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頭部の左右分離型デバイスにおける人体通信の有効性を報告
~安全で低消費電力なウェアラブル機器間通信の実現に期待~
研究の要旨とポイント
- 人体を通信媒体として利用する「人体通信」は秘匿性に優れ、電磁雑音を発生せず、かつ既存の無線通信技術よりも低消費電力で駆動できる可能性があることから、ウェアラブル機器への応用が期待されています。
- 本研究では、詳細な人体の数値モデルを用いて電界分布のシミュレーションを行うことで、補聴器を想定した両耳に装着するデバイス間の人体通信メカニズムとその特性を解明しました。電磁曝露による影響評価から、人体への安全性も確認されました。
- 今回の研究成果は、補聴器やワイヤレスイヤホンなど両耳に装着するデバイスを対象とした高信頼かつ低消費電力な人体通信システムの普及に大きく貢献すると期待されます。
東京理科大学研究推進機構総合研究院の村松大陸プロジェクト研究員と東京大学大学院新領域創成科学研究所の佐々木健教授は、詳細な頭部数値モデルを用いた電磁界解析により、両耳に装着する左右分離型デバイス間の人体通信メカニズムを解明し、人体通信に適した周波数や電極構造を明らかにしました。
人体通信とは、人体を媒介してデータや電力の送受を行う通信技術です。人体通信は秘匿性に優れ、電磁雑音を発生せず、かつ低消費電力で通信できる可能性があるため、ウェアラブル機器への応用が期待されています。現在、人体通信の適用が検討されているアプリケーションの多くは、スマートウォッチなど腕部に装着するデバイスです。しかし今回、研究グループは、両耳に装着した左右分離型デバイス(図1)間の通信に人体通信を応用するという、これまでにないアプリケーションの実現を目指し、研究を行いました。
日本人男性の平均体形を模した詳細な数値人体モデル(国立研究開発法人 情報通信研究機構 提供)を用いて電磁界解析を行った結果、両耳に装着したデバイス間で信号の授受には人体通信が適しており、周波数は10、20、30MHzのいずれでも電場の分布や伝送特性に大きな違いはありませんでした。また、機器の電極構造が通信特性に影響を与えることもわかりました。
この成果は補聴器だけではなく、ワイヤレスイヤホンなど両耳に装着するウェアラブルデバイスの高性能化にも役立つ知見です。本研究では電力消費と人体への影響の解析も行っており、その結果、今回提案したシステムが十分実用化に耐えうるレベルをクリアしていることも示されたことから、今後、より安全で低消費電力な頭部装着型ウェアラブル機器の普及に大きく貢献すると期待されます。
本研究成果は、2021年5月19日に国際学術雑誌「Electronics」にオンライン掲載されました。なお、村松研究員らは、実際に人間の被験者を用いて人体通信の研究を行った論文を2021年5月12日付に同誌に発表しています(Muramatsu, D. and Sasaki, K.: Electronics 10(10): 1152, 2021)。
図1. 左右の耳に装着したウェアラブル機器(補聴器やイヤフォンを想定)
研究の背景
近年、スマートフォンなどの携帯型端末の次世代デバイスとして、ウェアラブル機器が注目されています。ウェアラブル機器における通信では、常に機器を人体に装着することから、軽量でバッテリー消費が少なく、安全であることが重要となります。
人体通信は、人体に微弱な電流を流し、人の体が帯びている微弱な電界(*1)の変化を利用して通信を行う技術です。人体通信で利用する近接場電界は距離に応じて急激に減衰する性質を持つため、信号伝送時に周辺空間にほとんど漏洩せず、秘匿性に優れ、かつ電磁雑音を発生しない通信が可能となります。また、通信距離が限定されることから、空中の電磁波を利用する既存の無線通信技術よりも低消費電力で通信できる可能性があります。さらに、通信対象となる人や物に「触れる」ことで伝送路が確立するため、ユーザの動作を利用した直感的なヒューマンインターフェースに利用できるといった特長もあります。
これまで、人体通信は腕に装着するスマートウォッチなどへの応用が主に検討されてきましたが、有望な応用先として補聴器のような両耳に装着する左右分離型デバイスが挙げられます。補聴器を使う人の多くは、両耳で装着することを望んでいますが、両耳に装着する場合には、左右の補聴器がそれぞれ聞き取り音を最適化しながら、かつリアルタイムに通信する必要があり、通信方法の最適化が必要となります。しかし、現在実用化されている左右分離型の補聴器では、電子レンジなどの他の電子機器と同じ2.4GHz帯の電磁波が用いられています。また、2.4GHz帯の電磁波は人体に含まれる水分に吸収されやすい性質もあるため、補聴器のように電波を送受信するアンテナ同士が頭部で遮られてしまう状況では、通信がうまくできず接続が切れることがあり、それを防ぐために送信出力を強くすることで消費電力が増える場合があります。
人体を伝送路として利用する人体通信は、こうした問題を解決する通信方法として期待されます。しかし、脳などの重要な器官が集中する頭部への人体通信の利用はまだ十分に検討されておらず、補聴器への応用もほとんど進んでいませんでした。
そこで研究チームは、補聴器を想定した両耳に装着する左右分離型デバイス間の人体通信メカニズムの解明と安全性の検証に取り組みました。
研究結果の詳細
村松研究員らはまず、日本人男性の平均体形を有す全身詳細人体モデルと、全身人体モデルから頭部のみを抜き出した詳細頭部モデル、そして頭の構造を単純化し、全て均質な構造とみなした均質頭部モデルという、3種類の数値モデルを準備しました。全身詳細人体モデルは人体を細かなボクセルに分割し、それぞれのボクセルに筋肉や皮膚、脂肪など電気的性質が異なるそれぞれの組織を割り当てたモデルで、国立研究開発法人情報通信研究機構が電波の安全性評価を主な目的として開発したものです。
この3種類の数値人体モデルを用いて、人体通信の伝送メカニズム、送信機および受信機の通信電極における入力インピーダンス(*2)の特性、伝送特性、および頭部における電界分布を調べました。
全身の人体モデルを用いた電場分布シミュレーション解析からは、両耳に装着する左右分離型デバイス間の通信には、現行の補聴器で使われている帯域である2.45GHzの電磁波による通信よりも、10MHzの人体通信の方が適していることが示されました。また、今回の研究で用いた3つのモデルのうち、詳細頭部モデルが、計算負荷と計算結果の正確性のバランスが良いこともわかりました(図2)。
10MHzに加え、20、30MHzの人体通信を行った場合のシミュレーション解析の結果から、10、20、30MHzでは周波数の違いが伝送特性や電場分布に与える影響は小さく、いずれも人体通信に適した周波数であることが確認されました。また、デバイスの電極構造が伝送メカニズムに大きな影響を与えることがわかりました。さらに、電極の入力インピーダンスと回路内部のインピーダンスをマッチングすることで、通信の特性が向上することも確かめられました。最後に、電力消費と人体への影響の解析からは、今回提案したシステムが十分実用化に耐えうるレベルをクリアしていることも示されました。
人体通信は、20年以上前に開発されたにもかかわらず、いまだ認知度はあまり高いとは言えず、普及や応用の検討も進んでいません。本研究は人体通信の応用範囲を広げ、新たに頭部に装着するウェアラブル機器への適用の可能性を拓きました。今後、低消費電力で安全、軽量な補聴器の開発などにつながると期待されます。
研究を行った村松研究員は「本論文で人体通信のアプリケーションとして想定したのは補聴器ですが、皆さんの身近にもよく似たシステムがあります。それは、ここ数年で急激に普及した左右分離型のワイヤレスイヤホンです。アンテナや通信方式の工夫でより接続は切れにくくなっており、使っていて気にならない方がほとんどだと思います。しかし、イヤホン間の通信にも人体通信を効果的に利用することで、より消費電力を低減して毎日の充電を10日に1回にできる可能性があります。その他にもイヤリングやピアスといったアクセサリーを使って新しい通信システムを実現できるかもしれません。」と展望を述べています。
図2. 頭部内と周辺空間の電界分布解析による信号伝送メカニズムの解明
※ 本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業の補助を受けて実施したものです。
用語解説
*1 電界:電荷に電気的な力を及ぼす空間のこと。
*2 インピーダンス:電気回路において交流電流の流れにくさを示す量で、電流と電圧の比で表される。
論文情報
雑誌名
Electronics
論文タイトル
Transmission Analysis in Human Body Communication for Head-Mounted Wearable Devices
著者
Dairoku Muramatsu and Ken Sasaki
DOI
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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