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2022.07.21 Thu UP

クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明

国立大学法人信州大学
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
東京理科大学

研究成果のポイント

遠方宇宙に存在する明るい銀河の中心核(クェーサー)の内部構造(ダストトーラス)が、周囲の広大な領域に分布するガス(銀河間ガス)に対して「非等方的」な影響を与える可能性があることを世界で初めて突き止めました。

概要

遠方宇宙に存在する銀河中心核(クェーサー)は強力な紫外線を放射するため、銀河周辺に存在する水素ガス(銀河間ガス)(注1)を電離(注2)します。この紫外線放射が等方的であれば、銀河周辺ガスの「電離され具合(電離レベル)」は方向によらずに一定になるはずです。ところが先行研究では、電離レベルが偏っていることが報告されていました。

そこで本研究では、紫外線放射の方向がある程度推測できる「BALクェーサー」と呼ばれる特殊な天体をターゲットとすることで、その原因を探りました。既存のデータに加え、すばる望遠鏡(注3)による新規観測を行った結果、クェーサー内部に存在するドーナツ状の遮蔽構造(ダストトーラス)が、電離レベルの非等方性を引き起こしている可能性が高いことを突き止めました。ダストトーラスは、クェーサーの標準的なモデル(統一モデル)に不可欠な構造です。今回の結果は、ダストトーラスの存在を観測的に支持するとともに、その影響が遠く離れた銀河間ガスにまで及ぶ可能性があることを示唆します。

本研究の成果は、アメリカ天文学会の学術雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2022年7月19日に掲載されました。本研究は、信州大学(全学教育機構)が中心となり、東京大学大学院理学系研究科、東京理科大学、埼玉大学の研究者とともに実施されました(注4)。

背景

すべての銀河の中心には巨大なブラックホールがあり、とくに激しく活動しているものはクェーサーと呼ばれます。ブラックホール周囲の物質は、ガス円盤(降着円盤)をぐるぐる回りながらブラックホールに飲み込まれていきますが、その時に銀河本体の100倍以上もの明るさで輝くことがあります。

降着円盤は強烈な紫外線を放射し、周囲の水素ガスを電離します。クェーサーに近いほど多くの水素が電離されますが、銀河から遠く離れた銀河間ガスでもこの効果は見られます。

電離され具合(電離レベル)は、電子がはぎとられるまえの水素(中性水素)がどのくらい残っているかで測定できます。中性水素は特定の光を吸収する性質があるため、クェーサーの手前に大量に存在すると、クェーサーのスペクトル上に「吸収線」として記録されます(図1)。この方法を使って中性水素ガスの量を調べたところ、クェーサーの近く(数百万光年以内)では、吸収線が弱くなる(すなわち、電離レベルが高い)ことが分かりました。これを「視線近接効果」と呼びます。

もし注目するクェーサーの背後に別のクェーサーがあれば、そのクェーサーの方向に分布する中性水素の量を調べることができます。この場合、クェーサーの横方向(接線方向)の電離レベルを探ることができます(図2)。このような観測は実際に行われており、その結果、今度は逆にクェーサーの近くでは、吸収線が強くなる(すなわち、電離レベルが低い)ことが分かりました。これを「接線近接効果」と呼びます。

なぜ方向によって近接効果の傾向が逆になるのでしょうか? もっとも有望なアイデアは、クェーサーからの紫外線放射が「非等方的だから」というものです。放射方向の偏りは、クェーサーの発光領域を取り囲むドーナツ状の遮蔽構造(ダストトーラス)で再現できる可能性があります(図3)。過去に観測されたクェーサーが、いずれも降着円盤をほぼ正面から見た位置関係にあったとすると、紫外線放射がダストトーラスに遮られる接線方向の電離レベルは下がるはずです(図2)。このアイデアを検証するためには、降着円盤を横からみたクェーサーに対しても同様の観測を行う必要があります。

研究手法・成果

研究グループは、スペクトル上に「BAL(注5)」と呼ばれる特殊な吸収構造をもつクェーサー(BALクェーサー)を研究対象に選びました。BALはアウトフローに起源を持つと考えられています。アウトフローとは降着円盤の表面から噴き出す外向きのガスの流れのことです(図3)。このガス流は降着円盤に近い角度で放出されることが理論的に予想されているため、BALを示すクェーサーは降着円盤を横から見ている可能性が高いと言えます(図4)。この場合、クェーサーの接線方向はダストトーラスで覆われなくなるため、電離レベルが上がり、吸収線が減少することが予想されます。ちなみに先行研究では、解析が困難であるという理由から、BALクェーサーは意図的にサンプルから除かれていました。

そこで研究グループは、約75万天体を含むスローンデジタルスカイサーベイ(SDSS)のクェーサーカタログから、様々な条件を課し、12個の理想的なBALクェーサーを選び出しました。

既存のSDSSのデータに加え、すばる望遠鏡を用いて新規に詳細な観測を行ったところ(注6)、BALクェーサーの接線方向の吸収は弱く、BALを持たない従来のクェーサー(non-BALクェーサー)周辺の吸収強度の1/4程度未満という結果が得られました(図5)。この結果は、1)BALクェーサーの接線方向にある銀河間ガスの電離レベルが高い(すなわち大量の紫外線を浴びている)こと、2)その原因がダストトーラスによる非等方的な紫外線放射で説明できること、を示唆します。

このように本研究では、ユニークな天体(BALクェーサー)を観測することにより、先行研究で指摘されていた「視線方向と接線方向の電離レベルの偏り」が、クェーサーからの「非等方的」な紫外線放射によって説明できることを確認しました。

波及効果・今後の予定

宇宙に分布する銀河間ガスは、クェーサーや銀河から放出される紫外線によって少しずつ電離されてきました。クェーサーからの紫外線放射が「非等方的」であることは、宇宙の電離の歴史を詳細に探るうえで大変重要な情報となります。

また、標準的なクェーサーのモデルにおいて不可欠な構造とされる「ダストトーラス」の存在を間接的に確認した点も、クェーサーの内部構造を探るうえで重要な結果です。

今回の研究は、12天体という比較的小さいサンプルに基づいて行われました。より強固な議論を行うためにはサンプルの増加が不可欠です。すばる望遠鏡において、2024年から運用が始まる新しい観測装置「超広視野多天体分光器(PFS)」を用いれば、暗い天体のスペクトルを一度に大量に取得できるため、本研究においても大きな進展が見込めます。


本研究は日本学術振興会・科学研究費補助金(基盤研究(B)21H01126)の支援により実施されました。

クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
図1:クェーサーのスペクトル上に記録された銀河間ガスによる吸収線(上)と、各天体の位置関係のイメージ(下)。(クレジット:信州大学)
クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
図2:近接効果の調査方法。自身のスペクトルを用いると、そのクェーサーの手前に存在するガスの電離レベル(視線近接効果)を調べられます(A)。一方、背後にある別のクェーサーのスペクトルを用いると、手前にあるクェーサーの接線方向のガスの電離レベル(接線近接効果)を調べることができます(B)。クェーサーを取り囲むリング状の構造(ダストトーラス)によって紫外線放射に偏りが生じ、電離レベルが高い場所(明るく着色)と、低い場所(暗く着色)に分かれる可能性があります。(クレジット:信州大学)
クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
図3:クェーサー中心部の想像図。(左)クェーサーの発光領域はドーナツ状の遮蔽構造(ダストトーラス)で覆われているため、中心部からの紫外線放射は指向性を持つと考えられています。(右)銀河中心ブラックホールの周囲に明るく輝く円盤(降着円盤)が存在し、そこからメッシュ構造に沿う向きにアウトフローとよばれるガスが放出されます。アウトフローは降着円盤に近い角度で放出されると考えられています。(クレジット:信州大学、国立天文台)
クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
図4:手前にあるクェーサーがBALクェーサーの場合は、その接線方向のガスの電離レベルが上がることが期待されます。(クレジット:信州大学)
クェーサーが周辺ガスに与える「非等方的」な影響の謎を解明
図5:BALクェーサー(星型の赤印)とnon-BALクェーサー(丸い青印)の接線方向で検出される吸収線の強さ(縦軸)と、クェーサーからの距離(横軸)の関係。1キロパーセクは、約3000光年に対応。点線は、青印に対するモデルフィット。(クレジット:信州大学)

注1 : 銀河と銀河の間の広大な空間に分布している、主に水素で構成される希薄なガス。

注2 : 水素原子が紫外線を浴びることにより、電子がはぎとられ、プラスの電気を持った陽子とマイナスの電気を持った電子に分かれる現象。

注3 : 日本が米ハワイ島に建設した、口径8.2メートルの光学赤外線望遠鏡。

注4 : 研究グループの構成:
三澤透(信州大学 全学教育機構)
石本梨花子(東京大学 大学院理学系研究科)
古布諭(信州大学 大学院総合医理工学研究科)
柏川伸成(東京大学 大学院理学系研究科)
大越克也(東京理科大学 教養教育研究院)
登口暁(信州大学 全学教育機構)
Malte Schramm(研究当時:埼玉大学 大学院理工学研究科)
劉強(信州大学 大学院総合理工学研究科)

注5 : 英語名(Broad Absorption Line)の略です。BALのような幅の広い吸収線は、クェーサーの近くから高速で噴き出すガス(アウトフロー)でなければ再現することができません。

注6 : プロジェクトに着手した2017年以降、すばる望遠鏡のピアレビュー審査によって計5回、観測提案が採択されましたが、望遠鏡・装置のトラブル、悪天候、地震、COVID-19などによって何度も観測が中断され、昨年になってやっとデータが取得できました。5年がかりで取得された貴重なデータです。

論文タイトルと著者

タイトル

Exploratory Study of Transverse Proximity Effect around BAL Quasars

著者

Toru Misawa, Rikako Ishimoto, Satoshi Kobu, Nobunari Kashikawa, Katsuya Okoshi, Akatoki Noboriguchi, Malte Schramm, Qiang Liu

掲載誌

The Astrophysical Journal (2022, ApJ, 933, 239)

掲載日

2022年7月19日

DOI

https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac7715

お問い合わせ

【研究内容に関する問い合わせ先】
国立大学法人信州大学 全学教育機構 教授 三澤透
e-mail: misawatr【@】shinshu-u.ac.jp
Tel: 0263-37-2897 Fax: 0263-37-2897

国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科 天文学専攻 教授 柏川伸成
e-mail: n.kashikawa【@】stron.s.u-tokyo.ac.jp
Tel: 03-5841-4261

東京理科大学 教養教育研究院 教授 大越克也
e-mail: okoshi【@】rs.tus.ac.jp
Tel: 03-5876-1721

【報道に関する問い合わせ先】
国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
Tel: 0263-37-3056 Fax:0263-37-2188

国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科・理学部広報室
e-mail: kouhou.s【@】gs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京理科大学 経営企画部広報課
e-mail: koho【@】admin.tus.ac.jp
Tel: 03-5228-8107 Fax: 03-3260-5823

【@】は@にご変更ください。

研究室

大越教授のページ:https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?5236

東京理科大学について

東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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