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ポルフィリンの官能基の修飾位置によって、がん細胞集積性が変化することを発見
-ポルフィリンを用いたドラッグデザインへの利用に期待-
- ●官能基の修飾位置および大きさによって、ポルフィリン誘導体のがん細胞への集積性が大きく変化することを発見しました。
- ●官能基の修飾により、ポルフィリン誘導体の膜透過メカニズムに関与する因子に影響を与え、それによりがん細胞集積性が変化することを確認しました。
- ●本研究の知見は、ポルフィリンを基本骨格とする新規抗がん剤開発の際に、重要な指標となることが期待されます。
東京理科大学理工学部先端化学科の東條敏史助教、西田光志氏(修士課程2年)、近藤剛史准教授、湯浅真教授らの研究グループは、ポルフィリン誘導体のがん細胞への集積性に官能基の修飾位置が大きく影響を与えることを発見しました。
ポルフィリンは、1個の窒素原子を含む五員環構造の化合物(ピロール)が4個と、炭素原子4個が交互に結合した大環状構造をとる化合物です。環の中心部に金属イオンを取り込み、安定な錯体を形成することで、主に色素として生物体内において様々な機能を発揮します。
ポルフィリンががん組織に集積する性質は古くから知られ、ポルフィリンは、その蛍光を検知することでがん診断に利用されてきました。ポルフィリンに光線を照射すると活性酸素が発生することから、この性質を利用してがん細胞を破壊する治療も行われています。また、抗がん剤の基本骨格にポルフィリンを用いることで、がん細胞に効果的に抗がん剤を送達するドラッグデリバリーシステムも開発されています。
ポルフィリンには複数の官能基修飾位置があります。一般に、官能基が付加されると、化合物の物性が変化します。ポルフィリンにおいては、官能基を付加することによりがん細胞集積性が変化する可能性があります。本研究では、異なる位置に官能基を付加したポルフィリン誘導体を用い、それらのがん細胞への集積性を調べ、各修飾位置の影響を評価しました。
本研究成果は、2021年1月21日(木)に英国学術雑誌「Scientific Reports」にオンラインで掲載されました。
研究の背景
より効果的、かつ副作用の少ないがん治療を提供するためには、がん細胞に選択的に薬剤を送達する技術の開発が不可欠です。
ポルフィリンのがん細胞への集積性については古くから知られていましたが、官能基の修飾位置によるがん細胞への集積性の変化については、系統立った研究はこれまで行われてきませんでした。
研究結果の詳細
研究グループは、テトラフェニルポルフィリンに対し、そのβ位をアセチル化(COCH3付加)したもの(①β-P1)、またはパルミトイル化(CO(CH3)15付加)したもの(②β-P15)、あるいはそのmeso位をアセチル化したもの(③meso-P1)、またはパルミトイル化したもの(④meso-P15)、これら4種類のポルフィリン誘導体を合成しました。
<がん細胞における経時的集積>
ポルフィリン誘導体①〜④を、ヒト乳がん細胞(MCF-7)にそれぞれ添加し、2〜24時間培養した後、がん細胞に取り込まれた各ポルフィリン誘導体の量を、分光蛍光光度計を用いて測定しました。
すると、がん細胞に集積した量は、③meso-P1がもっとも多く、②β-P15がもっとも少ないという結果になりました。官能基の修飾位置ごとに比較すると、付加した官能基の炭素鎖が短い方がより多く集積することがわかりました(①β-P1>②β-P15、③meso-P1>④meso-P15)。また、付加した官能基の種類ごとに比較すると、meso誘導体の方がβ誘導体よりも多く集積しました(③meso-P1>①β-P1、④meso-P15>②β-P15)。この傾向は、P15官能基を有する誘導体で顕著に見られ、このとき④meso-P15の集積量は、②β-P15の集積量の3倍でした。
これより、付加した官能基の位置および大きさが、がん細胞への集積性に大きく影響を与えることがわかりました。また、①〜④すべての誘導体について、6時間以内にその集積量が最大値に達したことから、ポルフィリン誘導体の経時的集積には、官能基の位置および大きさは影響を与えないことが示唆されました。
<膜透過性因子の評価>
次に、各ポルフィリン誘導体の膜透過性について調べました。
ポルフィリンは、π電子(ベンゼン環など平面的な形状をとる分子の上空に広がって分布する電子)を豊富に有することから、タンパク質に強い親和性を示します。ポルフィリンは、体内で様々な血しょうタンパク質と複合体を形成しており、これら複合体はエンドサイトーシス(細胞膜に包み込まれ、小胞として細胞内に取り込まれる作用)によって細胞内に取り込まれます。エンドサイトーシスによって取り込まれた物質は、リソソームと呼ばれる細胞内小器官へと輸送されます。
また、ポルフィリンは油にも水にも溶ける両親媒性の物質であるため、濃度勾配に応じた拡散によって細胞膜を通り細胞内に入ります。拡散によって取り込まれたポルフィリンは、リソソームではなく細胞質に存在します。
これらの知見から、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、MCF-7細胞における各ポルフィリン誘導体の局在を調べました。
すると、①〜④すべてのポルフィリン誘導体について、リソソームおよびそれ以外の部位でその局在が確認されました。これより、各ポルフィリン誘導体は、エンドサイトーシスおよび拡散の両方の経路によってがん細胞に取り込まれることがわかりました。
・血しょうタンパク質との結合親和性の評価
エンドサイトーシスによる取り込みに影響を与える因子を評価するため、血しょうタンパク質との結合親和性を調べました。アルブミンは、血液中に含まれるタンパク質としては最も多く(約60%)、π-πスタッキング相互作用(ππ電子をもつ分子同士にはたらく弱い力で、両者を重積させる効果をもつ)等によって、選択的にポルフィリンと複合体を形成します。
ウシ血清アルブミン(BSA)を用い、各ポルフィリン誘導体のアルブミンとの結合親和性を調べました。
すると、各ポルフィリン誘導体の結合親和性の傾向は、MCF-7細胞における集積性と一致しました。すなわち、ポルフィリン誘導体は、BSAとの結合親和性が高いほど、がん細胞に多く集積することがわかりました。
これより、ポルフィリン誘導体とBSAの複合体形成時にはたらく力、すなわちBSA中に含まれる芳香族アミノ酸(ベンゼン環を含むアミノ酸)とポルフィリン誘導体との間にはたらくπ-πスタッキング相互作用が、各ポルフィリン誘導体のがん細胞への集積性を決定する1つの因子であることが示唆されました。
・細胞膜浸透性の評価
拡散による取り込みに影響を与える因子を評価するため、細胞膜を模した、リン脂質二重層の膜からなる小胞(リポソーム)を用いて、各ポルフィリン誘導体の細胞膜への浸透性を調べました。
すると、小さな官能基をもつ③meso-P1および①β-P1は、高い浸透性を示しました。このとき、両者の浸透量に差はあまり見られませんでした。一方で、大きな官能基をもつ④meso-P15および②β-P15は、低い浸透性を示しました。特に、②β-P15は膜にほとんど浸透しませんでした。
これより、官能基の位置およびそれによる立体障害が、ポルフィリン誘導体の細胞膜浸透性に大きく影響を与えることがわかりました。これはMCF-7細胞における集積結果とも一致します。また、②β-P15が細胞膜にほとんど浸透しなかったことは、MCF-7細胞を用いた実験で②β-P15が特に低い集積結果を与えた1つの要因と考えられます。
本研究成果について東條助教は、「ポルフィリンの官能基修飾位置ががん細胞の膜透過性に影響を与えることが明らかになり、この成果がポルフィリン医薬品の構造設計における新しいガイドラインとなることが期待される」としています。
論文情報
雑誌名 | : | Scientific Reports (2021年1月21日 オンライン掲載) |
---|---|---|
論文タイトル | : | Evaluation of the correlation between porphyrin accumulation in cancer cells and functional positions for applications as a drug carrier |
著者 | : | Koshi Nishida, Toshifumi Tojo, Takeshi Kondo, Makoto Yuasa |
DOI | : | 10.1038/s41598-021-81725-3 |
湯浅・近藤研究室
研究室のページ:https://www.rs.noda.tus.ac.jp/~yuasalab/contact.html
東條助教のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?7018
近藤准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?43bc
湯浅教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?1152
東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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