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2020.07.29 Wed UP

血液型の迅速かつ簡便な高感度判定を可能にする手法の開発に成功
~医療従事者への負荷軽減や医療の質向上に寄与~

研究の要旨とポイント
  • ●遠心分離などの前処理なしに、ABO式、Rh式の血液型を検査開始から5分以内に目視で判定できる全血用血液型分析チップを開発しました。
  • ●血液型判定試験や交差適合試験は緊急医療の現場で輸血を行う際に必須のものですが、技術や時間を要することやコストの問題があり、技術革新が求められています。
  • ●本研究で開発した手法は、医療従事者の負担軽減や、輸血までに要する時間の短縮を可能にし、医療の質向上に寄与できると期待されます。

東京理科大学工学部機械工学科の元祐昌廣准教授、山本憲助教らの研究グループは、マイクロ流路中における微細気泡の希釈機能を利用した、迅速かつ簡便な血液型判定を可能とする全血用血液型分析チップの開発に成功しました。

緊急医療の現場において、輸血のための血液型判定試験、交差適合試験は頻繁に行われる必須のものですが、現状では技師による作業が必要です。また、試験には30分以上の時間を要するため、緊急搬送された患者への輸血開始が遅れるケースも懸念されます。また、医療従事者の過酷な労働環境の改善のためにも、迅速かつ簡便な血液検査技術の開発が求められています。

今回、研究グループが開発に成功した全血用血液型分析チップは、より迅速かつ簡便な血液型判定試験、交差適合試験を可能とするため、緊急度の高い患者に迅速に輸血を開始できるようになると期待されます。医療従事者の負担軽減やコスト削減にもつながることから、医療の質の全体的な向上にも寄与すると考えられます。

研究の背景

血液型は、赤血球の表面にある抗原が、その種類に応じたそれぞれの種類の抗体と反応すると、赤血球は凝集反応を起こし、この凝集反応を観察して判定します。一般的な血液型判定試験は血漿(液体成分)と血球(赤血球や白血球などの固体成分)をそれぞれ試薬と反応させて凝集反応を目視や光学的手法を用いて判定するため、遠心分離操作や正確性が求められるピペット操作などの人間による操作や、検査結果の目視判定など熟練の技師による作業が必要となります。そのため、現状では血液型判定検査や交差適合試験などには30分以上の時間がかかっており、患者への輸血開始までの時間短縮および医療現場の負担軽減のために、迅速かつ簡便な血液検査技術の開発は急務です。
そこで近年、マイクロスケールの流路を有する手のひらサイズのマイクロチップを用いた血液検査に注目が集まり、これまでに血液検査用のマイクロチップが数多く開発されています。しかし、一般的なマイクロチップは研究装置の扱いに慣れていない医療従事者が扱うのが難しいという問題があります。そのため、高い分析精度に加え、誰でも簡単に扱うことができる簡便性を兼ね備えたマイクロチップの開発が求められています。

研究グループは、そのような背景のもと、血液検査の全自動化や迅速化を目指したデバイスの開発に取り組みました。開発の鍵となったのは、全血(分離していない血液)を用いてデバイス中で自動的に希釈する機構でした。元祐准教授らはこれまでの研究から、マイクロ流路中におけるモデル溶液と希釈液の混合が、両方の液体と混ざり合わない液体の微小な液滴が存在することによって促され、効率よく溶液の希釈が可能であることを突き止めています(文献1)。この知見に基づき、今回は血液と希釈用のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)の両方に混ざり合わないものとして、血球成分に影響を与えない「気泡」を採用し、全血をデバイス中で自動的に希釈する機構を開発しました。

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研究結果の詳細

研究グループが今回開発したマイクロチップは、下記の5つの部位で構成されます(図1)。

1. 血液、PBS、空気をそれぞれ注入する部分とそれに続くマイクロ流路

2. 希釈液を完全に均一にするための小部屋

3. 血液と気泡を分離するスリット

4. 血液を抗体と反応させるチャンバー

5. 凝集体を微小な隙間で捕捉して目視での観察を可能にする検出部

1.で血液とPBSが徐々に混ざり合ったのち、2.で気泡が不規則に動くことにより完全に均一な希釈液を得ることができることがこのマイクロチップの大きな特徴です。
検出部としては、抗A抗体(A型とAB型の赤血球にあるA抗原が結合)、抗B抗体(B型とAB型の赤血球にあるB抗原が結合)、抗D抗体(Rh+型の赤血球にあるD抗原が結合)のそれぞれの溶液で満たしたものと、コントロールとしてPBSで満たしたものの計4種類を並列で接続しました。

開発にあたっては、血液とPBSそれぞれをデバイスに注入する際の流速と、空気を注入する際の圧力をそれぞれパラメーターとして、血液の希釈倍率を調整しました。また、赤血球(10μm程度の大きさ)の凝集体(数10μmの大きさ)をトラップするスリット部の厚さもパラメーターとして50μm?100μmの範囲で検討し、厚くなるほど凝集している部分と凝集していない部分のコントラストの差が小さく、見分けにくくなることから、目視での判定が難しくなったため、50μmを採用しました。またそのスリットの柱と柱の間のギャップについては、20μmより小さなギャップでは赤血球の凝集体によって詰まりが発生したため、それを最小として100μm、50μm、20μmの3種類のギャップを持つそれぞれのスリットを直列に配置して、大きな凝集体から順に効率よくトラップする構造としました。さらに、赤血球の凝集が発生した場合とそうでない場合のコントラストの差には希釈倍率による影響も大きかったことから希釈倍率についても検討を行い、従来の血液検査では10倍希釈が標準ですが、今回開発したマイクロチップでは5倍希釈が最適であることを見出しました。

このようにして最適条件・最適構造を検討して開発したマイクロチップを用いて、実際に血液型判定試験を行ったところ、試料注入から1分未満で希釈血液が検出部に到達し、5分程度で血液型判定を行うことができました。また、計10人の被験者から提供された血液を用いてそれぞれ本デバイスで血液型判定を行ったところ、全ての例において赤血球の凝集が発生している部分と発生していない部分が目視で明確に区別でき、被験者それぞれから報告のあった血液型と全て一致する結果となり、本手法が実際の血液型判定で利用可能であることを確認しました。

今回成功した簡易かつ迅速な血液検査チップ技術の高度化は、救急処置室内の医療の簡素化につながり、医療従事者の労働量やコストの削減に大きく貢献すると考えられます。また、本研究で開発された血液型分析チップは可搬性に優れるため、将来的にはドクターヘリや災害時の医療活動などで活用が広がると期待できます。

※ 本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(16K18033)の助成を受けて実施したものです。

血液型の迅速かつ簡便な高感度判定を可能にする手法の開発に成功 ~医療従事者への負荷軽減や医療の質向上に寄与~
図1. 本研究で開発した全血用血液型分析チップの模式図。

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文献

1. R. Sakurai, K. Yamamoto, and M. Motosuke, Analyst 144, 2780 (2019)

論文情報

雑誌名 Biomicrofluidics
論文タイトル Fully-automatic blood-typing chip exploiting bubbles for quick dilution and detection
著者 Ken Yamamoto, Ryosuke Sakurai, and Masahiro Motosuke
DOI 10.1063/5.0006264

元祐研究室
研究室のページ:https://www.rs.tus.ac.jp/motlab/jp/index.html
元祐准教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?4d7c

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