤色に変色し、果実が暗赤色に変色していました(図A)。また、ジャガイモ(Pb)では、野生型(Pw)と比較して、根および塊茎が暗赤色に変色し、葉もわずかに黒ずんでいました。

次に、可食部におけるベタシアニン蓄積量を調べると、トマト、ジャガイモともにベタシアニン産生株ではベタシアニンが高濃度で蓄積していました。トマトでは、特に果実の成熟期に、ベタシアニン蓄積が起こることがわかりました。

(1)抗炎症作用
ベタシアニン産生トマト株Tbの果実、およびジャガイモ株Pbの塊茎を粉砕し、抽出物を得ました。その抽出物を100倍、1000倍または10000倍に希釈し、マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)に添加しました。その後LPS(Lipopolysaccharide)処理によってマクロファージ様細胞を活性化させ、各種炎症関連遺伝子の転写レベルを調べました。

すると、ベタシアニン産生トマト株Tbの100倍希釈液、1000倍希釈液において、炎症性サイトカインTNF-α遺伝子の転写レベルが有意に低下しました。同様に、他の炎症性サイトカイン(IL-1βIL-6)遺伝子、および炎症誘導遺伝子(COX-2遺伝子)の転写レベルも低下しました。一方、ジャガイモ塊茎抽出物では、野生型Pw、ベタシアニン産生株Pbともに、解析したすべての遺伝子で転写レベルの低下はみられませんでした。

また、ベタシアニンを主成分とする市販のビートレッド(BR)を用いて同様の実験を行ったところ、1 nM以上の濃度で添加した際に、TNF-α遺伝子の転写レベルが低下しました。

(2)大腸炎に対する作用
マクロファージにおける抗炎症作用がみられたベタシアニン産生トマト株Tbおよび市販BRを用いて実験を行いました。Tb抽出物、野生型Tw抽出物またはBRをマウスに11日間経口投与し、その間にデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)処理によってマウスに大腸炎を誘発させ、大腸炎の各種指標を調べました。

すると、ベタシアニン産生トマト株Tb抽出物を投与したマウスでは、大腸炎による体重減少が有意に改善されました。また、大腸炎の重症度を示すDAI(Disease activity index)スコアも大きく改善されました。さらに、炎症による結腸の短縮も十分に改善されました。そして、結腸におけるTNF-α遺伝子の転写レベルはDSS処理により上昇しますが、Tb抽出物を投与したマウスでは、その上昇が抑制されました。一方、野生型TwやBRを投与したマウスでは、このような抑制効果はみられませんでした(図B)。

体重減少や結腸の短縮などいくつかの指標は、野生型Twによっても中程度〜わずかに改善されました。これは、トマトに含まれるリコピンなどの機能性成分によるものと考えられます。そこで、天然のトマト果実由来成分とベタシアニンの相加効果を検討するべく、野生型Tw抽出物にBRを加えたもの(Tw+BR)を用いて、同様の実験を行いました。すると、Tw+BRを投与したマウスでは、体重減少および結腸の短縮が、野生株TwまたはBRのどちらかを投与した場合と同程度に改善されました。一方、DAIスコアは、野生株TwまたはBRのどちらかを投与した場合よりもさらに改善され、その改善効果はTbを投与した場合と同程度となりました。また、TNF-α遺伝子の転写レベルはTbを投与した場合と同程度に抑制されました(図B)。このことから、トマト果実由来成分とベタシアニンは、部分的に相加的または相乗的な抗炎症作用を示すことが示唆されました。

研究を行なった有村教授は「健康食品のニーズは衰え知らずです。バイオテクノロジーを用いた健康食品の開発は、食の供給と健康に同時に資することができる、実行性の高いビジネスとなります。また、国内では食用遺伝子組換え作物の商業栽培は行われていないものの、密閉型植物工場などで健康食品として製造することで、組換え植物の普及にもつながると期待されます。さらに、この技術は園芸花き作物において新たな花色の創出にも応用できると期待されます」と今後の応用について期待を示しています。

※本研究は、日本学術振興会の科研費(20H02951, 15H04453)、学振共同研究(J21-740)およびサッポロ生物科学振興財団の助成を受けて実施したものです。

植物色素ベタレイン生合成遺伝子を導入したトマトが、優れた抗炎症作用を示すことを発見~代謝工学による新たな健康食品の開発・製造に期待~
図 (A)発生過程における野生型(Tw)とベタレイン産生トマト株(Tb)の果実。(B)ビートレッド(BR)およびトマト果実(TwおよびTb)抽出物の腸管抗炎症作用。マウスにBR、Tw抽出物、Tb抽出物またはTw+BRを経口投与した。DSS誘発大腸炎マウスの大腸におけるTNF-α遺伝子の転写レベルは、DSSのみが投与されたマウスと比較して、Tb抽出物およびTw+BRを投与されたマウスで低下した。図中で示される異なる小文字は統計的に異なることを示す(P<0.05)。

用語

*1 マクロファージ
免疫細胞の一つで、食作用により生体異物や死細胞を排除するはたらきをもつ。炎症性サイトカインなどを分泌して、炎症を誘発する。

論文情報

雑誌名

Biotechnology and Bioengineering

論文タイトル

Metabolic engineering of betacyanin in vegetables for anti-inflammatory therapy

著者

Shiori Saito, Masahiro Nishihara, Masato Kohakura, Kosuke Kimura, Takuya Yashiro, Seidai Takasawa, Gen-ichiro Arimura

DOI

10.1002/bit.28335

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