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2020.08.05 Wed UP

赤外レーザーの照射によるアミロイドタンパク質凝集体の解離機構を解明
~実験と理論計算の融合により難病の治療法開発に新たな光を灯す~

研究の要旨とポイント
  • ●アルツハイマー病など一連の様々な疾患、いわゆる「アミロイドーシス」の原因と考えられているアミロイドタンパク質凝集体が、赤外自由電子レーザーの照射により解離する現象の機構を、実験と理論計算を組み合わせた融合研究により詳細に明らかにしました。
  • ●アミロイドタンパク質凝集体は不溶性の安定な構造を持つため、生体内で安全に分解する手法の開発が求められています。
  • ●本研究の成果はアミロイドーシスの革新的な治療法開発につながる可能性があります。

東京理科大学総合研究院赤外自由電子レーザー研究センターの川﨑平康研究員、フランス国立科学研究センターのPhuong H. Nguyen博士、あいちシンクロトロン光センター、名古屋大学シンクロトロン光研究センターらの研究グループは、アルツハイマー病などにおいて生体内に異常に沈着、蓄積することが知られているアミロイドタンパク質の安定な凝集構造が赤外自由電子レーザー(IR-FEL)の照射により解離する現象の機構について、実験と理論計算を組み合わせることによって詳細に説明を行うことに成功しました。

アミロイドはある種のタンパク質分子が分子間水素結合などで凝集した安定な構造を持つ不溶性の線維状物質であり、アルツハイマー病など一連の様々な疾患「アミロイドーシス」において生体組織に沈着、蓄積されるため、その原因物質と考えられています。そのためアミロイドの発生メカニズムや発生の抑制、分解などについて世界中で研究が行われており、生体中でも安全にアミロイドを分解できる手法の開発が求められています。

本研究の成果は、アルツハイマー病などアミロイドが関与する難病「アミロイドーシス」への革新的な治療技術の開発につながると期待され、それにより長寿社会の発展に貢献するものです。

研究の背景

タンパク質は多数のアミノ酸がペプチド結合により直鎖状に結合した高分子であり、それぞれの種類に応じて特定の折りたたみ構造を持っています。タンパク質は、部分的にらせん構造(α-ヘリックス)、アミノ酸残基がいくつか直線的に並列して形成されるシート状構造(βシート)、βシートにおける分子鎖の折り返し構造(βターン)など異なる種類の折りたたみ構造(二次構造)を取っており、分子内の特定の位置のペプチド結合(-C(=O)-NH-)の間で形成される水素結合がそれらの構造を安定化させ、分子全体としての三次構造を成立させています。「アミロイドーシス」はアルツハイマー病など一連の様々な疾患に対して名付けられた総称で、様々な種類のアミロイド前駆体タンパク質またはその断片が何らかの原因により誤って折りたたまれ、二次構造中でβシートが大部分を占めることで次々と「分子間」で水素結合が形成され、繊維状の不溶な凝集体(アミロイド)となって組織に沈着、蓄積して機能障害を起こす難病です。アミロイドの発生抑制や分解に関しての研究が世界中で行われており、試験管内においてアミロイドを分解できる手法はいくつか開発されてきましたが、生体内で安全に行える手法の開発が求められています。

IR-FELは、自由電子のビームから電磁場により発生させた放射光を増幅させて取り出す位相のそろったレーザーで、赤外領域の波長を持つように設定されています。パルス波レーザーであるという特徴や、対象物質に対応させて強度や波長を調整できる等の利点があります。川﨑研究員らは最近、ある種のアミロイドに、そのペプチド結合に含まれる炭素-酸素二重結合(C=O)の伸縮振動エネルギー(アミドIバンド)に相当するIR-FELを照射することでアミロイドの凝集構造が解離することを見出しました。アミロイドのタンパク質凝集構造の解離について、その機構をより詳細に理解することは治療法開発につなげるためにも重要ですが、実験的手法だけでは検討可能な時間・空間スケールが大き過ぎる制約があります。一方Nguyen博士らは、独自の非平衡分子動力学シミュレーション(NEMD)を開発して赤外レーザーによるタンパク質凝集体の解離について計算科学の立場から研究を行ってきました。理論計算では分子の動きを詳細に追うことが可能ですが、タンパク質凝集体を含む膨大な原子数の系について計算することは時間的な制約があり、これまでは実験よりも大幅に高いレーザー強度を設定して、より短時間分のシミュレーションが行われてきましたので、実験で示された結果を証明するものかどうかは分かりませんでした。今回、共同研究グループでは赤外レーザーによるアミロイド線維の凝集構造の解離について、実験データを理論計算によって証明することを目的として初めて実験と理論計算を組み合わせた融合研究を実施しました。

研究結果の詳細

本研究では、まず対象とする試料として、アミロイドを形成すると知られている酵母プリオンタンパク質Sup35のN末端のアミノ酸7残基(GNNQQNY)から成るペプチドを採用しました。理論計算においても同一のGNNQQNYペプチドのアミロイドについて検討するため、18本のGNNQQNYペプチドを並列に並べて形成させたβシートを計8個と、その周囲にランダムな二次構造を持つGNNQQNYペプチドを68個、水分子を67,565個配置したモデル構造を構築し、最適な力場と条件を用いたシミュレーションにより最安定な構造を求めました。また、この系への赤外レーザー照射をモデル化するため、IR-FELのミクロパルス構造にできるだけ近い、電場のパルス的な印加を全原子NEMDシミュレーションにおいて設定しました(パルス幅2ps、パルス持続時間25ps、計10パルス、シミュレーション時間500ps)。

実験ではまず、GNNQQNYペプチドをアミロイド線維化させた前後でそれぞれ赤外吸収(IR)スペクトルを測定し、アミドIバンドに現れた2つのピークのうち、βシートに由来する波数1,631cm−1(波長6.13μm)のピークが線維化後に明確に強くなることを確認しました。そのためペプチド試料に対するIR-FELの照射は波長を6.13μmに設定すると共に、対照としてIRスペクトル上でピークの現れない波数2,000cm−1(波長5.00μm)に設定したIR-FELの照射も行いました。次に、蛍光色素チオフラビンTを用いたアミロイドの検出、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた試料の直接観察、広角X線散乱(WAXS)によるX線回折パターン測定をそれぞれIR-FELの照射前後で行い、照射前に存在していたアミロイド線維が、波長6.13μmのIR-FELの照射後には存在しなくなったこと、波長5.00μmの照射では特に変化がなかったことを確認しました。さらにIR-FEL照射前後におけるGNNQQNYペプチドの二次構造の組成変化をIRスペクトルで解析し、照射前のアミロイドではβシートが68%に達した一方、波長6.13μmのIR-FEL照射後はβシートの割合が11%に低下し、α-ヘリックス、βターン、ランダムコイルの割合がそれぞれ増加したことを確認しました。すなわち、IR-FELでGNNQQNYペプチドのC=O伸縮振動を励起したことにより、βシートを前提とした凝集構造が崩壊したことが示されました。

これらの実験結果に対して、上述の通り最安定構造をシミュレーションにより構築した系を用いて、理論計算でさらに検討を行いました。まずIRスペクトルを計算で求めたところ、実験で得られたIRスペクトルとは若干ピーク位置がずれるものの、波数1,675cm−1にβシート中のC=O伸縮振動ピークが現れたため、この波長のレーザー照射を3種類の強度(E0=1.5、2.0、2.5V/nm)でシミュレーションし、アミロイドの構造変化を追跡しました(対照としては実験と同様、波数2,000cm−1)。結果として500psのシミュレーション完了後、波数2,000cm−1のレーザー印加の場合にはアミロイド構造には特に変化がなかった一方、波数1,675cm−1においてE0=1.5、2.0、2.5V/nmと強度を高くするほどより多くのβシート構造が壊れる様子が明確に示されました。その時間変化としては、最初にβシートの中央部に解離が発生し、それが両端部に広がっていくという様子が観察されました。同じ時間経過に対して、WAXSプロファイル、二次構造組成(ヘリックス、βシート、ターン、コイルの4つに分類)、「分子間」水素結合数、「分子内」水素結合数、溶媒接触表面積(SASA)、断面回転半径(Rg)のそれぞれの追跡も行い、結果として25psのパルス照射によって「分子間」水素結合は減少しSASA値及びRg値が増加する様子が示されました。興味深いことにE0=2.0と2.5V/nmの場合には「分子内」水素結合数が照射前に比較して1.5倍ほど増加していました。このことはまさに線維構造が崩壊してランダムな構造を取り得るフリーなペプチド分子の生成を示しています。また、GNNQQNYペプチド分子間において水素結合を形成するアミノ酸残基ペアをシミュレーションによりマップ化し、時間変化を追跡したところ、5つの特定のアミノ酸残基ペアが強く水素結合を形成しており、赤外レーザー印加によってもそれら特定のペアは維持される一方、徐々に水素結合数が減っていく様子が示されました。これらのシミュレーション結果は、赤外レーザー照射によるアミロイドタンパク質凝集体の解離について実験結果を良好に証明するものであると共に、その分子レベルでの詳細な機構を示すものです。アミロイドにおいてβシート中央部から解離していくという様子は、これまで他の手法(超音波、薬剤、グラフェンナノシートなど)ではアミロイド線維表面から剥がれていくことが報告されていることと非常に異なっており大変興味深く、今後さらに詳細な検討が行われる予定です。

川﨑研究員は今回の成果について、「IR-FEL発振装置は電子線加速器を備えた放射光施設に属するため、現時点では病院や医療施設に設置することは困難ですが、発振エネルギーの効率化を図りコンパクトサイズに改良することによって、将来的にはアルツハイマー病などアミロイドーシスに対する革新的な治療技術の開発に直接結び付く可能性が期待されます」と話しています。

※ 本研究は、ホーチミン市(ベトナム)科学技術局の助成(Grant 13/2020/H-QPTKHCN)、フランス国家Initiative d'Excellenceプログラムの助成("DYNAMO"ANR-11-LABX-0011-01および"CACSICE"NR-11-EQPX-0008)、アメリカ国立衛生研究所の助成(R01-GM079383、R21-GM097617、P30-DA035778)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業「光ビームプラットフォーム」の助成、東京理科大学ウォーターフロンティアサイエンス&テクノロジー研究センターに対する文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」の助成、IDRIS・CINES・TGCCセンター(プロジェクト:A0080711440)、ピッツバーグ大学Research Computingセンター、Extreme Science and Engineering Discovery Environment(CHE090098、MCB170099、MCB180045P)からの理論計算に関する支援を受けて実施したものです。

論文情報

雑誌名 The Journal of Physical Chemistry B
論文タイトル Infrared Laser-Induced Amyloid Fibril Dissociation: A Joint Experimental/Theoretical Study on the GNNQQNY Peptide
著者 Takayasu Kawasaki, Viet Hoang Man, Yasunobu Sugimoto, Nobuyuki Sugiyama, Hiroko Yamamoto, Koichi Tsukiyama, Junmei Wang, Philippe Derreumaux, and Phuong H. Nguyen
DOI 10.1021/acs.jpcb.0c05385

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