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明治維新により社会的流動性は高まったが、実力主義の影響は次第に低下した
~体制転換の段階による社会的流動性のちがいを実証~
研究の要旨とポイント
- 日本では、明治維新後、四民平等の原則のもとに初めて職業選択の自由が認められましたが、この歴史的な体制転換期に、実際にどの程度の社会的流動性が生じたのかについては客観的なデータ検証は不十分でした。
- 今回、当時の資料からデータを構築し、明治維新期のエリートの流動性の変化について調べた結果、明治政府発足後間直後は平民からエリートになる割合が増加したものの、新体制が固まるにつれ、旧体制におけるエリート階層が高い地位を占める傾向が強くなり、実力主義の影響力は低下していたことが明らかになりました。
- 「親ガチャ」という言葉の流行に象徴されるように、近年、社会的流動性の低さが大きな注目を集めています。本研究は、生まれた環境に関係なく将来を描ける社会をどう実現するかを考える上で重要な知見を提供する成果です。
東京理科大学教養教育研究院神楽坂キャンパス教養部の松本朋子講師は東京大学経済学部の岡崎哲二教授と共同で、明治維新期における社会的流動性について、当時のデータに基づく客観的な検証を行い、新体制発足後は平民からエリート層への流入が増加したものの、新体制が固まるにつれ、旧体制下のエリートの子息の割合が増加し、実力主義の影響が低下していたことを明らかにしました。
近年、親の収入や学歴などの家庭環境に子どもの人生が大きな影響を受けてしまうという状況を、スマホゲームの「ガチャ」(抽選式のアイテム購入方式)になぞらえた「親ガチャ」という言葉が流行するなど、社会的流動性の低さによる不平等の拡大が問題視されています。
生まれた環境に関係なく、本人が努力すれば将来を切り開いていくことができる社会を実現するためにはどうしたらよいのでしょうか。松本講師らは、短期的なデータだけではなく、長期的な歴史データからこの課題について検討し、客観的に議論すべきだと考え、日本で職業選択の自由が認められた歴史的な転換期である明治維新期における社会流動性に着目し、研究を行いました。
松本講師と岡崎教授は明治時代の人名録『人事興信録』に基づいて世代間での社会的流動性を評価しました。その結果、社会体制転換がエリートの流動性に与える影響は、体制転換の段階によって異なり、明治政府発足初期は新体制発足直後は平民からエリート層への流入が増加したものの、新体制が固まるにつれ、旧体制下のエリートの子息の割合が増加し、実力主義の影響が低下していたことが明らかになりました。
歴史的な体制転換期にどの程度の社会的流動性が生じるかについては、これまで世界的に多くの議論が重ねられてきましたが、データ検証は不十分でした。本成果は、政治体制の変化がエリートの流動性に与える影響を理解する上で重要な示唆を与える知見です。
本研究成果は、2023年1月31日に国際学術誌「British Journal of Sociology」にオンライン掲載されました。
研究の背景
政治体制の変化によって権力を握るエリート層の構成員がどの程度変化するかについては、二つの古典的な見解があります。一つは、旧体制のエリートは新体制のエリートに取って代わられるという見方で、もう一つは、旧体制のエリートが新体制でも権力を握るとするエリート再生産論です。このテーマに関する実証的な研究は、主に社会主義体制から市場経済に基づく体制への移行が行われた国を対象に行われていますが、研究によって支持される見解は異なり、統一的な解釈は得られていません。
体制転換の段階に応じて、新政権が旧エリートに対する行動がどう変化するかについての理論研究も展開されてきました。この議論の口火を切ったTillyは、新政権発足当初は旧エリートは政治から排除されるものの、新政権の体制が固まると旧エリートと妥協し始めると主張しました。このような新政府の旧エリートに対する行動の変化は、政権交代時のエリートの流動性に影響を与える可能性があります。
そこで本研究では、明治維新期の日本のエリートの流動性が、段階に応じてどのように変化するかについて、当時の資料からデータを抽出し、解析を行いました。
研究結果の詳細
本研究では、明治時代の戸籍を参照して作成された人名録『人事興信録』からデータを抽出しました。初期の『人事興信録』には、新体制における社会階層だけでなく、旧体制における父親の社会階層も掲載されており、貴重な情報源です。
このデータを用いて、旧体制での父親の社会階層、学歴、出身地などの属性が政治的地位にどの程度影響を与えるかを出生コホート(*1)間で比較し、体制転換の異なる段階でのエリートの流動性について考察しました。
その結果、新体制のエリートの属性は、出生コホートによって大きく異なることが明らかになりました。旧体制で父親が平民であったエリートの割合は、初期コホートから後期コホートにかけて増加しました。高等教育を受けた人の割合も増え、エリートになるための実力主義の影響力が高まったことがうかがえました。これは、才能と努力によってエリート集団に加わる機会が平民に開かれたということを示しています。
とはいえ、これは体制転換過程で一貫してエリートの流動性が高まったことを意味するものではありません。新体制のエリートの多くは、依然として旧体制のエリートで構成されていました。しかも、トップエリートである旧封建領主を父に持つエリートの割合は、後期コホートで増加していました。さらに、新体制のエリート階層を詳細に見ると、平民がエリート集団の中でより高い地位を占めることが後期コホートになるとより困難になったことがわかりました。また、後期コホートでは高等教育が与える影響も小さくなっていました。つまり、後期コホートにおけるエリートの内部階層は、旧体制の社会階層を反映し、能力主義が弱まっていたことがわかりました。
以上の結果から、新体制発足後、平民のエリート層への流入を阻む障壁は確実に低下したものの、平民は依然としてエリート層内部で高い地位を獲得することが困難であったことが示唆されました。さらに、新体制が固まるにつれ、旧エリートが復活し、この傾向はさらに強くなりました。
研究を行なった松本講師は「生まれた環境とは関係なく、本人が努力すればなりたい将来を手に入れられる社会をどうしたら実現できるのかは、私たちに課せられた重い宿題です。この問題は、短期的なデータだけでなく、長期的な歴史データも踏まえた上で、客観的に議論されるべきものだと思います。本研究がその一助になることを願います」と、本研究を契機として議論が深まることを期待しています。
用語
* 1出生コホート
ある一定期間内に生まれた人の集団。
論文情報
雑誌名
British Journal of Sociology
論文タイトル
Elite Mobility and Continuity during a Regime Change
著者
Tomoko Matsumoto, Tetsuji Okazaki
DOI
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