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2020.09.28 Mon UP

ブルーベリーに含まれるプテロスチルベンの免疫調節機能とその作用機序を解明
~炎症性腸疾患の効果的な予防法や治療法につながる期待~

研究の要旨とポイント
  • ●難病として指定されている潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患は、免疫のバランスが崩れて過剰に働くことが原因の一つと考えられており、効果的な予防法や治療法の開発が望まれています。
  • ●今回、天然化合物「プテロスチルベン」が免疫細胞の活性化を抑制することや、その作用機序を明らかにすると共に、マウスを用いた炎症性腸疾患モデルにおいて症状を抑えることを示しました。
  • ●プテロスチルベンを用いた、炎症性腸疾患に対する新たな予防法、治療法の開発につながることが期待されます。

東京理科大学基礎工学部生物工学科の八代拓也講師、西山千春教授らの研究グループは、ブルーベリーなどの植物に含まれる「プテロスチルベン」が、潰瘍性大腸炎など炎症性腸疾患に見られる免疫細胞の過剰な活動を効果的に抑え、実際にマウスを用いたモデル実験では経口投与によって症状の進行を抑えることを明らかにしました。

野菜や果実、ハーブなどに含まれるポリフェノール類は、抗酸化性や抗炎症性といった性質を持つことが知られており、食事を介して人体に取り込まれることにより健康の維持に役立っています。ポリフェノール類の中でもブドウやブルーベリーなどに含まれる「レスベラトロール」は、マウスを用いた炎症性腸疾患モデルにおいて免疫調節活性を示し、症状を改善することが示されています。その他にも様々な疾患に対する予防・治療効果が報告されているレスベラトロールですが、消化管からの吸収率が低く、生体内では速やかに代謝・分解されるため、生体での利用率は20%程度に留まるとされています。最近、レスベラトロールの類縁体で同じくブルーベリーなどに含まれる「プテロスチルベン」が、80%程度の高い生体利用率を示すことが報告され、その機能が注目されていました。

生体には免疫を適度に調節する機能があり、何らかの原因でそのバランスが崩れると疾患につながります。今回、プテロスチルベンはレスベラトロールよりもさらに効果的な免疫抑制作用を持つことが明らかとなりました。食品に含まれる天然化合物が人々の健康維持のために果たす役割の一端を示すと共に、健康状態に応じて人々が適切な栄養を摂取するための食事バランスの重要性を示す成果です。また、難病であり現状では完治が難しい潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患に対する新たな予防法、治療法の開発につながると期待されます。

研究の背景

生体内への病原体の侵入時に機能する様々な免疫細胞の中で、樹状細胞(白血球の一種)とT細胞(リンパ球の一種)はその免疫反応の調節に重要な役割を担っていることが知られています。樹状細胞は主に皮膚、鼻腔、肺、胃、腸管といった外界に触れる部位に存在し、病原体など異物が侵入するとそれを抗原として取り込み、活性化してリンパ節に移動します。活性化した樹状細胞にはMHCクラスIIという膜タンパク質が細胞表面に発現しており、その上に抗原が提示されます。一方、T細胞は、胸腺で成熟した後に「成熟ナイーブT細胞」としてリンパ節に移動しますが、そこで表面に発現しているT細胞受容体(TCR)が、活性化した樹状細胞上のMHCクラスIIに結合した抗原を認識します。この時、同時にT細胞表面に発現しているCD28という分子が樹状細胞上のCD80、CD86と結合して共刺激を受けることで、T細胞は活性化します。CD4T細胞(細胞表面分子の違いによりCD4T細胞とCD8T細胞の2種類が存在)は活性化するとインターロイキン-2(IL-2)を分泌して増殖すると共に、「ヘルパーT細胞(機能によってTh1、Th2、Th17に分類)」や「制御性T細胞(Treg)」などに分化します。何らかの原因でTh1、Th2、Th17が過剰な活性を持つことが炎症性腸疾患、アトピー性皮膚炎、乾癬などの免疫疾患の原因になることが知られており、逆にTregは過剰な免疫反応を抑える働きをすることが報告されています。

西山教授の研究グループでは、食品中に含まれる成分やその腸内代謝産物などが免疫応答に及ぼす影響を細胞・遺伝子レベルで明らかにすると共に、生体の健康維持に寄与することを証明しようと研究に取り組んでいます。

今回、八代講師らはポリフェノールの一種であるプテロスチルベンの免疫調節機能を検討することを目的に研究を行いました。

研究結果の詳細

まず、モデル抗原として卵白に含まれるタンパク質「オボアルブミン(OVA)」を取り込ませた樹状細胞(OVAを抗原として提示)と、OVAを特異的に抗原として認識するよう遺伝子改変したトランスジェニックマウスから取り出したナイーブCD4T細胞を、プテロスチルベン(PSB)やレスベラトロール(tRSV)などの化合物存在下で共培養し、T細胞の増殖・分化に対する効果を検討しました。その結果、tRSVを用いた場合には若干T細胞の増殖が抑制されるのに比べ、PSBを用いた場合には、より効果的に抑制されることが分かりました。次に、T細胞をTh1、Th2、Th17、Tregそれぞれに分化させる条件下にPSBを添加してその影響を解析したところ、Th1、Th17への分化は強く制限され、Th2にはほぼ影響がなく、Tregの場合は逆に分化が促進されるという興味深い結果となりました。

T細胞、樹状細胞それぞれに対するPSBの影響を個別に検討するため、まずナイーブCD4T細胞のみを抗CD3ε抗体、抗CD28抗体を結合させた培養プレート(樹状細胞からの抗原刺激を模倣することができる)を用いて増殖・分化を促す実験を行いました。培養後、増殖を比較したところ、PSBにより明確に増殖が抑制される結果となり、また、T細胞からのIL-2産生も抑制されることが判明しました。さらに、Th1、Th2、Th17、Tregそれぞれに分化させる条件では、PSBによってTh1への分化のみ抑制される結果となりました。すなわちPSBのナイーブCD4T細胞への直接の影響としては、増殖を抑制することとTh1への分化を抑制することが明らかとなりました。

続いて、PSBの樹状細胞への影響を調べるために、樹状細胞のみをPSBで処理する実験を行いました。抗原提示に関与する遺伝子の発現レベルを解析したところ、PSB処理によって軒並み低下する結果となりました。研究グループでは以前、同じ種類の遺伝子群の発現が転写調節因子PU.1によって促進されることを報告しています。PU.1は、遺伝子の転写調節に関わるプロモーターに結合することで機能を発揮します。そのため、PSBで処理した樹状細胞において、PU.1発現レベルに影響があるかどうか、さらにはPU.1のプロモーターへの結合に影響があるかどうかについて検討を行いました。結果として、PSBの処理によってはPU.1発現レベルには影響がない一方、それぞれの遺伝子領域におけるプロモーターへのPU.1の結合が阻害されることが判明しました。すなわち、PSBが樹状細胞内のPU.1のプロモーターへの結合を阻害することで、抗原提示に関与する遺伝子群の発現が抑制され、それがT細胞の活性化抑制につながる、ということが示唆されました。実際にPU.1遺伝子をノックダウンした樹状細胞を用いるとナイーブCD4T細胞の増殖が抑えられると共に、Tregへの分化は促進される結果となりました。Tregへの分化は、Th1などとは違い、シグナル伝達の強度が弱い場合に起きることが最近報告されています。つまり、PSBがPU.1の働きを阻害することで樹状細胞の表面における抗原提示に関わるタンパク質発現が大きく減少し、T細胞が受け取るシグナルが弱まるため、Tregへの分化が促されることが強く示唆されました。

最後に、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発性大腸炎マウスモデルを用いて、実際の病態へのPSBの効果について検証を行いました。10日間継続してDSSを与えたマウスは腸に炎症が起こり、結果として体重減少、疾患活動性指標(DAI)の増加、腸の短縮化を呈します。DSSとPSBの両方を与えたマウスではそれぞれが改善し、腸炎の病態形成に関わる腫瘍壊死因子TNF-αの発現も抑制されることが示されました。つまり、PSBの経口投与によって腸の粘膜下の樹状細胞に効果が及び、PU.1の働きを抑制してTNF-αの分泌阻害につながったと考えられます。

八代講師は本研究について、「食品の機能性成分を同定し、その作用メカニズムを解明することは、病気予防のための食習慣の提案や治療薬開発へと繋がります。今回、細胞を使った実験により免疫抑制効果の高いプテロスチルベンを選抜し、マウスの腸炎モデルにおいてプテロスチルベンの摂取が病態を改善することを示したことは非常に大きな成果です。」と話しています。

※ 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研究、基盤研究(C)、若手研究(B)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、公益財団法人東京生化学研究会、公益財団法人飯島藤十郎記念食品科学振興財団、公益財団法人武田科学振興財団の助成を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名 The FASEB Journal 2020年9月22日 オンライン掲載
論文タイトル Pterostilbene reduces colonic inflammation by suppressing dendritic cell activation and promoting regulatory T cell development
著者 Takuya Yashiro, Shiori Yura, Akari Tobita, Yuki Toyoda, Kazumi Kasakura, Chiharu Nishiyama
DOI 10.1096/fj.202001502R

発表者

八代 拓也 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 講師 <責任著者>
由良 志織 東京理科大学大学院 基礎工学研究科 生物工学専攻 修士卒
飛田 灯  東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 学部卒
豊田 雄輝 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 学部卒
笠倉 和巳 東京理科大学 ポストドクトラル研究員(当時)
西山 千春 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科 教授

西山研究室
研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/chinishi/
西山教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6821?
八代講師のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6b1c

東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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