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2022.11.21 Mon UP

フロント(FROUNT:ケモカイン受容体シグナル制御分子)を阻害する作用をもつ
アルコール依存症治療薬「ジスルフィラム」が腎臓病の悪化を抑制することを発見
~マクロファージの動きと活性化を調節する新しい腎炎治療薬開発への新たな道~

東京理科大学
日本医科大学

研究の要旨とポイント

  • 腎臓にある糸球体は原尿をつくる重要な役割を担っており、ここに障害が起こる糸球体腎炎は、腎臓がうまく働かなくなる腎不全の主原因疾患の一つです。現在の糸球体腎炎に対する治療の中心であるステロイド薬や免疫抑制薬、血漿交換の効果は限定的であり、新しい治療薬が求められていました。
  • 糸球体腎炎の進展機序にはマクロファージが重要な働きを担っていることから、研究グループが以前に発見したマクロファージの遊走と活性化を調節する分子FROUNTに着目しました。
  • 既存のアルコール依存症治療薬であるジスルフィラムには、FROUNTを阻害する働きがあり、今回の研究では、これをラットの腎炎モデルで投与したところ、糸球体へのマクロファージの集積が抑えられ、この疾患に特徴的な糸球体病変である半月体形成を著明に抑制し、腎臓の障害を示す蛋白尿を大幅に改善できることが分かりました。
  • 細胞は動く際に「仮足」と呼ばれる突起を出しますが、糸球体の毛細血管の中で、FROUNTを阻害することによりマクロファージの仮足が少なくなっており、動きが抑えられている様子を生体組織で捉えることに成功しました。
  • ジスルフィラムは活性化マクロファージによる炎症性サイトカインの発現を抑制する働きをもつことも明らかにし、糸球体のろ過機能に必須なポドサイト(足細胞)の炎症に伴う消失を防ぐ効果があることをつきとめました。
  • これらの研究結果は、FROUNTを阻害することでマクロファージの遊走と、炎症性サイトカインの産生を抑えることができ、腎炎の抑制につながることを示しています。腎不全の原因となる難治性の腎臓病の治療に、FROUNTを阻害する既存薬ジスルフィラムが活用できることが期待されます。

東京理科大学生命医科学研究所の寺島裕也講師、松島綱治教授、同大学薬学部の牧野宏章助教(現、武蔵野大学薬学部)、高橋秀依教授、日本医科大学解析人体病理学の遠田悦子助教、清水章教授らの研究グループは、既存のアルコール依存症治療薬であるジスルフィラム(ノックビン)が腎臓病の悪化を抑制できることを新たに発見しました。

本研究は、2022年11月18日に国際腎臓学会誌「Kidney International」に掲載されました。

糸球体基底膜(GBM)に対する自己抗体が原因で発症する抗GBM抗体型腎炎は、急速進行性腎炎症候群を呈する疾患の一つで、突如発症して急速に腎不全に至る難治性の腎臓病です。既存の主な治療法は副腎皮質ステロイド薬、免疫抑制薬や血漿交換療法によるものですが、効果は限定的であることが多く、しばしば副作用として感染症が問題となります。糸球体腎炎では、マクロファージが糸球体に多数浸潤しており、病態との関わりが示唆されてきましたが、マクロファージを標的とした腎炎治療薬は未だ実現していません。

研究グループでは2005年に、マクロファージが遊走因子ケモカインの刺激を受けて体内を移動する「遊走」を制御する細胞内分子としてFROUNTを発見し、2020年にはFROUNTを欠損させたマウスにがんを移植すると腫瘍促進性のマクロファージのがん組織への遊走・浸潤が抑えられ、がん細胞の増殖が抑えられることを発見しました。さらに研究グループでは既存のアルコール依存症治療薬ジスルフィラムにFROUNTを阻害する作用があることを発見し、ジスルフィラムがFROUNT欠損と同様にマクロファージの機能を抑制して抗がん作用を示すことを報告しました。

フロント(FROUNT:ケモカイン受容体シグナル制御分子)を阻害する作用をもつアルコール依存症治療薬「ジスルフィラム」が腎臓病の悪化を抑制することを発見~マクロファージの動きと活性化を調節する新しい腎炎治療薬開発への新たな道~

今回の研究では、マクロファージが病態形成に中心的な役割を果たす抗GBM抗体型腎炎のラットモデルで、ジスルフィラムの投与により腎炎が著明に抑制されることを明らかにしました。その機序を詳細に検討した結果、ジスルフィラムはマクロファージの前駆細胞である単球が糸球体に遊走して集積するのを抑えるとともに、活性化したマクロファージによる炎症性サイトカインの産生を抑制することが、腎炎抑制効果につながっていることを示しました。このようなマクロファージの「遊走」と「活性化」を制御する作用をもつジスルフィラムは、腎不全の原因となる難治性の腎炎の新しい治療薬としての活用が期待されます。

研究の背景

マクロファージは生体の異常を感知して炎症性サイトカインやケモカインを放出し、生体防御のための炎症・免疫応答に中心的な役割を果たしています。マクロファージが過剰に働くと、ときとして組織傷害をひき起こしたり、炎症の慢性化を招いてしまいます。抗GBM抗体型糸球体腎炎では、腎臓の糸球体基底膜(GBM)に対する抗体が原因で糸球体にマクロファージが集積し、活性化されて放出されるサイトカインやケモカインが糸球体に制御不能な炎症を引き起こし、半月体と呼ばれる特徴的な形態を示します。半月体が生じた糸球体は本来の機能を発揮できなくなり、それが腎臓全体の糸球体に及ぶと腎機能の廃絶(末期腎不全)に陥り人工透析や腎移植が必要となります。治療には免疫応答を抑えるためにステロイド薬、免疫抑制薬および血漿交換療法が用いられますが、治療効果は限定的であり、多くの症例が末期腎不全に至っています。また治療に伴う感染症などの副作用も問題となります。

本研究では、抗GBM抗体型糸球体腎炎の原因となるマクロファージを制御する方法として、研究グループが2005年に発見したマクロファージの遊走を制御する分子FROUNTに着目しました(Nature Immunology 2005; 827)。マクロファージは炎症時、血液中から炎症局所に動員される単球から分化します。FROUNTは、単球やマクロファージなどの白血球が体内を遊走する際に目印となるケモカインの受容体CCR2とCCR5に作用することで、単球・マクロファージの遊走活性を制御しています(Journal of Immunology 2009; 6387、Biochemical Journal 2014; 313)。2020年には、既存のアルコール依存症治療薬であるジスルフィラムにFROUNT阻害活性があることを見出し、このジスルフィラムが、がんを促進する働きをするマクロファージを調節することでがんを抑制することを報告しました(Nature Communications 2020; 609)。

今回の研究では、FROUNTの阻害活性をもつジスルフィラムの、抗GBM抗体型糸球体腎炎に対する治療効果を検討しました。本研究において、FROUNT阻害によりマクロファージの糸球体への集積が抑えられるとともに、サイトカインの産生が抑制されており、FROUNTが糸球体内のマクロファージの応答に複合的に関与していることが見えてきました。

研究の詳細

本研究では、抗GBM抗体型腎炎におけるジスルフィラムの効果を検証するため、ラットに抗GBM抗体を投与して腎炎を誘導するモデルを用いました。このモデルでは、ヒトの抗GBM抗体型糸球体腎炎と同様に、糸球体に半月体が形成され、糸球体傷害の結果として尿蛋白(尿中アルブミン値)の上昇がみられます。ジスルフィラムを臨床用量相当量で投与すると、半月体の形成と、尿中アルブミン値の上昇が抑えられることが分かりました。腎炎が誘導されると、糸球体にはマクロファージや、続いてリンパ球の集積がみられますが、ジスルフィラムの投与により、早期からマクロファージの浸潤が抑えられており、その後のリンパ球浸潤も抑制されました(図1A)。さらに、ジスルフィラムよりFROUNT阻害活性の高い誘導体DSF-41が、より少ない投与量で同等の腎炎抑制効果を示すことを見出しました(図1B)。ジスルフィラムはFROUNT以外にも様々な標的が報告されていますが、これらの結果から、見出された腎炎抑制作用はFROUNTの阻害を介するものであることが示唆されます。

フロント(FROUNT:ケモカイン受容体シグナル制御分子)を阻害する作用をもつアルコール依存症治療薬「ジスルフィラム」が腎臓病の悪化を抑制することを発見~マクロファージの動きと活性化を調節する新しい腎炎治療薬開発への新たな道~

マクロファージに作用することでなぜ糸球体傷害が抑えられたのでしょうか。研究グループはジスルフィラムによる腎炎抑制のメカニズムについて、詳細な解析を行い、主に3つの機構で腎炎を抑制していることを明らかにしました(図2)。

細胞は動く際に「仮足」と呼ばれる突起を出しますが、糸球体の係蹄と呼ばれる毛細血管内のマクロファージ(またはその前駆細胞である単球)の形態を詳細に観察した結果では、ジスルフィラムを投与したラットでは、マクロファージの仮足が少なくなっていることが分かりました(図2①)。研究グループはこれまでにも培養細胞を用いた観察で、FROUNTが仮足形成に関与することを明らかにしていましたが、今回初めて、生体組織において、FROUNTの阻害によってマクロファージの遊走仮足の形成が抑制されているところを捉えました。

フロント(FROUNT:ケモカイン受容体シグナル制御分子)を阻害する作用をもつアルコール依存症治療薬「ジスルフィラム」が腎臓病の悪化を抑制することを発見~マクロファージの動きと活性化を調節する新しい腎炎治療薬開発への新たな道~

糸球体の遺伝子発現解析では、炎症性サイトカインであるTNF-αや、単球・マクロファージを呼び寄せるケモカインであるCCL2、リンパ球などを呼び寄せるCXCL9の発現が低下していました。培養マクロファージを用いて刺激によって誘導されるサイトカイン産生に対するジスルフィラムの作用を調べた実験では、ジスルフィラムがマクロファージによるこれらのサイトカイン・ケモカインの産生を直接抑制する作用をもつことを明らかにしました(図2②)。ジスルフィラムがマクロファージによるCCL2の産生を抑えることは、糸球体に集積したマクロファージが、活性化されてさらに別の単球・マクロファージを呼び寄せ、炎症を増幅するところが抑えられると考えられます。

また、ジスルフィラムの投与により、ポドサイトと呼ばれる糸球体の毛細血管を裏打ちしてタンパクが漏れ出るのを防いでいる細胞の消失が軽減できることも分かりました(図2③)。ポドサイトの消失は、炎症細胞が出す炎症性サイトカインTNF-αなどの働きでポドサイトがはがれたり死んだりすることが原因で、半月体形成のきっかけとなると考えられています。ジスルフィラムやFROUNTの欠損によりマクロファージによるTNF-α発現が低下することから、炎症性サイトカインの抑制を介した機序によりポドサイトの消失が抑制されていることが考えられました。

本研究では、臨床応用を目指して、ジスルフィラムの長期的な効果についても検討しており、抗GBM抗体型糸球体腎炎モデルにおいて炎症の結果生じるコラーゲンの腎組織への沈着が抑制されていることを示しました。さらにはヒトの抗GBM抗体型腎炎の症例において、病変部位にFROUNT陽性のマクロファージが数多く存在していることを明らかにし、FROUNT阻害薬ジスルフィラムが抗GBM抗体型糸球体腎炎に有効であることを強く示唆する結果を示しました。

今後の展望

本研究で得られた知見は、マクロファージが関わる炎症・組織傷害が問題となる様々な疾患の治療法の開発につながることが期待されます。なお、ケモカイン受容体シグナルに関与して細胞の遊走を調節するFROUNTが、どのようにマクロファージの活性化を制御するのか、という分子機序については未だ不明であり、引き続き解明に向けて取り組んでいます。本研究の成果により、腎不全の原因となる難治性の腎炎の治療に、FROUNTを阻害する既存薬ジスルフィラムが活用できることが期待されます。

※本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(20K07553、20J12294、21H02755)、公益財団法人ライフサイエンス振興財団、公益財団法人ノバルティス科学振興財団、文部科学省科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)」の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名

Kidney International

論文タイトル

Inhibition of the chemokine signal regulator FROUNT by disulfiram ameliorates crescentic glomerulonephritis.

著者

Etsuko Toda, Anri Sawada, Kazuhiro Takeuchi, Kyoko Wakamatsu, Arimi Ishikawa, Naomi Kuwahara, Yurika Sawa, Saeko Hatanaka, Kana Kokubo, Kosho Makino, Hideyo Takahashi, Yoko Endo, Shinobu Kunugi, Mika Terasaki, Yasuhiro Terasaki, Kouji Matsushima, Yuya Terashima, Akira Shimizu.

DOI

https://doi.org/10.1016/j.kint.2022.07.031

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